📝 この記事のポイント
- 回転寿司で、隣のレーンの皿が気になって自分の注文を忘れた。
- 正確には、寿司を乗せてやってくる新幹線型のトレーを、隣の席に座る親子が熱心に見つめているのを見ていたら、つられて自分も画面をタッチする指が止まってしまった、という方が正しいかもしれない。
- 七歳の男の子が目を輝かせながら「はやぶさだ! 」と叫び、その横でお母さんが「本当に来たね」と優しく微笑んでいる。
回転寿司で、隣のレーンの皿が気になって自分の注文を忘れた。
正確には、寿司を乗せてやってくる新幹線型のトレーを、隣の席に座る親子が熱心に見つめているのを見ていたら、つられて自分も画面をタッチする指が止まってしまった、という方が正しいかもしれない。
七歳の男の子が目を輝かせながら「はやぶさだ!
」と叫び、その横でお母さんが「本当に来たね」と優しく微笑んでいる。
平和だなぁ、とぼんやり眺めているうちに、食べたいと思っていたアジのたたき軍艦の注文ボタンを押しそびれてしまったのだ。
結局、新幹線は隣のテーブルで停車し、男の子の目の前にマグロが運ばれていった。
僕のアジはまた次の機会だ。
うちの食卓は、だいたい週に半分くらい僕が夕食当番になっている。
共働きだし、役割分担ってやつだ。
僕のレパートリーはそんなに多くないんだけど、最近はYouTubeでレシピ動画を見るのがちょっとした楽しみになっている。
あれって、見てるだけで料理が上手くなった気がするから不思議なんだよね。
先日、近所のスーパーで初めて見る「アボカド専用醤油」を見つけて、思わずカゴに入れてしまった。
妻には「また変なもの買ってきたの?
」と苦笑されたけど、いいんだ。
僕の冒険心は止められない。
冒険心といえば、最近ちょっとしたブームになっているのが、海外のECサイトで面白そうなものを探すこと。
特に、アニメグッズが自動翻訳でとんでもないことになっているのを見つけるのがたまらない。
先日、「呪術廻戦」の夏油傑をモチーフにしたというマッサージ機を見つけたんだけど、商品の説明文がもう、最高だった。
商品説明の欄に、デカデカと「イエローサマーオイル」と書かれていたのだ。
黄色い夏油?
オイル?
マッサージ機なのに?
もう、ツッコミどころしかなくて、一人でパソコンの前で爆笑してしまった。
あれはきっと「夏油(げとう)」という名前を、そのまま「サマーオイル」と直訳して、さらに「夏」の部分を「イエロー」と誤訳したんだろう。
夏油傑のあの威厳ある姿からは想像もつかない、まさかの「イエローサマーオイル」。
いや、違う、そうじゃないんだ。
頭の中で夏油が黄色いオイルまみれでマッサージされている姿を想像してしまい、涙が出るほど笑ってしまった。
その日、あまりに面白かったので、食卓で妻にその話を披露した。
妻は最初「ふーん」と気のない返事をしていたんだけど、僕が身振り手振りを交えながら「夏油がさ、イエローサマーオイルだよ?
ありえないだろ!
」と力説しているうちに、だんだん引き込まれていった。
最後には、妻も「黄色い夏油はちょっと見たいかも」なんて言い出して、二人でゲラゲラ笑ってしまった。
しょうもないことなんだけど、そういう他愛ないことで笑い合えるのって、結構大事な時間だったりする。
そんな風に笑った翌日、いつものように朝、ゴミを出しにマンションのゴミ置き場へ向かった。
うちのマンションは、ゴミ置き場がエントランスのすぐ脇にあるんだけど、その手前にちょっとした植え込みがあって、季節ごとに色々な花が咲くようになっている。
管理費で植えられているんだろうけど、いつも手入れが行き届いていて、マンションの住民としてはありがたい限りだ。
その植え込みの前に、お隣の田中さんが立っていた。
田中さんは僕より少し年上の、いつもニコニコしている人だ。
朝の挨拶はいつも元気よくしてくれる。
「あら、おはようございます。今日もいい天気ですね」と田中さん。
「おはようございます。本当に気持ちいい朝ですね」と僕も返す。
田中さんは僕のマンションの斜め向かいにある一戸建てに住んでいる。
マンションと戸建て、住まいは違うけど、同じ町内会だし、ゴミ出しの時間帯も重なることが多いから、ちょこちょこ顔を合わせる。
僕が妻と二人で住んでいるのに対し、田中さん夫婦は息子さん夫婦と孫二人と暮らしているらしく、賑やかな笑い声がよく聞こえてくる。
その日、田中さんの手には小さなハサミと、何やら細長い葉っぱが握られていた。
「田中さん、何か手入れされてるんですか?
」と僕が尋ねると、田中さんはニコッと笑って、
「ええ、ちょっとね。
うちの庭の木が、また伸び放題になっちゃって。
これじゃあ、お隣さんの邪魔になっちゃうからと思ってね」と、植え込みの向こう側にあるご自宅の庭を指差した。
田中さんの家の庭には、見事なキンモクセイの木がある。
秋には甘い香りをあたり一面に漂わせて、それはそれは風情があるんだけど、確かにかなり枝が伸びていた。
僕のマンションから見ても、ちょっと視界を遮るくらいには成長している。
「いや、全然邪魔なんてことは…」と僕が言いかけると、田中さんは首を振った。
「いやいや、そういうわけにはいかないのよ。
みんなで気持ちよく暮らさないとね。
この前も、お向かいの奥さんが『キンモクセイの香りは好きなんだけど、ちょっと日当たりがね』って冗談めかして言ってたから。
あはは」と、豪快に笑った。
なるほど、近所付き合いってそういうことだよな、と僕は思った。
直接「邪魔だ」なんて言われなくても、相手の状況を察して、自分から動く。
そういう心遣いが、良好な関係を築くんだな、としみじみ感じた。
僕が「お疲れ様です」と言うと、田中さんは「お互い様ですよ」と返してくれた。
さて、その日の夕方、僕はまた夕食当番だった。
冷蔵庫には特売で買った鶏むね肉がある。
今日はこれを使って、何か作ろう。
YouTubeで新しいレシピを探していると、また面白そうなものを見つけた。
「鶏むね肉を黄色いオイルでマリネして焼く」というレシピだ。
レシピ動画のタイトルには「絶品!
黄金チキン」とある。
黄色いオイル、黄金チキン……。
頭の中で、なぜか「イエローサマーオイル」という単語がフラッシュバックしてきて、またしても一人でニヤニヤしてしまった。
結局、その「黄金チキン」は作らなかった。
冷蔵庫の奥に、以前作った豚バラ大根の残りが隠れているのを見つけてしまったからだ。
妻が「今日、残り物でいいよ」と言ってくれたこともあり、新しいものを作るモチベーションは一気にしぼんでしまった。
期待してレシピ動画まで見たのに、結局は残り物。
まさに期待からの裏切りだ。
でも、別に悪くないんだ、これで。
むしろ、残り物で済むならラッキーだ。
温め直すだけだし、洗い物も少ない。
それに、豚バラ大根は一度作った方が味が染みて美味しい。
冷蔵庫の余り物を上手に消費できたときの、あのなんとも言えない達成感。
あれはあれで、新しい料理を作るのとはまた違った喜びがある。
人生なんて、そんなもんかもしれない。
回転寿司で狙っていたアジのたたき軍艦が食べられなくても、隣の家族の笑顔を見られたら、それはそれで幸せなことだ。
夏油のマッサージ機が「イエローサマーオイル」と自動翻訳されて爆笑しても、それがきっかけで妻と笑い合えたら、それはそれで素晴らしい時間だ。
手間暇かけて作ろうと思っていた料理を、結局残り物で済ませてしまっても、それが美味しいなら、なんら問題ない。
むしろ、賢い選択だったとさえ思える。
完璧な計画通りに進まなくても、途中で予想外の展開があっても、意外とそっちの方が面白かったり、楽だったりする。
大切なのは、その時々の状況を、ちょっとだけポジティブに受け止めることなのかもしれない。
今日も、温め直した豚バラ大根を前に、妻と二人で「これ、やっぱり美味しいね」なんて言い合って、他愛ない一日を終えるんだろう。
そして、明日の朝、また田中さんとゴミ置き場で会ったら、キンモクセイの話でもしようかな。
もしかしたら、田中さんの庭のキンモクセイも、夏油みたいに、誰かの日々のちょっとした笑いになっているのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら、僕は温かいお茶を一口飲んだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

