📝 この記事のポイント
- 図書館で借りた本の返却期限が過ぎていて、延滞金を払う羽目になった。
- 三連休明けの月曜日、すっかり忘れてて、というかもう完全に頭から抜け落ちてて。
- ポストに赤いハガキが入っていた瞬間、「あ、やばい」って声に出してたもんね。
図書館で借りた本の返却期限が過ぎていて、延滞金を払う羽目になった。
三連休明けの月曜日、すっかり忘れてて、というかもう完全に頭から抜け落ちてて。
ポストに赤いハガキが入っていた瞬間、「あ、やばい」って声に出してたもんね。
しかも二冊。
一冊は分厚い海外小説で、もう一冊は猫の飼育本。
この二冊の組み合わせが、今の私の生活を完璧に表してる気がして、ちょっと笑っちゃった。
海外小説は全然読み進まなくて、猫本は熟読しすぎて借りパクしそうになってたという。
延滞金、まさかの80円。
たった80円のために、わざわざメイクして着替えて帽子かぶって日焼け止め塗って、自転車で片道15分かけて図書館まで行ったことを思うと、ものすごくコスパの悪い80円だった。
もう家から出たくないのに。
朝からうちの猫、茶色い方が私の膝の上で寝てて、白い方は窓辺で鳥を眺めてて、その平和な風景を乱す図書館からの催促。
まったくもう。
たった80円のために大汗かいて図書館から帰ってきて、汗だくのまま猫たちを撫で回してたら、ふと、最近よく見てた動画のことが頭をよぎった。
去年の今頃かな、すごく流行ってた歌動画があったんだよね。
顔出しはしてないんだけど、その子の歌声が本当にすごくて。
なんていうんだろう、ただ上手いだけじゃなくて、魂が震えるというか、胸をえぐられるような歌声だったんだ。
特に印象的だったのが、夜の河川敷で一人で歌ってる動画。
真っ暗な背景に、街灯の光がちらちら見えて、その中でたった一人、全身で歌ってる姿が、すごく心に響いたんだよね。
コメント欄も「泣いた」「鳥肌立った」「才能の塊」みたいな絶賛の嵐で、たぶん軽く万バズしてたと思う。
そういう子って、すぐスカウトされてデビューしたりするもんだと思ってたんだけど、ある日突然、動画が全部消えちゃったんだ。
あれ?
と思って、ネットの海を漂ってたら、どうやら有名なインディーズ事務所に入ったらしい、という噂を耳にした。
へえ、すごいじゃん、プロになるんだ、と漠然と思っていたんだけど、それから全く見かけなくなった。
あの魂を揺さぶる歌声が、どこにもない。
テレビで見たこともないし、別の名前で活動してるのかなと思って検索してみても、それらしき情報も出てこない。
あれだけすごい歌唱力だったのに、なんでだろう。
そういうことって、よくあるんだよね。
何か一つ、突出した才能があるだけじゃ、なかなか世の中を渡っていけないというか。
いや、なんか偉そうに言ってるけど、私なんて突出した才能どころか、突出した欠点しかない人間なんだけどさ。
この前、スーパーで新しい種類の納豆を見つけて、それがすごく気になったんだけど、結局いつもの見慣れた納豆を買っちゃったんだよね。
冒険できなかった。
ああいうちょっとした選択の積み重ねが、人生を形作ってるのかもしれない。
脱線しちゃったけど。
話は歌の子に戻るんだけど、私はあの歌声が忘れられなくて、ずっと気になってたんだ。
あまりにも気になりすぎて、ある日、図書館から借りてきた猫の飼育本を小脇に抱えつつ、休憩がてら調べてみることにした。
もちろん、例の図書館の延滞金事件よりはるか前の話だよ。
そのインディーズ事務所の名前を手がかりに、色々検索してみたんだけど、やっぱりあの歌声の子の名前は見つからない。
でも、その事務所のサイトとか、所属アーティストのインタビュー記事とかを読んでたら、だんだん見えてきたものがあったんだ。
どうやら、その事務所は「アーティストの個性を尊重し、じっくりと育てる」って方針らしい。
SNSでの瞬間的なバズりよりも、長期的な視点でキャリアを築くことを重視してる、と。
ああ、なるほどね、と腑に落ちたような、落ちないような。
つまり、あの歌声はあくまで「スタートライン」でしかなかった、ってことなのかな。
歌唱力は素晴らしい。
それは間違いない。
でも、それだけでプロとして食べていくには、他に色々な要素が必要なんだ、ということなのかもしれない。
ビジュアル、作詞作曲能力、カリスマ性、ステージでの表現力、トーク力、プロデュース能力……。
もしかしたら、その子の歌声は「原石」としては最高だけど、それを磨き上げて、ジュエリーとして輝かせるための「他の要素」が、まだ足りなかったのかもしれない。
そう考えると、万バズする歌唱力って、すごいようでいて、実は「まだ何も始まってない」っていう状態なのかも、とすら思えてきた。
もちろん、世の中には歌唱力だけでスターになる人もいるけど、それは本当に一握りの、奇跡みたいな存在なんだろう。
猫の世界だってそうだもんね。
うちの白い方はめちゃくちゃ可愛いんだけど、爪切りが死ぬほど嫌いだから、動物病院の先生も毎回「いやー、これは手強いですね」って苦笑いしてるし、茶色い方はご飯の好き嫌いが激しくて、気に入らないと「フン!
」って顔をして皿をひっくり返す。
そういう「個性」も、可愛いのだけど、人間社会で生きていくなら、なかなか大変なことも多いだろうな、と。
まあ、うちの子たちは家から出ないから、そんな心配は無用なんだけど。
私も、在宅ワーカーとして、別に誰かに媚びを売る必要もないし、愛想笑いをする必要もない。
ただ、納期は守らないと、というくらい。
それがせめてものプロ意識ってやつかな。
インディーズ事務所に入って消えた歌の子のことを考えていたら、なぜか急に、私が長年こだわり続けている「コーヒー豆の保存方法」のことを思い出した。
私はね、コーヒー豆は絶対に冷蔵庫には入れない主義なんだ。
なぜかって?
うーん、なんとなく。
なんとなく湿気そうな気がして。
だから、必ず密閉容器に入れて、シンクの下の戸棚にしまってる。
意味不明だよね、自分でも。
でも、譲れない。
冷蔵庫だと、他の食材の匂いが移っちゃいそう、とか、温度変化で結露しそう、とか、色々理由をつけてはいるけど、結局は「なんとなく」が一番大きい。
だって、冷蔵庫に入れたところで、そんなに味が変わるわけでもないだろうし、なんならそれが正しい保存方法だという人もいる。
でも、私は戸棚派。
こればっかりは誰にも譲れない。
こういう、自分でも意味不明だけど譲れないこだわりって、誰にでもあるんじゃないかな。
あの歌の子だって、もしかしたら、歌唱力以外の何か、例えば「自分の表現したい世界観」とか「音楽に対する価値観」とか、そういう「譲れないこだわり」が、まだプロの現場とすり合わせる段階で、しっくりこなかったのかもしれない。
結局、あの歌声の子が今どうしているのかは、全くわからないままだ。
もしかしたら、ひっそりと名前を変えて、別のところで活動してるのかもしれない。
あるいは、今は歌うことをやめて、全く別の道に進んでいるのかもしれない。
それはそれで、ひとつの選択として、悪くないと思う。
だって、人生は、歌声だけで決まるわけじゃないもの。
私たちだって、毎日色々な選択をしている。
今日のお昼ごはんは、冷蔵庫の残り物で済ませるか、それともちょっと奮発してデリバリーにするか。
猫のおやつは、いつものカリカリにするか、それとも新しい味に挑戦してみるか。
図書館の延滞金は、今日中に払いに行くか、それとも明日まで無視するか(結局今日行ったけど)。
あの歌声の子のことが気になって、つい色々調べちゃったけれど、私の日常は何も変わらない。
今日も猫たちは平和に寝てるし、ベランダの植物は元気に育ってるし、読みかけの海外小説は相変わらず進まない。
そして、戸棚の中のコーヒー豆は、今日も密閉容器の中で静かに眠っている。
きっと、いつかあの歌声が、またどこかで聴ける日が来るかもしれない。
その時は、きっと、もっと深みを増した歌声になっているんだろうな、なんて、ちょっとだけ期待してる。
その日までは、戸棚のコーヒー豆を淹れて、猫たちを膝に乗せて、今日もパソコンに向かうだけだ。
もちろん、図書館の返却期限だけは、もう二度と忘れないように、今度こそスマホのリマインダーに登録しておこう。
今度こそは、ね。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

