📝 この記事のポイント
- 夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
- 暗闇の中、シルエットだけが浮き上がり、互いに「え? 誰? 」みたいな顔をしてたんだろう。
- 電気をつけてみたら、うちのサクラが目を丸くして私を見上げていた。
夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
暗闇の中、シルエットだけが浮き上がり、互いに「え?
誰?
」みたいな顔をしてたんだろう。
電気をつけてみたら、うちのサクラが目を丸くして私を見上げていた。
もう、心臓が口から飛び出るかと思ったわ。
全く、夜中のサプライズはやめてちょうだい、と独り言を言いながら、リビングの窓から薄明るくなってきた空を眺めた。
最近、朝の散歩中にやたらと野球帽をかぶった男性を見かけるようになった。
特に目立つのが、あの「LA」のロゴが入った帽子。
ドジャースの帽子ね。
うちの近所は、昔ながらの一戸建てが並ぶ閑静な住宅街で、そんなに派手な格好をする人は少ないから、余計に目につくのかもしれない。
以前はもっと色々なチームの帽子を見かけたものだけど、ここ数ヶ月は圧倒的にドジャースが多い。
流行りってすごいわね。
で、私、そういう帽子を見かけると、心の中でちょっとした心理戦が始まるのよね。
「この人、本当にドジャースファンなのかしら?
」って。
もちろん、ファッションでかぶっている人もいるだろうし、別に野球に興味がない人もいる。
でも、もし本物のファンだったら、何か共通の話題があるかもしれないじゃない?
例えば「昨日の試合、すごかったですね!
」とか、何の気なしに声をかけてみたい衝動に駆られるのよ。
でも、もし相手が「え、何の話?
」ってなったら、気まずさでその場に根が生えちゃう。
私、そういうちょっとした冒険をするのが好きなのよね。
この間も、いつものパン屋さんに向かう途中、前を歩くおじいさんの頭に、見慣れた「LA」の文字を見つけた。
白髪交じりで、背筋はピンと伸びている。
手には、うちの庭にも咲いているクレマチスの鉢植えを持っていたから、きっとお花屋さん帰りか、どこかのお宅に持っていくところだったんだろう。
私は、その鉢植えと帽子のギャップに、なんだか微笑ましくなった。
信号待ちの間に、そっとおじいさんの顔を覗き込むと、穏やかな表情。
これはチャンスかもしれない、と私の心の中の野球ファンが囁いた。
「もしかして、ドジャースファンでいらっしゃいますか?」
我ながら、唐突すぎる問いかけに、ちょっと赤面した。おじいさんは、少し驚いたように私の方を見て、それから帽子に手をやった。
「ああ、これ? いやいや、そんな大したファンじゃないんだよ」
そう言って、にこやかに笑った。あら、私の期待はあっさり裏切られたわ。私はちょっとがっかりしたけれど、おじいさんは話を続けてくれた。
「この間、孫が遊びに来てね。その子が野球好きで、おじいちゃんもこれかぶってよ、って言われてさ。それで、まあ、散歩くらいならいいかなと思って」
孫!
ああ、なるほど。
孫のおねだりか。
うちの孫も、先日、私の古いエプロンを引っ張り出してきて「ばあば、これ似合うよ!
」なんて言ってくれたから、そういうことってあるわよね。
おじいさんは、嬉しそうに帽子を撫でていた。
その表情を見たら、私の心のもやもやはすっかり晴れてしまった。
「お孫さんとお揃いなんですか?
素敵ですねぇ」と私が言うと、おじいさんは「いや、お揃いじゃないんだよ。
あの子はもっと派手なキャップをかぶってるからね」と笑った。
聞けば、お孫さんは少年野球チームに入っていて、おじいさんもたまに試合を見に行くんだとか。
その時に、一緒に観戦している他の保護者さんたちと話が弾むこともあるらしい。
ドジャースの帽子は、そんなお孫さんとの絆の象徴だったのね。
私は、自分の勝手な想像で相手を「ドジャースファン」と決めつけていたことを反省した。
でも、このおじいさんとの会話は、思いがけず楽しい時間になった。
パン屋さんで、焼きたてのメロンパンを買いながら、私はおじいさんの話を思い出していた。
結局、私が期待していた「野球談義」はできなかったけれど、それよりもずっと温かい話を聞けた。
人生って、そういうものかもしれない。
期待通りにはいかないことの方が多い。
でも、期待とは違うところに、思わぬ喜びや発見がある。
私のガーデニングだってそう。
丹精込めて育てたバラが、病気になってしまったり、思わぬ虫がついてしまったり。
がっかりすることもあるけれど、でも、そんな時に、庭の隅っこにひっそりと咲いている小さな野の花に気づいたり、諦めかけていた球根から芽が出ているのを見つけたりする。
先日、スーパーのレジで並んでいたら、私の前にいた男性が、カープの赤い帽子をかぶっていた。
今度こそは!
と心の中で気合を入れたけれど、その男性は、レジのお姉さんに「袋いりません」と、それはそれはクールに言い放ち、颯爽と去っていった。
声をかける隙すら与えてくれなかったわ。
野球の話なんて、もってのほか。
なんだか、映画のワンシーンみたいだったわね。
私は思わず、クスッと笑ってしまった。
でも、それもまたいい。
私が声をかけられなかったとしても、その人にとっては、それがいつもの日常。
私の心の中の「野球談義したい欲」は満たされなかったけれど、その男性の「クールに去る」という日常を垣間見ることができた。
それが、ちょっとしたユーモアになって、私の日常に彩りを加えてくれる。
また別の日のこと。
公園で孫と遊んでいたら、ベンチに座っているおばあちゃんが、ヤクルトスワローズのツバメのマークが入った白い帽子をかぶっていた。
その帽子、なんだか手編みみたいで、とても可愛らしいの。
これは声をかけるしかない!
と、私の中の野球ファンが再び騒ぎ出した。
「もしかして、スワローズファンでいらっしゃいますか?」と、今回は少し控えめに声をかけた。おばあちゃんは、ゆっくりと私の方を見て、にこやかに頷いた。
「ええ、もう何十年もね。この帽子も、孫が編んでくれたのよ」
ああ、また孫!
どうやら、野球帽と孫は切っても切れない縁があるらしい。
おばあちゃんは、嬉しそうに帽子のツバを撫でた。
「最近は、なかなか球場までは行けないけれど、テレビで応援してるのよ」と、目を細めて教えてくれた。
私も、昔はよく野球を見に行っていたことを話すと、おばあちゃんの顔がパッと明るくなった。
短い時間だったけれど、私たちはお互いの孫の話をしたり、昔の野球の話をしたりして、盛り上がった。結局、孫の野球帽がきっかけで、新しいご近所さんとちょっとだけ仲良くなれた。
あのドジャースのおじいさんとの出来事があったからこそ、私はこのおばあちゃんに声をかけることができたのかもしれない。
期待通りにはいかなくても、そこで諦めずに、また次の機会を待つ。
そして、ちょっとの勇気を出してみる。
そうやって、私の日常は少しずつ豊かになっていく。
ドジャース帽をかぶったおじいさん、カープ帽のクールな男性、そしてスワローズ帽のおばあちゃん。
彼らは皆、私の日常に、ちょっとした刺激と笑いを運んできてくれた。
そして、私は今日もまた、散歩の途中で見かける帽子たちに、そっと心の中で問いかける。
「あなた、本当に野球ファンですか?
」って。
答えはいつも期待通りとは限らないけれど、それでいい。
人生、そんなもんよね。
猫との鉢合わせのように、予測不能な出来事が、意外と楽しかったりするんだから。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。


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