ジャンプのヒーローと、私のお腹と、夏の終わり

📝 この記事のポイント

  • 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
  • 微糖と間違えて、無糖を選んでしまったらしい。
  • 口の中に広がる苦味に、ううむ、と眉をひそめる。

自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。

微糖と間違えて、無糖を選んでしまったらしい。

口の中に広がる苦味に、ううむ、と眉をひそめる。

秋めいてきたとはいえ、まだ日差しは強く、冷たいものが欲しくなる午後だ。

喉の渇きを潤すはずが、余計に口の中が渇いた気がする。

こんな小さなミスでも、一日をちょっとだけ、いやかなり、がっかりさせる力があるのだから、人生は面白い。

先日、パート先の休憩室で、若い社員の子たちが何やら盛り上がっていた。

男子社員の山下くんと、女子社員の田中さん。

二人が食い入るように見ているのは、スマートフォンではなく、なんと紙媒体の雑誌だった。

よく見たら、それは週刊少年ジャンプ。

懐かしさに、思わず「へえ、まだジャンプ読んでる子いるんだ」なんて、おばさん丸出しのコメントをしてしまった私。

山下くんが「え、読んでますよ!

今週の『アオのハコ』がやばくて!

」と興奮気味に言う。

田中さんも「そうそう!

あのシーンはキュンとするよね!

」と共感している。

二人の会話を聞いて、ちょっとした衝撃を受けた。

私の記憶の中のジャンプといえば、『ドラゴンボール』や『スラムダンク』、『幽☆遊☆白書』といった、汗と友情とバトルが炸裂する、いかにも少年漫画!

というイメージだったからだ。

「え、アオのハコ?

それって、なんか、恋愛系?

」と恐る恐る尋ねてみた。

「そうですよ!

青春ラブコメです!

」と山下くんは満面の笑みで答える。

隣の田中さんも頷く。

私は心の中で、ええええええええええええええ!

と叫んでいた。

少年ジャンプが、ラブコメ!

いや、もちろん昔からそういう要素がないわけじゃない。

『きまぐれオレンジ☆ロード』とか、『いちご100%』とか、あったけれど、それはあくまで「少年漫画の中のラブコメ」。

メインは、もっとこう、必殺技とか、修行とか、ライバルとの死闘とか、そういうものだったはずだ。

それが今や、青春ラブコメが堂々と、それも人気作として連載されているという。

時代の流れを感じずにはいられなかった。

ふと、以前ネットで見かけた漫画家の先生のポストを思い出した。

「今のジャンプはオレが読んでいた頃より女性向けになった」と言い始めたら、それは貴方がオッサンになった証拠。

そんな内容だった。

私はまさに今、それを言おうとしていた。

いや、言ってしまった。

オッサンどころか、おばさん、いや、おばあさんの一歩手前なのかもしれない。

衝撃だ。

私の身体はまだ40代のはずなのに、精神年齢が『タッチ』の南ちゃんより先に老け込んでしまったのか。

いや、『タッチ』もジャンプじゃないし、そもそも南ちゃんは永遠に可愛いし。

そんなことをぐるぐる考えて、一人で勝手に落ち込んだ。

でも、考えてみれば、私の息子もジャンプを読んでいる。

彼は今、中学二年生。

私の世代が読んでいたような、熱血バトル漫画も好きだし、もちろん『呪術廻戦』や『チェンソーマン』といった人気作も読んでいる。

しかし、彼が一番楽しみにしているのは『逃げ上手の若君』や『あかね噺』だったりする。

歴史ものや落語をテーマにした作品だ。

私の頃のジャンプには、ああいうジャンルはあまり見かけなかった気がする。

いや、あったのかもしれないけど、私のアンテナが立っていなかっただけか。

いずれにせよ、息子は息子で、彼なりにジャンプの多様性を楽しんでいるんだな、と改めて思った。

私のジャンプ史は、小学校高学年から中学にかけてがピークだった。

毎週月曜日が待ち遠しくて、学校から帰るとすぐに本屋に駆け込んだ。

まだ夕飯の支度を手伝う前だったから、時間だけはたっぷりあった。

ベッドに寝転がって、ページをめくる。

あの頃のジャンプは、本当に夢と希望と、ちょっとしたエロが詰まっていた気がする。

悟空がスーパーサイヤ人になった時の興奮。

桜木花道がシュートを決めた時の感動。

飛影のクールさに憧れたり、幽助の漢気に痺れたり。

登場人物の誰もが、悩んだり、挫折したりしながらも、最後は立ち上がる。

あの頃、私は彼らからたくさんの勇気をもらった気がする。

一方で、今のジャンプは、もう少し多様な魅力を提供しているのかもしれない。

山下くんと田中さんが話していた『アオのハコ』は、多分、繊細な心の動きや、日常の中の小さなきらめきを描いているのだろう。

それはそれで、きっと読者の心を掴む。

かつてのジャンプの読者層が、思春期の少年たちに特化していたのに対し、今は男女問わず、幅広い年代が楽しめるような工夫が凝らされているのかもしれない。

それとも、単に世の中の感性が変わっただけなのかな。

私も昔は、漫画のヒーローに夢中になった。

特に、ちょっと陰のある美形キャラには目がなかった。

今はどうか?

最近ハマっているのは、朝ドラに出てくる、気のいい近所のパン屋さんのおじさんだ。

ちょっとお腹が出ているけど、毎日一生懸命パンを焼いている。

笑顔が素敵で、ちょっとドジなところもある。

彼が作るクリームパンが、ものすごく美味しそうで、毎週火曜日の朝は、近所のパン屋さんでクリームパンを買ってしまう。

私のヒーローは、いつの間にか、マッチョな戦士から、素朴なパン屋さんへとシフトしていた。

これもまた、おばさんになった証拠なのかもしれない。

季節は夏から秋へと移り変わる。

クローゼットの中は、まだ半袖と長袖が混在している。

衣替えは、いつも面倒で、ギリギリまで後回しにするタイプだ。

昨日も、夏物のTシャツを洗濯して干していたら、急に冷たい風が吹いてきて、思わず腕をさすった。

体調も、季節の変わり目にはちょっと不安定になる。

体がだるかったり、頭が重かったり。

それでも、冷たい空気に混じる金木犀の香りを嗅ぐと、ああ、秋だな、としみじみする。

夏の終わりの寂しさと、秋の訪れへの期待が、ごちゃ混ぜになったような気分。

そんな些細な感情の揺れ動きも、最近はちょっと愛おしい。

ジャンプの話に戻ると、かつてのジャンプのヒーローたちは、世界を救うために戦っていた。

地球の危機とか、宇宙の存亡とか、とてつもなく大きな使命を背負っていた。

彼らの活躍は、私にとって、非日常への憧れだった。

しかし、今の私のヒーローは、毎日決まった時間に店を開け、美味しいパンを焼いている。

彼の戦いは、美味しいパンを安定して提供することであり、お客さんの笑顔を見ることだ。

それは、もしかしたら、世界を救うことよりも、ずっと尊いことなのかもしれない。

だって、お腹が空いた時に、美味しいパンが食べられるって、それだけで、ちょっと幸せになれるから。

結局のところ、ジャンプがどう変わろうと、私のヒーローが誰になろうと、私が年を取って「昔は〜」と言い始めようと、それはそれでいいのだ。

昔を懐かしむ気持ちも、新しいものを受け入れる気持ちも、どちらも大切な感情だ。

誰がどうとか、何が正しいとか、そんなことをジャッジする必要なんてない。

ただ、自分が心地よいと感じる方を選んで、毎日を過ごしていけばいい。

それが、パート主婦の私がたどり着いた、ささやかな人生の真理かもしれない。

そういえば、先日スーパーで買い物をしていたら、レジの若い店員さんが、私の息子と同じくらいの歳に見えた。

彼は、お釣りを渡すときに、ちょっとだけ照れたように笑顔を見せた。

その笑顔が、なんだかとても可愛らしくて、私もつられてニコリとしてしまった。

私の日常の中にも、ささやかなヒーローはたくさんいる。

今日のコーヒーは失敗したけど、明日はきっと、美味しいコーヒーに巡り合えるだろう。

そんなことを考えながら、私は少しだけ、お腹をさすった。

最近、なんだかお腹周りが気になって仕方がないのだ。

これもまた、夏の終わりのせい、ということにしておこう。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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