📝 この記事のポイント
- 夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
- 暗闇の中、うっすらと光る猫の目に、反射的に「ヒッ」と声が出て、猫も「ニャッ」と小さく鳴いて飛びのいた。
- 電気をつけると、うちのボス猫、ミケが申し訳なさそうに座っていて、私は心の中で「ごめんね、おばあちゃんもびっくりしたのよ」と謝った。
夜中にトイレに起きたら、廊下で猫と鉢合わせして両者固まった。
暗闇の中、うっすらと光る猫の目に、反射的に「ヒッ」と声が出て、猫も「ニャッ」と小さく鳴いて飛びのいた。
電気をつけると、うちのボス猫、ミケが申し訳なさそうに座っていて、私は心の中で「ごめんね、おばあちゃんもびっくりしたのよ」と謝った。
まったく、こんな時間に何してるんだか。
最近、夜中に庭をうろつくカラスを追い払うのに忙しいのかしら。
「おばあちゃん、ミケちゃんは夜行性だからね!
」と、先日遊びに来た小学二年生の孫娘、あかりが得意げに言っていたのを思い出す。
あの子は本当に動物が好きで、図鑑を何冊も持っている。
庭で私が土いじりをしていると、よく横でダンゴムシを観察したり、鳥の鳴き声を真似したりしている。
この春休みも、また遊びに来てくれることになっているんだけど、どこに連れて行こうか、ちょっと悩ましい。
近所の小さな遊園地はもう何回も行ったし、大きな動物園はあかりも私も一日歩くとクタクタになってしまう。
そんなことを考えながら朝食の準備をしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。
近所の奥さん、鈴木さんだ。
いつも朝早くから庭の手入れをしている私を見て、「小川さん、今日も早いですねぇ」なんて声をかけてくれる、気さくな方だ。
「あら、鈴木さん、おはようございます。
今日はどちらへ?
」
「小川さん、おはようございます。
ちょっとスーパーまで。
そういえば、小川さんのお孫さん、動物がお好きでしたよね?
」
「ええ、もう夢中で。
図鑑を抱えて寝るくらいですよ。
」
「でしょう?
それでね、先日、町内会の回覧板で見たんですけど、『とことこ動物園』ってご存知ですか?
」
「とことこ動物園?
聞いたことはありますけど、詳しくはないですね。
」
「なんでも、キグルミを着て動物になれる、っていうコンセプトの施設らしいんですよ。
動物を見るだけじゃなくて、自分で動物になりきる体験ができるって。
今はちょっと休業中みたいなんですけど、これ、刺さるヒトには刺さるポテンシャルを感じませんか?
」
鈴木さんは目をキラキラさせて話す。
キグルミを着て動物になる、か。
そんな発想、私にはなかったなぁ。
でも、確かにあかりは喜びそうだ。
「ええ!
それは面白い!
キリンとか、ゾウとかのキグルミを着るんでしょうか?
あかりはきっと、ウサギになりたがるでしょうねぇ。
ぴょんぴょん跳ねて、草を食べる真似をして…」
私はたちまち想像力を掻き立てられた。
あかりがウサギのキグルミを着て、庭の芝生を跳ね回る姿。
私が隣でキリンのキグルミを着て、首を長くして木の葉を食べる真似をする。
いやいや、私がキリンは無理がある。
首が凝りそうだ。
せめて、カメレオンとか、目だけ動かすタイプのやつがいい。
いや、それも違うか。
鈴木さんが「小川さん、楽しそう!
」と笑っている。
「休業中なのが残念ですねぇ。
もし開園していたら、あかりと一緒に行ってみたかったわ。
」
「でしょう?
私もね、昔、町内会のイベントで着ぐるみを着たことがあるんですけど、あれ、結構大変なんですよ。
中は蒸れるし、視界は悪いし、なにより、周りの人に『頑張ってるね』って思われるのが、ちょっと恥ずかしかったりして。
」
「あはは!
わかります!
でも、それを乗り越えて、子どもたちの笑顔が見られるなら、それもまた一興ですよね。
」
私はすっかり「とことこ動物園」に夢中になっていた。
きっと、そこには、普段の自分とは違う、新しい自分を発見できる魔法があるに違いない。
孫と一緒に、童心に帰って、思いっきり動物になりきる。
そんな素敵な一日を想像して、胸が躍った。
これはもう、春休みの最大の楽しみになりそうだ。
その日の午後、庭でパンジーの植え替えをしていると、隣の奥さんの佐藤さんが声をかけてくれた。
佐藤さんもガーデニング仲間で、よく苗の交換をしたり、育て方の情報交換をしたりする仲だ。
「小川さん、今日もきれいにお手入れされてますね。
そのパンジー、色が鮮やかで素敵だわ。
」
「佐藤さん、こんにちは。
あら、ありがとう。
佐藤さんのところのスイートピーもそろそろ咲き始めましたね。
」
「ええ、それがね、ちょっと虫にやられちゃって。
なかなかうまくいかないわ。
」
なんて世間話をしているうちに、私はすっかり「とことこ動物園」の話を佐藤さんにもしてしまった。
「キグルミを着て動物になれるんですって!
面白そうでしょ?
あかりも喜びそうだし、私もちょっと興味津々でね。
」
佐藤さんは私の話を聞いて、にこやかに頷いていた。
「ああ、とことこ動物園ね。
懐かしいわぁ。
私もね、何年か前に、孫が小さかった頃に行ったことあるのよ。
」
「えっ!
そうなんですか?
どんな感じでした?
」
私は前のめりになって尋ねた。
「それがねぇ…正直、期待してたのと、ちょっと違ったのよね。
」
佐藤さんの言葉に、私の期待は一瞬でしぼんだ。
「あら、そうなの?
てっきり、もっとこう、夢のような場所なのかと…」
「うん、夢は夢なんだけどね。
まず、キグルミがね、思ったよりずっと重くて暑いのよ。
それに、種類もそんなに多くなくて、人気のある動物のキグルミはすぐ借りられちゃうの。
で、うちの孫は、どうしてもパンダになりたかったんだけど、なくてね。
仕方なくタヌキのキグルミを着せたんだけど、それがちょっと、サイズが大きすぎちゃって。
」
佐藤さんは苦笑いしながら続けた。
「タヌキのキグルミを着た孫が、よちよち歩きで、周りの他の動物のキグルミの子どもたちに紛れてるんだけど、なんか、みんなすごく疲れて見えちゃって。
私も、頭にかぶるだけのウサギの耳を借りて、頑張ってぴょんぴょん跳ねてみたんだけど、息が上がっちゃってね。
結局、30分もしないうちに、孫も『もう脱ぎたい』って言い出して、早々に切り上げて帰ってきたのよね。
」
「あらあら…それは、ちょっと残念でしたね。
」
私の想像していた、夢のような光景とはかなりかけ離れた現実が、佐藤さんの口から語られた。
キグルミは重くて暑い。
種類も少ない。
そして、子どもも大人も、意外とすぐに疲れてしまう。
ああ、やっぱり世の中、そんなに都合の良い話ばかりじゃないんだなぁと、少しがっかりした。
でも、佐藤さんはすぐに顔を上げて、こう付け加えた。
「でもね、小川さん。
期待とは違ったけど、孫はね、家に帰ってきてから、ずっとそのタヌキのキグルミの話をしてたのよ。
『タヌキさん、お腹がぽっこりしてて可愛かったね』とか、『おばあちゃんがウサギさんになったの、面白かったね』って。
その時の写真も、今でも大事にしまってあるわ。
だから、結果的には、良い思い出になったんじゃないかなって。
」
佐藤さんの言葉に、私はハッとさせられた。
そうか、結果がどうであれ、その過程や、それから生まれる話が、大切な思い出になるんだ。
完璧じゃなくても、期待通りじゃなくても、それもまた、一つの経験として刻まれる。
人生なんて、そんなものかもしれない。
庭のパンジーだってそうだ。
種を蒔いて、毎日水をやって、肥料をあげて、虫がつかないように気を配る。
だけど、全部が全部、思い通りの花を咲かせるわけじゃない。
徒長してしまったり、蕾がつかなかったり、色が思ったより薄かったり。
でも、そんなちょっと不格好な花も、一生懸命育った証で、それなりに可愛らしい。
むしろ、完璧じゃないからこそ、愛着が湧くこともある。
「とことこ動物園」が休業中だというのも、案外悪い話じゃないかもしれない。
もし今、開園していたら、私はきっと「あかりを喜ばせなきゃ!
」なんて力んで、完璧な一日を演出しようと気張っていただろう。
そして、佐藤さんのように、期待と現実のギャップに、ちょっとしょんぼりしていたかもしれない。
でも、今は休業中。
だからこそ、私はあれこれと想像を巡らせて、勝手に夢を膨らませていられる。
あかりとどんな動物になるか、どんな遊びをするか。
あれこれ妄想している時間が、案外一番楽しいのかもしれない。
そして、もし将来、また開園することがあったら、その時は、完璧じゃない現実もひっくるめて、思いっきり楽しんでみようと思う。
重いキグルミに汗だくになりながら、あかりと一緒に笑って、また一つ、私たちだけの思い出を作れたら、それで十分だ。
夜中にミケと鉢合わせして固まったように、私たちの人生も、予期せぬ出来事や、期待とは違う展開の連続だ。
でも、それでいい。
完璧じゃなくても、ちょっとドジでも、それが私たち自身の物語になる。
ミケも、夜中にカラスを追い払って、きっと自分なりの役割を果たしている。
私はまた、庭のパンジーに水をやりながら、そんなことを思った。
春の陽射しが、少し汗ばむ私の頬を優しく撫でていく。
ああ、今日も良い一日になりそうだ。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。


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