📝 この記事のポイント
- またしても、我が家の洗濯機は片方の靴下だけをどこかの異次元空間に送り込んでしまったらしい。
- 干す時にどこかに落としているか、脱ぐ時にすでに片方行方不明になっているか。
- 妻は「靴下がなくなる呪いでもかかってるんじゃない? 」と笑うが、呪いならせめて両方持って行ってほしい。
洗濯物を干していたら、靴下の片方がない。
これで今月3枚目である。
またしても、我が家の洗濯機は片方の靴下だけをどこかの異次元空間に送り込んでしまったらしい。
いや、きっと犯人は私だ。
干す時にどこかに落としているか、脱ぐ時にすでに片方行方不明になっているか。
妻は「靴下がなくなる呪いでもかかってるんじゃない?
」と笑うが、呪いならせめて両方持って行ってほしい。
片方だけ残されるのが一番困るんだよ、といつも心の中でぼやく。
いや、口に出してぼやいているかもしれない。
記憶が曖昧だ。
そんな些細な、しかし確実に精神を削る日常の「あるある」に直面しつつ、私は台所に立った。
週末、家族サービスでへとへとになった体で、なんとか平日の夕飯の仕込みをしておくのが、この40代男の数少ない貢献点だ。
冷蔵庫の野菜室を開けると、そこには見るも無残な姿の大根が横たわっていた。
まるで砂漠で力尽きた旅人のように、シワシワになって水分を失い、見るからに「もうダメです…」と訴えかけてくる。
しかし、私は知っているのだ。
この世には「シワシワになった野菜を水につけると復活する」という、まるで魔法のような裏技が存在することを。
小学生の娘が夏休みの自由研究で試して感動していたのを、横目でちらりと見ていたのだ。
「よし、お前はまだやれる!
」と心の中で大根に語りかけ、私は救出作戦を開始した。
適当な容器を探す。
うちは食器棚がぎゅうぎゅうで、適当なタッパーもなんだかんだで使いっぱなしだったりする。
そこで目に留まったのが、普段は出番が少ない500mlの計量カップだった。
ガラス製で、どっしりとした安定感がある。
これなら大根も安心して身を委ねられるだろう、と勝手に納得した。
大根のしっぽの方を適当な大きさに切り、計量カップにドボン。
いや、ドボンというよりは、少し無理やり押し込んだ、という方が正しいかもしれない。
なんせ、そのしっぽの部分も、普段のふっくらとした大根からは想像できないほど細くなっていたとはいえ、計量カップの口径ギリギリの太さはあったのだ。
でも、ここから水を吸って膨らむわけだから、多少の余裕はあった方がいいはず。
いや、むしろ、膨らむことを想定して、この「ギリギリ」を選んだ時点で、私の愚かな失敗は始まっていたのかもしれない。
その時は「ピッタリサイズでなんか可愛いな」と呑気に思っていたんだよな。
とりあえず、水をたっぷり注ぎ、冷蔵庫の隅に安置した。
これで明日には、プリプリとした瑞々しい大根が復活しているはずだ。
翌朝、私は希望に満ちた気持ちで冷蔵庫を開けた。
しかし、そこで目にした光景は、私の想像をはるかに超えるものだった。
計量カップの中で、大根は確かに水を吸って膨張していた。
それはもう、見事な復活ぶりだった。
表面のシワは消え、白く輝き、まるで昨日生まれたばかりのような生命感に満ち溢れている。
だが、その生命力は同時に、私の計量カップを人質に取る凶悪な武器と化していたのだ。
膨張した大根は、計量カップの口径を完全に塞ぎ、びくともしない。
私は恐る恐る大根を引っ張ってみた。
うんともすんとも言わない。
カップを逆さにして振ってみた。
ガタガタと音はするが、大根は微動だにしない。
まるで、カップと一体化してしまったかのようだ。
「え、うそだろ…」私は思わず声に出していた。
朝食の準備をしていた妻が、「何が嘘なの?
」と怪訝な顔で覗き込んできた。
「いや、大根が…計量カップに…」と、私は詰まった大根を見せる。
妻は一瞬、呆れたような顔をした後、盛大に吹き出した。
「何これ!
バカなの?
なんでこんなことになったの!
」「だから、復活するって言うから…ぴったりサイズで可愛いと思って…」「可愛いわけないでしょ!
もう取れないじゃん!
」と、涙を流しながら笑い転げている。
小学校高学年の息子が起きてきて、「何?
何?
面白いことあった?
」と寄ってくる。
詰まった大根と計量カップを見て、息子も爆笑。
「パパ、これ、絶対わざとでしょ!
YouTubeに上げるやつでしょ!
」と、さらに火に油を注ぐ。
長女は「えー、大根かわいそう!
早く出してあげて!
」と、真面目に心配してくれている。
いや、お前が自由研究で教えてくれたんだよ、この裏技。
この状況の半分はお前のせいだぞ、と心の中で叫ぶ。
結局、朝食の食卓は、計量カップに詰まった大根を囲んでの、大喜利大会と化してしまった。
「これ、もうこのまま大根スープにするしかないんじゃない?
」「カップごと食えばいいじゃん!
」「新しい計量カップ買えば?
」「でも、この大根、どうやって出すの?
」「計量カップを割るしかない…」「いやいや、ガラスの破片が混ざったら危ないだろ!
こんなに完璧に嵌まり込むものかと感心するほど、大根は計量カップと一体化していた。
まるで、計量カップが大根専用のケースとして作られたかのような完璧さだ。
いや、逆だ。
大根が計量カップという名の監獄に自ら進んで入っていったのだ。
そして、そこで力をつけて、監獄を内側から破壊しようとしている…わけではなく、ただ単に膨らんだだけなのだが。
私は諦めず、シンクに温かいお湯を張り、その中に計量カップごと沈めてみた。
熱でガラスが膨張して、大根が取り出しやすくなるかもしれない、という淡い期待を抱いて。
しかし、結果は変わらず。
むしろ、お湯の中で大根はさらにぷるぷるになっている気がした。
次に、冷凍庫に入れてみた。
冷やせば収縮するはずだ、と。
数時間後、冷凍庫から取り出した計量カップはキンキンに冷えていたが、大根は依然としてびくともしない。
むしろ、冷えて固くなった分、さらにびくともしなくなった気がする。
最終手段として、私はサラダ油をカップの縁から流し込んでみた。
滑りを良くして、ツルンと抜け出てくれることを祈って。
しかし、大根はサラダ油を吸い込むばかりで、全く動かない。
油まみれになった大根は、さらに取り出しにくくなってしまった。
もはや、この大根は計量カップから出ることを拒否しているようにさえ思えてくる。
家族はもう、この一件をすっかりネタにしている。
夕飯時、妻が「ねえ、パパ、今日は計量カップ大根で何作るの?
」とニヤニヤしながら聞いてくる。
息子は「この大根、名前つけようよ!
カップンとか!
」と、いかにも小学生らしいネーミングセンスを発揮している。
娘は「やっぱり、大根さん、かわいそうだよ…」と、しんみりしているが、その顔はすでに笑いをこらえている。
結局、私は観念した。
この大根は、もう計量カップと運命を共にするしかないのだ。
いや、もしかしたら、計量カップを割るという最終手段に出る日が来るのかもしれない。
しかし、それはまだ先の話だ。
とりあえず、私はこの「カップン」を、カップごと冷蔵庫の奥にしまい込んだ。
いつか、これをネタに家族でまた笑い合える日が来るだろう。
それまで、カップンには静かに眠っていてもらおう。
今回の失敗から学んだことは多い。
まず、ものを入れる時は、出す時のことを考えるべきだということ。
そして、復活する野菜の生命力を侮ってはいけないということ。
さらに、家族の笑いには、自分の失敗が一番の燃料になるということだ。
次にシワシワになった大根を見つけたら、今度はちゃんと口の広いボウルに入れるとしよう。
いや、そう誓ったところで、また何か別の、想像もしなかったような方法で、私はきっとやらかすに違いない。
人間、そう簡単に学習しないものなんだよね。
それが、私の良いところであり、同時にどうしようもないところでもあるんだな、と夜空を見上げながら、私は一人ごちる。
明日はちゃんと、行方不明になった靴下を探そう。
たぶん。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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