名古屋のあの座長、うちの鍋奉行とどっちが男らしいんだろ、とふと思った話

essay_1770569454595

📝 この記事のポイント

  • 書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
  • 「その本、面白いですよね」と、いきなり背後から声をかけられたのだ。
  • いやいや、面白くても面白くなくても、今、僕は集中してこの文庫本の冒頭数ページを吟味している最中なんだ。

書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。

「その本、面白いですよね」と、いきなり背後から声をかけられたのだ。

いやいや、面白くても面白くなくても、今、僕は集中してこの文庫本の冒頭数ページを吟味している最中なんだ。

この「面白そうだけど、本当に買うほどではないかもな」という葛藤の尊さを、あなたは理解しているのか。

僕は基本的に、一度手に取った本はなるべく元の場所に戻したいタイプの人間で、それが新刊書店の未読本だろうと、古本屋の値札が貼られた既読本だろうと、本棚に整然と並べられた状態こそが完成形だと信じている。

だから、ちょっとでも立ち読みの痕跡を残してはいけない、と、まるでスパイのような緊張感で書棚に本を差し戻す。

その瞬間に声をかけられると、なんだか万引き犯が確保されたような気分になる。

違う、違うんだ、僕はただ、この本の表紙とタイトルの間に潜む「思ってたんと違う」という罠を回避したかっただけなんだ、と心の中で叫びつつ、「ああ、はい…」と極めて曖昧な返事をして、そそくさとその場を後にした。

まったく、どこにでも変わった人はいるもんだ。

そんなことを考えながら、僕は名古屋の地下鉄の駅へと向かっていた。

単身赴任先の僕にとって、名古屋という街はまだ少しだけよそよそしい。

もちろん、味噌カツは美味しいし、手羽先も最高だ。

名古屋メシのポテンシャルは計り知れない。

が、いかんせん、まだ「地元」とは呼べない距離感がある。

たまに週末、気が向くとふらりと栄や大須のあたりを散策するんだけど、その日もたまたま大須演芸場という看板の前を通りかかった。

小さな芝居小屋だ。

その日の演目を見て、僕は「ん?

」となった。

演目自体はよくある寄席なんだけど、そこに書かれていた「名古屋山三郎」という名前が、どうにも気になったのだ。

名古屋山三郎。

なんだか字面からして、すごく色っぽい。

いや、別に僕がそっちの趣味があるとかじゃなくて、なんだろう、こう、歌舞伎役者とか、宝塚のトップスターとか、そういう「役どころ」としての色気が漂っている、とでも言えばいいのか。

その日の夜、僕はスーパーで買った半額の刺身パックと、レトルトの牛丼を肴に、一人で晩酌をしていた。

普段は自炊がメインなんだけど、週に一度か二度、こういう「手抜きデー」を設けている。

レトルト食品は偉大だ。

レンジでチンするだけで、そこそこの温かい食事が摂れる。

ただ、僕にはこだわりが一つある。

それは、レトルトの牛丼をどんぶりに入れる際、必ずご飯の真ん中にくぼみを作り、そこに牛肉を流し込む、というものだ。

このくぼみがないと、ご飯と牛肉が均等に混ざり合わない気がして、どうにも落ち着かない。

誰に言われたわけでもないし、なんなら適当に混ぜてしまえば一緒じゃないか、と自分でも思うんだけど、これは譲れない。

一種の儀式みたいなものだ。

そんなことを考えながら牛丼をかきこんでいると、ふと、昼間に見た「名古屋山三郎」という名前が頭に浮かんだ。

あの名前の響き、そして大須演芸場のちょっと古めかしい佇まい。

なんだか、すごく絵になるんじゃないか、と。

そこで僕は、ちょっと調べてみることにした。

単身赴任先の狭いアパートで、スマホ片手に「名古屋山三郎」と検索する。

出てきたのは、想像通りの、いや、想像をはるかに超える「男」だった。

写真を見て、僕は思わず「うわっ!

」と声を上げてしまった。

これは、安野モヨコ先生の漫画から抜け出してきた男だ。

いや、むしろ、安野モヨコ先生が彼の生き様を見てキャラクターを描いたんじゃないか、とすら思える。

あの、ちょっと鼻にかかったような、それでいて芯のある目つき。

顎のライン。

そして、なんといっても、あの色気だ。

なんというか、どこか退廃的で、それでいて情熱的。

ちょっと近寄りがたいけど、一度その魅力に触れたら、もう二度と抜け出せないような、そんな匂いがする。

ああ、これは「美人画」ならぬ「美男画」の題材になるだろうな、と、僕の脳内では勝手に安野モヨコ先生が筆を走らせていた。

安野モヨコ先生の漫画に出てくる男たちって、みんなそうじゃないか。

例えば『ハッピー・マニア』のヒデジ。

あの、一見ダメ男なんだけど、いざという時にはとんでもない男気を見せる、あの感じ。

あるいは『働きマン』の菅原文哉。

仕事はできるのに、どこか不器用で、妙に色っぽい。

そして、『シュガシュガルーン』のピエールなんか、もう「美形悪役」の究極系だ。

彼らに共通しているのは、単なるイケメンではない、ということだ。

顔立ちが整っているのはもちろんだけど、それ以上に、その内面から滲み出る「匂い」がすごい。

ちょっと影があって、何を考えているのか読めない部分もあるんだけど、だからこそ、余計に惹きつけられる。

名古屋山三郎という人は、まさにその系譜に連なる男だった。

あの、歌舞伎役者とも違う、独特の「男の色気」。

なんというか、生きてるだけで芝居になってしまうような、そんな存在感がある。

調べていくうちに、名古屋山三郎さんが大衆演劇の座長であること、そしてご自身の劇団「劇団錦」を率いていることもわかった。

大衆演劇かあ。

僕も一度だけ、熱海の温泉宿で見たことがある。

その時は、おばあちゃんたちが熱狂的に応援している姿が印象的で、「ああ、こういう世界もあるんだな」と思ったくらいだったんだけど、まさかこんなにも安野モヨコ的な男がそこにもいるとは。

いや、きっと、僕がその時見た演劇にも、そういう「匂い立つ男」はいたのかもしれない。

ただ、僕の感性が、まだそこまで振り切れていなかっただけなんだろう。

大衆演劇って、もっとこう、泥臭くて、情に厚い、みたいなイメージがあったんだけど、彼の写真を見ていると、一気にそのイメージが刷新された。

これは、一度生で見てみたい。

あの、舞台の上で、彼が一体どんな表情を見せるのか。

どんな仕草で、観客を魅了するのか。

僕の単身赴任生活に、新たな「見てみたいものリスト」が加わった瞬間だった。

ただ、ここで一つ、僕の「些細なこだわり」が発動する。

名古屋山三郎さんの舞台を見に行くなら、やはり、一番良い席で見たい。

そして、できれば、その日の演目についても、事前にきっちり予習をしておきたい。

例えば、彼の演じる役柄が、江戸時代の遊び人なのか、それとも武士なのか。

その役柄の背景にあるストーリーを、ある程度頭に入れておかないと、彼の表現の妙を十分に味わえない気がするのだ。

映画やドラマだって、何も予備知識なしに見るのと、原作を読んでから見るのとでは、感動の深さが違う。

ましてや、生身の人間が演じる舞台だ。

これはもう、ある程度の心構えが必須だろう。

そのためには、チケットの予約状況も確認しないといけないし、劇団の公式サイトも隅々まで読み込まなければならない。

ああ、なんだか、急にやることが増えたな。

こういう時、僕はいつも「やることリスト」を頭の中で構築するんだけど、そのリストが長くなればなるほど、実際の行動に移すまでの時間が長くなる、という悪癖がある。

結局、その日は、名古屋山三郎さんの舞台を見るという夢想だけで終わった。

僕の目の前には、相変わらずレトルトの牛丼がどんぶりに盛られ、刺身パックの残骸が散らばっている。

食後の片付けも、もちろん僕の仕事だ。

食洗機なんて気の利いたものは付いていないから、洗い物は全部手作業。

シンクに溜まった食器を、一つ一つ丁寧に洗っていく。

その作業中、ふと、あの書店での出来事を思い出した。

見知らぬ人に声をかけられて焦った、あの瞬間。

あの時、僕は手に取っていた本の内容を全く覚えていなかったんだけど、今になって思えば、あれはきっと、旅に関するエッセイだった気がする。

いや、正確には、旅先のホテルで遭遇したちょっと変わった人との交流を描いた、みたいな内容だったような。

しかし、結局のところ、名古屋山三郎さんの舞台を見に行く計画は、僕の「やることリスト」のかなり下の方に位置したままだ。

日々の仕事に追われ、週末はたまった洗濯物を片付けたり、一週間分の食材をスーパーに買い出しに行ったりしていると、なかなか腰が上がらない。

それに、名古屋山三郎さんの舞台は、夜の公演が多いらしい。

単身赴任先で一人暮らしの僕にとって、夜に出かけるのは、なんだかちょっとハードルが高いのだ。

特に、平日の夜なんて、仕事が終わってから急いで支度して、電車に乗って、終演後にまた電車で帰ってきて…と考えると、それだけで疲れてしまう。

ああ、もう歳なのかな。

でも、頭の片隅には、あの「安野モヨコの男」がずっと居座っている。

いつか、本当に、彼の舞台を見に行きたい。

そして、その時は、きっと、僕の生活に何らかの変化が訪れるんだろう。

いや、もしかしたら、何も変わらないかもしれない。

それでもいいのだ。

日々の生活の中で、こうして「見てみたいもの」「体験してみたいこと」が増えていく、という事実自体が、なんだかちょっと豊かな気分にさせてくれる。

今日も僕は、スーパーで半額になったお惣菜を探しながら、レジのおばちゃんの「ポイントカードありますかー」という声に、精一杯の笑顔で「ないです!

」と答える。

僕の日常は、相変わらず、そんな小さな出来事の連続で、名古屋山三郎さんの舞台は、まだ少しだけ遠い夢のままだ。

まあ、それも悪くないか。

いつかその日が来た時のために、レトルト牛丼のくぼみだけは、これからも完璧に作り続けてやろう、と、僕は心に誓うのだった。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

目次

📚 あわせて読みたい

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
こんな便利なものがあるなんて知らなかった〜
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次