📝 この記事のポイント
- スーパーのレジで並んでいた時、前の人のカゴの中身が気になってしまった。
- いや、別に覗き見しようとしたわけじゃない。
- ただ、私のカゴの中身は食パンと猫のおやつとレトルトカレーという、おひとり様感が滲み出た寂しいラインナップだったから、つい人のカゴに「家族の温もり」とか「充実した食卓」とかを求めてしまうというか。
スーパーのレジで並んでいた時、前の人のカゴの中身が気になってしまった。
いや、別に覗き見しようとしたわけじゃない。
ただ、私のカゴの中身は食パンと猫のおやつとレトルトカレーという、おひとり様感が滲み出た寂しいラインナップだったから、つい人のカゴに「家族の温もり」とか「充実した食卓」とかを求めてしまうというか。
そんな斜め上の心理でチラ見したら、その人のカゴに鎮座していたのが、とあるメーカーの「焼プリン」だった。
そう、あの、ちょっと大きめで、しっかりめのカラメルソースが底に沈んでる、昔ながらの「焼プリン」。
子どもの頃、ご褒美とか、風邪ひいた時とか、特別な日にしか食べさせてもらえなかった憧れの存在。
今でこそ大人買いできるけど、やっぱり特別な感じがするんだよね、あのプリンだけは。
なぜって、他のプリンと一線を画す「焼」という響き。
あれがね、なんだか特別感を演出してる気がしてならないの。
で、その焼プリンを前の人が買っていくのを見て、ふと思ったわけ。
「これって、どうやって焼いてるんだろう?
」って。
いや、当たり前じゃん、焼いてるんだから焼プリンでしょ、って思うじゃん?
でもね、よく考えてみてほしい。
あの容器、プラスチック製だよね?
電子レンジもオーブンもダメって書いてある、あのプラスチック容器。
あの中で、どうやって「焼く」っていう工程をクリアしてるの?
まさか、プラスチックを溶かさない特殊技術が搭載されてるとか?
いやいや、それってもうSFの世界じゃん。
昔からずっと疑問だったんだよね。
私の頭の中では、焼プリンって、あのプラスチック容器のままオーブンにぶち込まれて、グツグツと湯煎焼きされてるイメージだったの。
でも、それだと容器が溶ける。
じゃあ、一旦大きなバットで焼いてから、あのプラスチック容器に詰めてるの?
いや、それだと「焼プリン」じゃなくて「詰めるプリン」じゃん?
なんか違う。
あのプリンの表面の、ちょっとだけ焦げたみたいな香ばしい感じとか、容器の底にしっかり固まったカラメルソースとか、あれは焼いたからこその賜物だと思ってるんだけど。
モヤモヤするわー、この感じ。
まるで、子どもの頃に「サンタさんって、どうやって世界中の家を回ってるの?
」って質問して、親が「そ、それはね…」って焦ってるのを見た時の、あの「なんかごまかしてるな」感に似てる。
いや、サンタさんは夢があるからいいんだよ。
でも焼プリンは、現実にある食べ物だから!
現実的な説明を求む!
結局、その日は焼プリンを買わずに帰ったんだけど、一度気になり始めたら止まらないのが私の悪い癖。
家に着いて猫が「ごはんごはん!
」って鳴いてるのも無視して、いつもの定位置であるソファに座り、スマホを取り出した。
いや、猫のごはんはちゃんとあげたよ?
その後に、だよ?
で、検索ワードは当然「焼プリン どうやって焼く」。
出てきた答えに、私は思わず「はあぁぁぁ?!」って声を上げたね。いや、猫もびっくりして耳をピンと立ててたし。まさか、そんなシンプルな答えだったとは。
「焼プリンは、容器に入れた状態で蒸して作られていることが多い」
…え?
蒸す?
焼いてないんかい!
いや、「焼プリン」って名前なのに、蒸してるんかい!
なんかもう、衝撃すぎて、目の前がグルグルしたわ。
もちろん、本当にオーブンで焼いてる商品もあるらしいんだけど、私がお世話になってるあのプラスチック容器のプリンは、大半が蒸し製法なんだって。
つまり、プリン液を容器に入れて、蒸し器みたいなもので蒸してるってこと?
それで、あの表面の香ばしさとか、底のカラメルとかを再現してるの?
え、じゃあ、あの「焼」っていうのは、どこから来たの?
「蒸しプリン」じゃダメだったの?
「蒸しプリン」だと、なんかパンチがないとか?
「焼」ってつけた方が、強そうに見えるとか?
いや、確かに「焼」ってつく方が、なんかこう、プロっぽいというか、手の込んだ感じがするよね。
まあ、でも、考えてみれば納得というか。
私、料理は得意じゃないけど、たまにお菓子作りとか挑戦するじゃん?
前に、カスタードプリン作りに挑戦したことあったんだよね。
あれも、耐熱容器に入れてオーブンで湯煎焼きするか、蒸し器で蒸すか、ってレシピによって色々あるんだよ。
オー私はズボラだから、湯煎焼きは水を張るのが面倒くさくて、結局蒸し器で蒸したけど。
それなりに美味しくできたんだよね。
なんなら、ちゃんとした蒸し器がなくて、鍋にザルをひっくり返して蒸したんだけど。
それでもできたんだから、プロが作るんだから、そりゃあ蒸しても美味しくできるよな。
でもさ、蒸してるのに「焼プリン」って名前なのは、なんか引っかかるよね。まるで、パンダなのに「パン」って名前じゃないのと同じくらい引っかかる。いや、パンダはそもそも「パン」じゃないし。例えが下手か。
この「名前と実態のギャップ」ってやつ、結構いろんなところにあるよね。
例えば、私がよく使う「激辛ラー油」。
あれ、全然激辛じゃないんだよね。
なんなら、ちょっと辛いかな?
くらい。
普通のラー油と大差ない。
なんで「激辛」ってつけたんだろ。
初めて買った時、「これはヤバいやつだ…!
」って覚悟して、ティースプーンの先にちょっとだけつけて食べたんだけど、拍子抜けしちゃって。
結局、いつものラー油と同じくらいの量をかけて使ってる。
あれはもう「普通ラー油」に改名してほしい。
あとは、駅前の商店街にある「特選和菓子」。
いつもおじいちゃんおばあちゃんが並んでるから、めちゃくちゃ美味しいんだろうと思って、奮発して大福を買ってみたんだよね。
そしたら、普通に美味しい大福だった。
もちろん、不味いわけじゃないよ?
でも「特選」って言われると、なんかこう、特別な素材を使ってるとか、職人が何日もかけて作ってるとか、そういうのを期待しちゃうじゃん?
蓋を開けてみれば、普通に工場で作られたらしい大福だった。
あ、でも、あの商店街のおばあちゃんが言ってたんだけど、「あそこの大福は、昔っから味が変わらなくて、それがいいんだよ」って。
なるほど、そういう意味での「特選」か。
奥深いな。
そう考えると、「焼プリン」も、実は「焼いてないけど、昔からこの味だから焼プリンってことでいいじゃん?
」みたいな、そういうノリだったりするのかな。
いや、知らんけど。
まさか、あの見た目と食感を再現するために、蒸し製法にたどり着いた開発者の血と汗と涙の結晶だったりするのかもしれない。
だって、あのツルンとした表面と、しっかりした固さ、でも口に入れるととろけるような滑らかさ。
あれって、絶妙なバランスだもんね。
結局、焼プリンが「焼」じゃなかったことに、ちょっとした裏切られた気持ちと、納得した気持ちが入り混じった複雑な感情を抱いた私。
でもまあ、美味しかったら何でもいいか。
いや、そうじゃない。
やっぱり「焼プリン」は「焼プリン」として、あのプラスチック容器の中で焼かれていると信じたかった。
なんだか、猫のタマも同じような表情で私を見てる気がする。
「お前、何ブツブツ言ってんだニャ?
」みたいな顔で。
タマは普段、私の膝の上で寝てるか、ごはんを要求してるか、たまに爪とぎしてるかの三択だから、まさか焼プリンの製法について深く考えてるわけじゃないだろうけど。
でも、あいつがたまにジーッと一点を見つめてる時、一体何を考えてるんだろうって、たまに気になるんだよね。
もしかしたら、タマも「人間のごはんって、どうやって作られてるんだろうニャ?
」とか、哲学的なこと考えてたりして。
いや、ないな。
タマはきっと、次にいつ缶詰が出てくるか、それしか考えてない。
今回の焼プリンの件で、一つ学んだことがある。それは、「名前」と「実態」は必ずしも一致しない、ということ。そして、世の中には、自分が思っている以上に、巧妙に作られたものがたくさんある、ということ。
今日、スーパーに寄って、あの焼プリンを買って帰ろうかな。
そして、一口食べるごとに「このツルツルした表面は、蒸しの力…!
」「このカラメルの香ばしさは、企業努力…!
」って思いながら、じっくり味わってやろう。
いや、多分、普通に食べちゃうんだろうけど。
でも、きっと、今までとは違う味がするはず。
だって、私はもう、焼プリンの真実を知ってしまったんだから。
ちょっとだけ賢くなった、そんな気がした、ある日の夕方だった。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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