📝 この記事のポイント
- 帰宅したら、同じ建物の別の部屋のドアを開けようとしていた。
- 鍵を差し込もうとして、あれ、ちょっと待てよ、と自分の指先が止まる。
- ドアノブの形も、プレートの文字も、確かに見慣れているはずなのに、どこか違和感がある。
帰宅したら、同じ建物の別の部屋のドアを開けようとしていた。
鍵を差し込もうとして、あれ、ちょっと待てよ、と自分の指先が止まる。
ドアノブの形も、プレートの文字も、確かに見慣れているはずなのに、どこか違和感がある。
いや、これは、違う。
私の部屋じゃない。
隣の、田中さんの部屋だ。
恥ずかしいやら情けないやらで、サッと汗が引く。
最近、こんなことが増えたような気がする。
約束の時間に遅れたり、スーパーで買ったものをレジに忘れてきたり。
まあ、定年後の気楽さで、時間の感覚がゆるくなっているせいもあるのかもしれない。
と、自分に言い訳してみる。
私の日常は、いたってシンプルだ。
朝は六時半に目が覚めて、まず淹れたてのコーヒーを一杯。
それから、テレビのニュースを見ながらゆっくりと朝食をとる。
食パンに目玉焼き、それにサラダ。
これはもう、何十年も変わらない私のルーティンだ。
食事が終わると、近くの公園まで散歩に出かける。
鳩に豆をやるおじいさんに会釈したり、早朝ジョギングをしている若い夫婦の横を通り過ぎたり。
季節の移ろいを肌で感じられる、この時間が好きだ。
特に、春先の桜の蕾が膨らんでいく様子や、秋の紅葉が深まるグラデーションなんかを眺めていると、ああ、生きてるなぁ、なんてしみじみ思う。
散歩から戻ると、たいてい午前九時を少し過ぎた頃。
それからが、私の「自由時間」とでも呼ぶべき時間だ。
釣り道具の手入れをしたり、昔の写真を引っ張り出してきて眺めたり。
最近は、妻が始めた編み物教室に、なぜか私も付き合わされる羽目になった。
いや、付き合わされるというのは語弊があるな。
妻が、「あなたもやってみたら?
脳トレになるわよ」と、やけに熱心に勧めてくるものだから、まあ、暇つぶしになるならと、軽い気持ちで始めたのだ。
それが、案外難しい。
棒針を動かす指先は、まるで自分の体の一部ではないかのように不器用で、糸はすぐに絡まるし、目が飛んでしまう。
編み物教室は、月に二回、公民館で開かれている。
先生は、白髪をきれいにまとめた、上品な雰囲気の女性だ。
いつもニコニコしていて、根気強く教えてくれる。
ある日のこと、私がまた目を落としてしまい、苦戦していると、先生がしみじみとこう言った。
「昔はね、みんな編み物ができたのよ。
お母さんもおばあちゃんも、誰でもね」。
それを聞いて、私は正直、「え、本当に?
」と思ってしまった。
いや、もちろん、昔の人は手仕事が上手だっただろう。
でも、「誰でも」って、それはちょっと盛りすぎじゃないだろうか。
私みたいな不器用な男が、昔だったらできたというのか。
信じられない話だ。
そんな風に疑いつつも、私はせっせと編み物を続ける。
妻には、「ちゃんと練習してる?
」と目を光らされているし、一度始めた以上、途中で投げ出すのもなんだか癪に障る。
それに、編み進めていくうちに、少しずつではあるけれど、形になっていくのが、なんだか妙に楽しい。
最初はただの糸の塊だったものが、だんだんとマフラーのようなものになりつつある。
まだスカスカだし、途中で幅が変わったりもしているけれど、それでも、これは私が作ったものなのだ。
先生の言う「昔は誰でも編み物ができた」という言葉が、時々頭をよぎる。
本当にそうだったのだろうか。
それとも、先生の心の中にある、美化された昔の記憶なのだろうか。
考えてみれば、私の母も、確かに編み物をしていた記憶がある。
私が小学生の頃、冬になるとよく、手編みのセーターを着せられていたものだ。
あの頃は、正直言って、毛糸がチクチクして嫌だったけれど、今思うと、母の愛情が込められていたのだなと、じんわりと温かい気持ちになる。
ある日、妻が「今日の夕飯、八時までに帰ってきてね。
お友達が来るから」と、釘を刺してきた。
珍しく、夕食の約束だ。
普段は、私の帰りが遅くなっても、全く気にしない妻が、よほど大切な友人でも来るのだろう。
私はその日、少し遠出して、隣町の河原まで釣りのポイントを探しに行っていた。
午前中から、ルアーを投げたり、竿を振ったり。
なかなかアタリが来ないまま、集中して時間が過ぎる。
気づけば、もう夕方。
空はオレンジ色に染まり始め、そろそろ帰らなければ、と急いで片付けを始めた。
しかし、釣りに夢中になりすぎたせいか、帰りのバスを一本乗り遅れてしまった。
次のバスまで三十分待ち。
乗り換えも考えると、これは八時には間に合わないかもしれない。
焦りが募る。
こういう時、昔は連絡手段も限られていたから、もっと大変だっただろうな、なんてことを考えてしまう。
公衆電話を探して、小銭をかき集めて、やっと妻に電話をかける。
「もしもし、俺だけど、少し遅れる。
多分、八時半過ぎになると思う」
「ええ、もう来てるわよ。
あなた、何時に帰ってくるの?
まったくもう!
」
妻の声は、いつもより少し怒っているように聞こえた。
ああ、やってしまった。
約束を破ってしまった。
まさに、ダメ人間エピソードの追加だ。
結局、家にたどり着いたのは、八時四十五分。
玄関を開けると、美味しそうな匂いが漂ってくる。
リビングからは、妻と友人の楽しそうな話し声が聞こえた。
私はそっとリビングのドアを開けた。
妻は、私が遅れたことには触れず、「あら、お帰りなさい。
ちょうどよかったわ」とニコリと笑った。
友人の方も、「お邪魔してます」と穏やかに挨拶してくれた。
妻の友人は、なんと、編み物教室の先生だった。
先生は、私の顔を見て、「あら、〇〇さん、お疲れ様です」と、にこやかに微笑んでくれた。
食卓には、手作りのご馳走が並んでいた。
私は平謝りしながら席に着き、遅れてきた分、一生懸命料理を褒めた。
先生と妻は、楽しそうに昔話に花を咲かせている。
話を聞いていると、先生も妻も、若い頃から編み物が得意だったらしい。
特に先生は、学生時代に自分でセーターを編んで、それが友達の間で評判になったとか。
やっぱり、先生の言う「誰でもできた」は、先生自身の経験からくるものだったのかもしれない。
食事が終わり、先生が帰った後、私は妻に尋ねた。
「先生、本当に編み物が上手なんだね。
昔の人はみんな、ああいう風にできたのかな?
」妻は、洗い物をしながら、「そうねぇ、昔は、今みたいに便利なものがなかったから、みんな自分で工夫して、何かを作ることが多かったんじゃないかしら。
編み物も、その一つだったんでしょうね」と答えた。
なるほど、そういうことか。
昔は、手編みのセーターやマフラーが、冬を暖かく過ごすための、生活に欠かせないものだったのかもしれない。
だから、みんなが身につけるスキルとして、自然と広まっていったのだろう。
今の私のように、趣味で、脳トレで、なんていう軽い気持ちで始めるものとは、根本的に意味合いが違ったのだ。
それでも、私が今、目の前にある、不揃いなマフラーを編み続けているのは、何だかんだ言って、この時間が嫌いじゃないからだ。
棒針を動かす指先は、まだぎこちないけれど、少しずつ、少しずつ、形になっていくのが面白い。
いつか、私の作ったこのマフラーを、誰かにプレゼントできる日が来るだろうか。
いや、まずは、まともに使えるものを作るのが先だな。
最近は、釣りの約束がない日は、公民館の開館時間に合わせて、編み物道具を持って出かけるようになった。
妻は、私が編み物に熱中している様子を見て、少し驚いているようだが、嬉しそうでもある。
他の生徒さんたちとも、少しずつ打ち解けてきた。
みんな、それぞれのペースで、黙々と手を動かしている。
私もまた、そんな穏やかな時間の中で、一つ、また一つと目を増やしていく。
昔の人がどうだったか、なんてことは、もはやどうでもいい。
ただ、この手を動かす時間が、今の私には心地いいのだ。
そして、いつかこの不器用な手で、妻へのサプライズプレゼントを編み上げることが、今の密かな目標になっている。
もちろん、約束を忘れて遅刻しないように、細心の注意を払いつつ、だけどね。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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