📝 この記事のポイント
- 「ごめん、セーブデータ消えちゃった」 この言葉が友達との関係を壊すことはない。
- だが、「ごめん、復活の呪文、写し間違えてた」は違う。
- 僕が小学三年生のとき、従兄弟が三日かけて進めた『ドラゴンクエストII』の呪文を写し間違えた。
「ごめん、セーブデータ消えちゃった」
この言葉が友達との関係を壊すことはない。だが、「ごめん、復活の呪文、写し間違えてた」は違う。これは友情を試す言葉だ。
僕が小学三年生のとき、従兄弟が三日かけて進めた『ドラゴンクエストII』の呪文を写し間違えた。「ぬ」と「め」を間違えた。たったそれだけで、ロンダルキアへの道は永遠に閉ざされた。従兄弟の目が、僕を見る目が、確かにあの瞬間変わった。
あれから数十年。令和を生きる僕たちは、スクリーンショットという魔法を手に入れた。だが、あの時代、本当に打つ手はなかったのだろうか。科学的に、真剣に、考えてみたい。
そしてもう一つ。書き進めるうちに気づいてしまった、驚愕の事実がある。
復活の呪文は、実は今のクラウド技術より、はるかに先進的だったのではないか――。
問題の本質:ヒューマンエラーの構造
まず、なぜ僕たちは間違えたのか。
認知心理学によれば、人間の短期記憶は「7±2」個の情報しか保持できない。復活の呪文は平均20文字。つまり、一度に覚えられる量の3倍近い情報を、画面とノート間で往復させていたことになる。
しかも、ファミコンの画面は14インチのブラウン管テレビ。解像度は低く、「め」と「ぬ」、「ろ」と「ち」の区別がつきにくい。濁点の有無なんて、もはや信仰の領域だ。
さらに、当時の僕たちは小学生。鉛筆の持ち方すら怪しい年齢で、カタカナとひらがなが混在する呪文を、焦りながら書き写していた。ミスしない方がおかしい。
友達の家で夕方まで遊んで、「じゃあ呪文書いとくね」と言われて渡されたメモ。翌日、自分の家で入力すると「ちがいます」。あの絶望感。LINEの既読スルーより重い沈黙が、友達との間に流れる。
解決策1:ダブルチェック体制の構築
最も基本的かつ効果的な方法。だが、当時の僕たちには実行が難しかった。
なぜなら、ゲームをしているのを親に見つかるリスクがあったからだ。「宿題終わったの?」という母の声が聞こえた瞬間、僕たちは電源を切るか、呪文を急いで書き写すかの二択を迫られた。そこにダブルチェックの時間はない。
だが、冷静に考えれば、二人体制は有効だった。一人が読み上げ、一人が書く。野球のサインのように、「ぬ、濁点なし!」「了解、ぬ、濁点なし!」と復唱する。
航空業界では「チャレンジ・レスポンス」という手法が使われている。副操縦士が「フラップ、20度」と言い、機長が「フラップ、20度、セット」と返す。これをドラクエに応用すればよかった。
「たけ!」 「たけ、確認!」 「ひろ!」 「ひろ、確認!」
ゲームじゃなくて、もはや管制塔だ。でも、これで従兄弟との関係は守れた。
解決策2:記録媒体の多様化
当時の僕たちは、大学ノートや連絡帳の隅に呪文を書いていた。だが、これには致命的な欠陥がある。ページをめくると、前の呪文が見えなくなるのだ。そして、母親に見つかると「遊んでばっかりいないで勉強しなさい」と言われる。
提案したい。専用の「呪文帳」を作るべきだった。
具体的には、B6サイズのリングノート。表紙に「漢字練習帳」と書いておけば、親も文句を言わない。ページごとにゲームタイトル、日付、キャラクター名、レベルを記録。そして呪文は5文字ずつ区切って記載する。
たけ ひろ のぞ みち かな
てつ おも ゆめ みら いだ
こうすることで、視認性が上がる。人間の脳は「チャンク」という単位で情報を処理するため、5文字程度のまとまりにすると記憶しやすい。電話番号が3桁-4桁に分かれているのと同じ原理だ。
さらに、カーボン紙を使って複写を取るべきだった。1980年代、カーボン紙は普通に文房具店で売っていた。一度書けば二枚になる。バックアップの概念を、僕たちは物理的に実装できたはずだ。
友達に呪文を教えるときも、複写の一枚を渡せばいい。「これ、カーボンで写したやつだから間違いないよ」。この一言で、信頼度が爆上がりする。
解決策3:文字の判別困難性への対処
「ぬ」と「め」、「ろ」と「ち」、「そ」と「き」。これらは本当に紛らわしい。
書体を工夫すべきだった。「ぬ」を書くときは、意識的に最後の払いを長くする。「め」は丸を強調する。自分なりの「フォント」を確立するのだ。
また、疑わしい文字には印をつける。「これ、ぬか? め?」と迷ったら、その文字の下に小さく「?」マークをつけておく。翌日、もう一度画面で確認する。
医療現場では「不確実な情報は明示する」というルールがある。血液型がわからない患者のカルテには「不明」と大きく書く。空欄にしない。僕たちも、不確実な情報は不確実と記録すべきだった。
さらに提案したい。呪文専用の「読み仮名ルール」を作るのだ。
- 「ぬ」→「ぬ(縦長)」
- 「め」→「め(丸)」
- 「ろ」→「ろ(横棒)」
- 「ち」→「ち(点)」
こうして横に注釈をつけておく。めんどくさい? でも、三日分のプレイが消えることに比べたら、この手間は安い。
解決策4:環境の最適化
呪文を写すときの環境も重要だ。
まず、照明。蛍光灯の真下でテレビを見ると、画面に反射して文字が見えづらい。テレビの角度を調整するか、カーテンで光量を調節すべきだった。
次に、姿勢。正座してテレビに近づきすぎると、視野が狭くなる。適度な距離を保ち、画面全体を見渡せる位置取りが重要だ。理想は画面から1メートル。でも、1メートル離れたら文字が見えない。矛盾だ。
だから、双眼鏡を使えばよかった。冗談ではない。真剣だ。バードウォッチング用の双眼鏡で画面を拡大すれば、「め」と「ぬ」の判別も完璧だ。友達に見られたら確実に笑われるが、笑われることと呪文を間違えること、どちらがダメージが大きいか。答えは明白だ。
そして、筆記具。2B以上の濃い鉛筆を使う。あるいは、0.5mmのシャープペンシル。ボールペンは×だ。間違えたときに消せない。修正液という選択肢もあるが、乾くまで待てる小学生はいない。
解決策5:システム的アプローチ
ここまで来ると、もはやゲーム攻略ではなく、情報管理学だ。
僕が提案したい最終解決策は、「呪文検証プロトコル」の確立である。
ステップ1:記録フェーズ
- 呪文を5文字ずつ区切って書き写す
- 判別困難な文字には注釈をつける
- カーボン紙で複写を取る
ステップ2:冷却フェーズ
- 5分休憩する(短期記憶をクリアする)
- お茶を飲むか、トイレに行く
ステップ3:検証フェーズ
- 書いた呪文をもう一度画面と照合する
- 可能なら別の人に読み上げてもらい、画面と一致するか確認する
ステップ4:実装確認フェーズ
- 翌日、実際に入力して確認する
特に重要なのは「翌日確認」だ。ゲームを進める前に、前回の呪文が正しいか確かめる。これにより、間違いに気づいた時点での被害を最小化できる。一日分の進行が消えるのと、三日分が消えるのとでは、精神的ダメージが違う。
「でも、そこまでする時間があるなら、もう一回最初からやり直せばよくない?」
そう思った人がいるかもしれない。正論だ。だが、それを言ってしまったら、この考察の意味がない。それに、小学生にとって「三日」は、大人の「三ヶ月」に等しい。
真実:復活の呪文は、実はクラウドより凄かった
ここで、書きながら気づいてしまった衝撃的な事実を告白したい。
復活の呪文って、冷静に考えると、とんでもない技術じゃないか?
だって、そうだろう。あの20文字程度の呪文を入力すれば、どのファミコン本体でも、どの家のソフトでも、自分のデータが復活するのだ。
友達の家で遊んでいて、呪文をメモして帰る。翌日、自分の家のファミコンで、自分が持っているカセットに入力する。すると、昨日の続きができる。
待ってほしい。これ、すごくないか?
今の僕たちは、GoogleドライブやiCloudを使っている。アカウントにログインすれば、どのデバイスでも自分のデータにアクセスできる。便利だ。でも、それには「インターネット」という巨大なインフラが必要だ。サーバーがあり、通信回線があり、認証システムがある。
復活の呪文には、それがない。
インターネットどころか、電話回線すら使わない。サーバーもない。認証も、20文字の呪文だけ。
つまり、復活の呪文は、紙とペンだけで実現する、完全オフラインのクラウドストレージだったのだ。
しかも、互換性が完璧だ。僕のファミコンだろうが、友達のファミコンだろうが、従兄弟の家のファミコンだろうが、関係ない。カセットさえ同じタイトルなら、ロット違いでも動く。
これ、今のクラウドサービスより汎用性が高くないか?
iPhoneのデータをAndroidに移そうとすると、けっこう面倒だ。LINEのトーク履歴なんて、引き継ぎに失敗したら消える。アカウント情報を忘れたら終わりだ。
でも、復活の呪文は違う。呪文さえメモしていれば、ハードが壊れても大丈夫。新しいファミコンを買ってきて、カセットを挿して、呪文を入力すれば、データは蘇る。
「ちがいます」と言われない限りは。
呪文の仕組み:圧縮技術の傑作
では、あの短い呪文に、どうやってプレイデータを詰め込んでいたのか。
答えは、究極の圧縮技術だ。
ドラゴンクエストIIの呪文は、ひらがな52文字を使って、プレイヤーの状態をエンコードしていた。キャラクターのレベル、所持金、アイテム、倒したボス、訪れた場所。これらすべてを、20文字程度に圧縮する。
しかも、チェックサム(エラー検出符号)まで含まれていた。だから、一文字でも間違えると「ちがいます」と言われる。厳格だ。だが、これがあったからこそ、どのカセットでも正確にデータを再現できた。
今のゲームのセーブデータは、何メガバイトもある。それを、文字コード52種類×20文字=約34ビット相当の情報量に圧縮する。これ、ものすごい技術だ。
開発者は天才だったのか、それとも容量の制約があまりに厳しくて、こうするしかなかったのか。おそらく両方だろう。
そして、この「呪文」というUI。魔法のようなネーミングセンス。「パスワード」ではなく「復活の呪文」。冒険の続きを可能にする、魔法の言葉。ゲームの世界観を壊さない、最高の演出だった。
失われたスキル:呪文筆記術の価値
思えば、復活の呪文は、デジタルとアナログの狭間で生まれた徒花だった。
カセットにバッテリーバックアップを搭載する技術も、やがて普及した。『ドラゴンクエストIII』からは、セーブができるようになった。電池が切れるまで、データは残り続けた。
便利になった。だが、何かを失った気もする。
復活の呪文をメモする行為には、緊張感があった。一文字も間違えられない。集中力を研ぎ澄ませて、画面とノートを往復する。書き終えたあとの、あの安堵感。
「よし、これで大丈夫」
そう思って眠りにつく夜。翌日学校から帰って、ワクワクしながら呪文を入力する。画面に現れる「ぼうけんがはじまります」の文字。あの瞬間の喜び。
でも、「ちがいます」と言われたときの絶望も、セットだった。
スクリーンショットで全てが記録される今、僕たちは便利になった。だが同時に、「正確に情報を写し取る」という緊張感を失った。コピペで済む世界。間違えても、やり直せばいい。
復活の呪文には、やり直しがきかない一回性があった。だからこそ、真剣だった。
エピローグ:失われた技術と、残された記憶
従兄弟に謝り続けた小学三年生の僕。あの経験があるから、今でも重要な情報はダブルチェックする癖がついている。
IDやパスワードを入力するとき、無意識に二回確認する。メールアドレスを書くとき、@の後ろを念入りに見直す。おそらく、これは復活の呪文の後遺症だ。
でも、悪い癖じゃない。
今、僕が仕事でミスをしないのは、あの頃「ぬ」と「め」を間違えた経験があるからかもしれない。従兄弟の冷たい視線が、僕に正確性の重要さを教えてくれた。
あれから何年も経って、従兄弟と久しぶりに会った。酒を飲みながら、懐かしい話になった。
「あのさ、ドラクエIIの呪文、間違えたこと、まだ覚えてる?」
従兄弟は笑った。
「覚えてるよ。あのとき、本気で殴ろうかと思った」
「ごめん」
「でもさ、あれがあったから、俺も大事なことはメモする癖がついた。仕事で助かってる」
そうか。僕だけじゃなかったんだ。
復活の呪文は、僕たちに多くのことを教えてくれた。情報の正確性、記録の重要性、そして失敗から学ぶこと。
令和のキッズたちは、もう二度とこの苦労を味わうことはない。オートセーブがあり、クラウド同期があり、データが消えることはほとんどない。
羨ましい。でも、少しだけ寂しくもある。
彼らは知らないのだ。「ちがいます」と言われる恐怖を。正しく入力できたときの歓喜を。そして、インターネットもサーバーもない時代に、紙とペンだけでクラウドストレージを実現していた、あの奇跡の技術を。
復活の呪文よ、ありがとう。君は不便だったけれど、それ以上に、美しかった。
(2026年2月、いまだに「ぬ」と「め」を書くとき緊張する著者より)
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