📝 この記事のポイント
- 書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
- いや、焦るというか、ちょっと身構えるよね、うん。
- 平日の昼間、ビジネス書コーナーの片隅で、新しく出た文庫本の背表紙を眺めていたんです。
書店で立ち読みしていたら、知らない人に話しかけられて焦った。
いや、焦るというか、ちょっと身構えるよね、うん。
平日の昼間、ビジネス書コーナーの片隅で、新しく出た文庫本の背表紙を眺めていたんです。
「この表紙、なんか見覚えあるなー」とか思いながら、ぱらぱらとページをめくっていると、隣に立っていたおじいさんが突然「あんた、それ読んだことあるかい?
」と声をかけてきた。
いやいや、初見ですよ。
今まさに立ち読みしてる最中ですよ、と心の中で呟きつつ、反射的に「あ、いえ、初めてです」と答える。
するとおじいさん、にこやかに「面白いぞ、面白い。
ワシはもう三回は読んだ。
人生の機微ってやつが詰まっとる」と熱弁をふるい始める。
いや、それはどうも、と曖昧に返しながら、そっと本を棚に戻し、自然な流れで別のコーナーへ移動。
うん、もうちょっとで買っちゃうところだったけど、ちょっと違うんだよな、と自分の好みを守り抜いた自分を褒めてあげたい。
あの瞬間、人はなぜああも急に話しかけてくるのだろうか。
いや、別に悪いことじゃないんだけど、心の準備ってやつがあるじゃないですか。
まあ、そんな平和な書店での出来事も、単身赴任先の週末のちょっとした刺激だったりする。
僕の単身赴任生活は、もっぱら自炊がメインだ。
平日は仕事でヘトヘトだから、せいぜい冷蔵庫に残っていた野菜と豚肉を適当に炒めるくらいだけど、週末になると「よし、今日はなんか作るか!
」と意気込む。
この間は、急にブラックバスを釣ってきてしまった同僚から、捌いたばかりの切り身をどっさりもらってしまった。
いや、もらってしまった、なんて言うと語弊があるな。
「これ、美味いぞ!
食べてみろよ!
」と熱烈なプッシュを受け、断りきれなかったというのが正直なところ。
ブラックバス、ねぇ。
正直、食べたことないし、なんか泥臭いイメージしかない。
でも、せっかくもらったんだし、美味しく食べられないかな、というのが僕の小さな疑問の発端だった。
とりあえず、ネットで「ブラックバス 美味しい食べ方」と検索してみる。
出てくるのは「唐揚げ」「ムニエル」「フライ」といった、いかにも魚料理の定番メニューばかり。
どれもこれも試してみたけれど、正直なところ、なんかこう、ピンとこない。
いや、別に不味いわけじゃないんだけど、なんか違う。
泥臭さは下処理でだいぶ消えるものの、特有の淡白さというか、パンチのなさが気になってしまう。
同僚は「白身魚として優秀!
」なんて言っていたけれど、僕はどちらかというと、もっと個性のある味が好きなんだよな。
いや、決して我が儘な舌ではないと信じたい。
でも、せっかく食べるなら、心から「うまい!
」と叫びたいじゃないか。
そんなこんなで、ブラックバスとの格闘がしばらく続いた。
ある日は塩焼き、またある日はアクアパッツァ風。
凝り性の僕は、スーパーでちょっと良いオリーブオイルを買ってみたり、ハーブの種類を増やしてみたりと、試行錯誤を繰り返した。
魚焼きグリルを洗うたびに「これ、いつまで続くんだろう」と遠い目になったりもした。
でも、どうしても「これだ!
」という決定打が見つからない。
冷蔵庫の冷凍庫には、まだいくつかのブラックバスの切り身が眠っている。
まるで僕の挑戦を待ち構えているかのように。
そんなある日、ふと台所の調味料棚を整理していた時のことだ。
単身赴任で引っ越してきて以来、とりあえず棚に突っ込んでいた調味料たちを、賞味期限順に並べ替えようとした時だった。
奥の方から、見慣れない瓶がころりと転がり出てきた。
いや、見慣れないと言っても、それは昔、実家に帰省した際に母親が「あんた、一人暮らしだと野菜不足になるから、炒め物にでも使いなさい」と持たせてくれた、中国系の調味料だった。
真っ赤な蓋に、漢字が躍るラベル。
確か、「豆豉辣椒醤(トウチラージャン)」とかいう名前だったような。
そのまま使わずに、ずっと棚の奥で眠っていたのだ。
そういえば、昔テレビで、中国の食文化を紹介する番組を見たことがある。
なんでも、大陸の人はどんな食材でも美味しく調理する知恵を持っているとか。
特に淡水魚の調理に関しては、日本とは比べ物にならないくらい多様なレシピがあるらしい。
だって、海に面してない地域だって山ほどあるわけだし、そりゃ淡水魚を美味しく食べる技術も発達するよな、と妙に納得した記憶が蘇った。
ブラックバスって、結局のところ淡水魚なわけで。
もしかしたら、この中国系の調味料が、僕が探し求めていた“答え”なんじゃないか?
と、電流が走ったような気がした。
いや、大袈裟かもしれないけど、その時の僕にはそう思えたのだ。
早速、冷凍庫からブラックバスの切り身を引っ張り出し、解凍する。
今回はシンプルに、その豆豉辣椒醤をメインに調理してみようと決めた。
まずは、フライパンにごま油をひき、ニンニクとショウガのみじん切りを炒める。
香りが立ってきたら、ブラックバスの切り身を投入。
両面に軽く焼き色がついたら、いよいよ豆豉辣椒醤の出番だ。
スプーンで豪快に、いや、ちょっとためらいつつも、たっぷりめに投入する。
ぐつぐつと煮込むように、全体に絡めていく。
真っ赤な醤が魚の白身に染み込み、食欲をそそる香りが台所いっぱいに広がる。
これは、今までとは違うぞ…!
と、確かな手応えを感じた。
そして、一口。
うん、これは美味い!
いや、美味いどころの話じゃない、とんでもなく美味い!
豆豉の深いコクと、唐辛子のピリッとした辛さ、そして絶妙な甘みが、ブラックバスの淡白な白身と見事に調和している。
今まで気になっていた泥臭さなんて、どこへやら。
むしろ、この醤が持つ力強い香りが、魚の風味を何段階も引き上げているようだ。
ご飯が、いや、ビールが止まらない。
いや、単身赴任先で一人で「うまい!
」と叫びながら食事をしているのは、はたから見たらちょっと寂しい光景かもしれないけれど、この時の僕にはそんなことはどうでもよかった。
まさに、求めていた“答え”が、こんな身近な場所にあったなんて。
灯台下暗しとはこのことか。
それ以来、僕の単身赴任生活におけるブラックバスの調理法は、もっぱらこの豆豉辣椒醤を使った炒め物になった。
いや、炒め物というか、煮込みというか、その中間くらい。
たまに、冷蔵庫に残っていたナスやピーマンなんかも一緒に炒めたりする。
これがまた、美味いんだ。
野菜にも醤の味が染み込んで、ご飯が進む進む。
近所のスーパーには売っていないから、たまに実家に帰った時に母親に「あの豆豉辣椒醤、まだある?
」と聞くと、怪訝そうな顔をされる。
「あんた、あれそんなに気に入ったの?
いつも使ってないくせに」と。
いや、だって、最近になってその真価に気づいたんだもん。
この発見は、僕の食生活にちょっとした彩りを与えてくれたけれど、別に生活が劇的に変わったわけではない。
相変わらず、週末はスーパーで特売品を物色し、一人で黙々と料理を作り、一人で食べる。
仕事で疲れた日は、出来合いのお惣菜に頼ることもある。
でも、台所の調味料棚を見るたびに、あの豆豉辣椒醤が目に入ると、「お、まだあるな」とちょっと嬉しくなるのだ。
まるで、僕の食の冒険を見守ってくれているかのように。
いや、冒険なんて大げさなものじゃないんだけど、自分の中で密かに見つけた、ささやかな喜びってやつだ。
それにしても、食卓に並ぶブラックバスを前にするたびに思う。
世の中には、まだまだ僕の知らない美味しいものが、いや、美味しい調理法が、たくさん転がっているんだろうな、と。
そして、それはもしかしたら、僕の日常のすぐそばに、まるで書店で立ち読みしている僕に突然話しかけてくるおじいさんのように、ひっそりと隠れているのかもしれない。
次に僕の食生活を彩る“答え”は、一体どこに隠れているのだろうか。
冷蔵庫の奥か、それとも、実家の母親がまた持たせてくれる謎の調味料の中か。
いや、もしかしたら、次に立ち寄った書店のレシピ本コーナーに、そっと置いてあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は今日も冷めたブラックバスの炒め物を、ビールで流し込むのだった。
ああ、美味い。
これはやっぱり、美味い。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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