📝 この記事のポイント
- 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
- こういう時、私は心の中で「なんで今、これを選んだんだろう」と過去の自分を責める。
- 5月も半ばなのに、こういう日は薄手のカーディガンじゃ足りない。
自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
よくあること。
こういう時、私は心の中で「なんで今、これを選んだんだろう」と過去の自分を責める。
たった150円の失敗なのに、後味が悪い。
口の中も気分も。
朝からパートへ向かう途中だった。
小雨がぱらついて、少し肌寒い。
5月も半ばなのに、こういう日は薄手のカーディガンじゃ足りない。
電車の中で、向かいに座った若い男性がTシャツ一枚で平然としているのを見て、自分の体温調節機能の衰えを感じる。
あぁ、もう若くないんだなぁ。
電車を降りて、駅前のコンビニで傘を差したまま立ち読み。
いや、立ち聞き。
レジで隣の若い女性が「この新商品のエナジードリンク、SNSでバズってて」と店員さんに話している。
SNSでバズる、ね。
私には縁遠い言葉だ。
息子はよく言ってるけど。
パート先は、近所のスーパー。
レジ打ちの仕事。
特に何の専門性もない私にとって、これほどありがたい仕事はない。
言われたことを、ただひたすらやる。
ピッ、ピッ、袋詰。
それだけ。
でも、たまに思う。
「私、これでいいのかな?
」って。
昼休憩。
休憩室で、同僚のミカさんが新しいレシピの話をしている。
「この前テレビでやってたさ、時短レシピ。
鶏むね肉と玉ねぎをレンジでチンするだけなのに、めちゃくちゃ美味しくて!
」「へぇ、すごいね!
」と私は相槌を打つ。
ミカさんはいつも新しい情報に敏感で、料理も手芸もすごく上手。
この間は、息子の修学旅行用に手作りの巾着袋を作っていたっけ。
私には、そんな「これ!
」って言える得意分野がない。
料理はそこそこ。
裁縫はボタン付けくらい。
ガーデニングはすぐ枯らす。
ピアノは指が動かない。
唯一、昔から「記憶力がいい」と褒められたことがあるけど、それは「昨日の晩ご飯が何か」とか「3年前のクリスマスのプレゼント」とか、どうでもいいことばかり覚えている、という性質のもの。
仕事には全く役立たない。
33歳どころか、もう40代。
気づけば、この歳だ。
パート先の新人さん、20代前半の子が「私、学生時代にプログラミングをかじってて、いつか自分でアプリ作りたいんです!
」と目を輝かせて話しているのを聞くと、眩しすぎて直視できない。
アプリ?
プログラミング?
宇宙語かな?
私は、言われたことをやる。
それだけ。
新人の子がレジの使い方で困っていたら、すっと横に行って「こうだよ」と教えてあげる。
ベテランのパートさんたちが、常連客の好みを瞬時に察して対応しているのを見て、私もそうなりたいな、と思う。
でも、それは専門性とは違う。
熟練度、経験値、というやつだ。
先日、息子が学校から帰ってくるなり、玄関で「うわっ、くっさ!
」と叫んだ。
何事かと思ったら、部活で泥だらけになった靴下を脱ぎ捨てていたのだ。
夏が近づき、汗の匂いも強烈になる季節。
私は顔をしかめながら、洗濯機に放り込む。
その靴下を洗うのが、私の仕事。
誰が褒めてくれるわけでもない。
でも、誰かがやらないと、息子は臭い靴下のまま次の日も学校に行くことになる。
そう考えると、これはこれで、一つの「専門性」なのかもしれない。
誰もやりたがらないことを、黙々とこなす。
ある意味、職人技だ。
息子は最近、バスケ部に入って、毎日ヘトヘトになって帰ってくる。
膝には絆創膏、ユニフォームは泥だらけ。
でも、目がキラキラしている。
「今日さ、先輩がすごいシュート決めて!
」とか「俺もいつかあんな風になりたい!
」とか、目を輝かせて話す。
彼には、憧れる対象があって、目指す場所がある。
私にも、そんな風に夢中になれるものがあったら、人生はもっと違ったのかな。
若い頃は、漠然と「何か面白いことしたい」とは思っていたけれど、結局何も見つけられないまま、今に至る。
流されるまま、パート主婦。
息子に「ママの得意なことって何?
」と聞かれたら、どう答えるんだろう。
「えー、ご飯作ること?
」「いや、それは普通じゃん」って言われそう。
いや、待てよ。
普通のことって、案外難しい。
毎日同じ時間に起きて、ご飯作って、洗濯して、パートに行って、帰ってきて、またご飯作って、息子の話を聞いて、寝る。
このルーティンを、何年も、何十年も続けるって、結構な偉業なんじゃないか。
先日、夫が会社の同僚とゴルフに行ったらしい。
「いやー、〇〇さん、本当にすごいんだよ。
どんなライからでもバーディー狙えるんだから。
まさに職人芸!
」と興奮気味に話していた。
私はふと思った。
彼の「職人芸」は、私にとっての「毎日同じ時間に、完璧に乾いた洗濯物を畳むこと」と同じくらい、彼にとっては特別なことなんだろうか、と。
いや、違うか。
ゴルフの腕前は、練習と経験の積み重ねで、目に見える形で上達する。
スコアという数字で、明確に評価される。
私の洗濯物畳みは、誰にも評価されない。
せいぜい、息子が「あれ?
今日、靴下ちゃんと揃ってるじゃん」とボソッと言うくらいだ。
それでも、いいのかもしれない。
私は、言われたことをできるだけ、とても立派。
そう、自分に言い聞かせる。
スーパーのレジで、お客さんが「ありがとう」と言ってくれる。
それだけで、なんだか救われたような気持ちになる。
それが、私にとっての「職人芸」の対価。
夏の気配が濃くなってきた。
梅雨入り前の、蒸し暑い一日。
ベランダで乾かした洗濯物を取り込むと、ほんのり太陽の匂いがする。
息子のバスケの練習着、夫のワイシャツ、私のパート用のエプロン。
全部、きれいに乾いている。
この匂いを、この手触りを、誰かの役に立つことを、私は知っている。それは、プログラミングやゴルフのスキルとは違う。でも、生活の中で確かに役立つ、小さな、でも確かな「専門性」。
自販機のコーヒー、一口で後悔したけど、飲みきってしまった。
もったいない精神。
これもまた、私の特技の一つかもしれない。
ちょっとした失敗も、最後までやり遂げる。
そんなことを考えながら、私は次のパートへ向かう。
明日は、もっと薄着で出かけよう。
多分、きっと。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
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