自販機のコーヒーと、特技がない私と、息子の靴下の話

essay_1770396659032

📝 この記事のポイント

  • 自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。
  • こういう時、私は心の中で「なんで今、これを選んだんだろう」と過去の自分を責める。
  • 5月も半ばなのに、こういう日は薄手のカーディガンじゃ足りない。

自販機で買ったコーヒーが想像と違う味で、一口で後悔した。

よくあること。

こういう時、私は心の中で「なんで今、これを選んだんだろう」と過去の自分を責める。

たった150円の失敗なのに、後味が悪い。

口の中も気分も。

朝からパートへ向かう途中だった。

小雨がぱらついて、少し肌寒い。

5月も半ばなのに、こういう日は薄手のカーディガンじゃ足りない。

電車の中で、向かいに座った若い男性がTシャツ一枚で平然としているのを見て、自分の体温調節機能の衰えを感じる。

あぁ、もう若くないんだなぁ。

電車を降りて、駅前のコンビニで傘を差したまま立ち読み。

いや、立ち聞き。

レジで隣の若い女性が「この新商品のエナジードリンク、SNSでバズってて」と店員さんに話している。

SNSでバズる、ね。

私には縁遠い言葉だ。

息子はよく言ってるけど。

パート先は、近所のスーパー。

レジ打ちの仕事。

特に何の専門性もない私にとって、これほどありがたい仕事はない。

言われたことを、ただひたすらやる。

ピッ、ピッ、袋詰。

それだけ。

でも、たまに思う。

「私、これでいいのかな?

」って。

昼休憩。

休憩室で、同僚のミカさんが新しいレシピの話をしている。

「この前テレビでやってたさ、時短レシピ。

鶏むね肉と玉ねぎをレンジでチンするだけなのに、めちゃくちゃ美味しくて!

」「へぇ、すごいね!

」と私は相槌を打つ。

ミカさんはいつも新しい情報に敏感で、料理も手芸もすごく上手。

この間は、息子の修学旅行用に手作りの巾着袋を作っていたっけ。

私には、そんな「これ!

」って言える得意分野がない。

料理はそこそこ。

裁縫はボタン付けくらい。

ガーデニングはすぐ枯らす。

ピアノは指が動かない。

唯一、昔から「記憶力がいい」と褒められたことがあるけど、それは「昨日の晩ご飯が何か」とか「3年前のクリスマスのプレゼント」とか、どうでもいいことばかり覚えている、という性質のもの。

仕事には全く役立たない。

33歳どころか、もう40代。

気づけば、この歳だ。

パート先の新人さん、20代前半の子が「私、学生時代にプログラミングをかじってて、いつか自分でアプリ作りたいんです!

」と目を輝かせて話しているのを聞くと、眩しすぎて直視できない。

アプリ?

プログラミング?

宇宙語かな?

私は、言われたことをやる。

それだけ。

新人の子がレジの使い方で困っていたら、すっと横に行って「こうだよ」と教えてあげる。

ベテランのパートさんたちが、常連客の好みを瞬時に察して対応しているのを見て、私もそうなりたいな、と思う。

でも、それは専門性とは違う。

熟練度、経験値、というやつだ。

先日、息子が学校から帰ってくるなり、玄関で「うわっ、くっさ!

」と叫んだ。

何事かと思ったら、部活で泥だらけになった靴下を脱ぎ捨てていたのだ。

夏が近づき、汗の匂いも強烈になる季節。

私は顔をしかめながら、洗濯機に放り込む。

その靴下を洗うのが、私の仕事。

誰が褒めてくれるわけでもない。

でも、誰かがやらないと、息子は臭い靴下のまま次の日も学校に行くことになる。

そう考えると、これはこれで、一つの「専門性」なのかもしれない。

誰もやりたがらないことを、黙々とこなす。

ある意味、職人技だ。

息子は最近、バスケ部に入って、毎日ヘトヘトになって帰ってくる。

膝には絆創膏、ユニフォームは泥だらけ。

でも、目がキラキラしている。

「今日さ、先輩がすごいシュート決めて!

」とか「俺もいつかあんな風になりたい!

」とか、目を輝かせて話す。

彼には、憧れる対象があって、目指す場所がある。

私にも、そんな風に夢中になれるものがあったら、人生はもっと違ったのかな。

若い頃は、漠然と「何か面白いことしたい」とは思っていたけれど、結局何も見つけられないまま、今に至る。

流されるまま、パート主婦。

息子に「ママの得意なことって何?

」と聞かれたら、どう答えるんだろう。

「えー、ご飯作ること?

」「いや、それは普通じゃん」って言われそう。

いや、待てよ。

普通のことって、案外難しい。

毎日同じ時間に起きて、ご飯作って、洗濯して、パートに行って、帰ってきて、またご飯作って、息子の話を聞いて、寝る。

このルーティンを、何年も、何十年も続けるって、結構な偉業なんじゃないか。

先日、夫が会社の同僚とゴルフに行ったらしい。

「いやー、〇〇さん、本当にすごいんだよ。

どんなライからでもバーディー狙えるんだから。

まさに職人芸!

」と興奮気味に話していた。

私はふと思った。

彼の「職人芸」は、私にとっての「毎日同じ時間に、完璧に乾いた洗濯物を畳むこと」と同じくらい、彼にとっては特別なことなんだろうか、と。

いや、違うか。

ゴルフの腕前は、練習と経験の積み重ねで、目に見える形で上達する。

スコアという数字で、明確に評価される。

私の洗濯物畳みは、誰にも評価されない。

せいぜい、息子が「あれ?

今日、靴下ちゃんと揃ってるじゃん」とボソッと言うくらいだ。

それでも、いいのかもしれない。

私は、言われたことをできるだけ、とても立派。

そう、自分に言い聞かせる。

スーパーのレジで、お客さんが「ありがとう」と言ってくれる。

それだけで、なんだか救われたような気持ちになる。

それが、私にとっての「職人芸」の対価。

夏の気配が濃くなってきた。

梅雨入り前の、蒸し暑い一日。

ベランダで乾かした洗濯物を取り込むと、ほんのり太陽の匂いがする。

息子のバスケの練習着、夫のワイシャツ、私のパート用のエプロン。

全部、きれいに乾いている。

この匂いを、この手触りを、誰かの役に立つことを、私は知っている。それは、プログラミングやゴルフのスキルとは違う。でも、生活の中で確かに役立つ、小さな、でも確かな「専門性」。

自販機のコーヒー、一口で後悔したけど、飲みきってしまった。

もったいない精神。

これもまた、私の特技の一つかもしれない。

ちょっとした失敗も、最後までやり遂げる。

そんなことを考えながら、私は次のパートへ向かう。

明日は、もっと薄着で出かけよう。

多分、きっと。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

目次

📚 あわせて読みたい

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
割引率がすごい!今がチャンス
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次