ギャル文字と、人の心の翻訳って難しいよね、って話

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📝 この記事のポイント

  • スーパーのレジで並んでいた時、前の人のカゴの中身が気になってしまった。
  • これはもう、私の中の人間観察センサーが勝手に作動してしまう現象なので仕方がない。
  • まるで「さあ、今日の人間ドラマを読み解いてごらん! 」と語りかけているかのようだ。

スーパーのレジで並んでいた時、前の人のカゴの中身が気になってしまった。

これはもう、私の中の人間観察センサーが勝手に作動してしまう現象なので仕方がない。

まるで「さあ、今日の人間ドラマを読み解いてごらん!

」と語りかけているかのようだ。

ちなみに私のセンサーは高性能すぎて、カゴの中身からその人の今日の夕食、ひいては人生の機微まで読み取ってしまう。

今日の前の人は、おそらく50代くらいの男性で、カゴには半額になった刺身の盛り合わせと、缶ビール6本パック、それからなぜか、猫のおやつが二袋。

あ、飼ってるんだ、猫。

お刺身は自分用で、缶ビールで晩酌しながら、猫と戯れる至福の時間を過ごすんだろうな。

ふむ、悪くない。

私も帰ったらうちの猫、みたらしを吸ってビールでも飲むか、と一人で納得していた。

そんな平和な考察をしていた私の耳に、レジの店員さんが困ったような声で「お客様、こちらのバーコードが読み取れません…」と話しているのが聞こえてきた。

ん?

と思って見てみたら、その男性の横にいた、たぶん高校生くらいの女の子が持っていたクリアファイルのことだった。

クリアファイルには、何やら文字がびっしりと書かれている。

いや、文字、というにはあまりにも芸術的で、暗号めいている。

店員さんはそのクリアファイルの隅っこに小さくプリントされたQRコードを読み取ろうとしていたのだが、どうやらそれは商品ではなく、イベントのチケットか何かだったらしい。

「あ、ごめんなさーい!

これ、友達の誕プレで、メッセージ書いてもらったやつなんですぅ!

」と、女の子が申し訳なさそうに言っていた。

なるほど、そうか、メッセージ。

そこで私の人間観察センサーは、カゴの中身からクリアファイルへとシフトした。

女の子が友達に贈るプレゼントに、手書きのメッセージ。

それ自体は微笑ましい話なのに、なぜ店員さんは困っていたんだろう?

と目を凝らすと、そこには「≠″ャ儿文字ナょʖˋイ冫┐oレ`ノ″冫匕″も翻訳τ″(キナょレヽστ″レよナょレヽカゝ`⊂思レヽ至ゑ🤔」と書かれていた。

私、一瞬で固まったね。

え、なにこれ?

なんか、記号とひらがなとカタカナと漢字が混じり合って、お互いの形を少しずつ変形させながら寄り添ってる。

「イ冫┐oレ`ノ″冫匕″」は「インフォメーション」だろうか。

いや、もはやそこしか読み取れない。

これ、なんて書いてあるの?

どういう意味なの?

と、私の中の言語中枢が完全にショートした。

店員さんが困っていたのは、バーコードが読み取れないから、だけじゃなかったんだ。

このメッセージをどう読み解いていいか、戸惑っていたに違いない。

だって、この情報量、尋常じゃないよ。

私には「読める!

私にも読めるぞ!

」「全てわかったッ…!

」どころか、「読めるか!

こんなもの!

」「何もわからん…!

」ってなっちゃったもんね。

むしろ、この文字を読める友達って、何者なの?

とまで思ってしまった。

その時の私の脳内は、まるで古いパソコンが最新のOSを無理やり動かそうとしてフリーズするような状態だった。

ピーーッ、ガガガ…って。

あのギャル文字って、もはや言語の進化系というより、もはや新しい記号体系だよね。

読むには専用のデコーダーが必要なんじゃないか。

いや、違う。

専用のデコーダーは、その文字を書いた本人か、その友達の心の中にあるんだ。

そこにしか答えはない。

そう考えると、文字というのは、単なる情報の伝達ツールではなくて、書き手の感情や、読み手との共有体験、ひいては友情の証なんだな、なんて、ちょっとだけ哲学的な気分になってしまった。

いや、哲学とは違うな。

もっとこう、パズルを解くような、謎解きに近い感覚。

そういえば、昔、友達からの手紙で、すごく達筆な字で書かれた「草」という漢字が、どう頑張っても「苦」にしか見えなくて、一週間くらい悩んだことがあった。

何度も手紙を読み返して、「私は何か、友達に苦痛を与えるようなことをしてしまったのだろうか…」と本気で心配したっけ。

結局、直接会って「あの手紙の『苦』って何?

」と聞いたら、「え?

『草』だけど?

めっちゃ笑ってくれてると思ったのに!

」と言われて、私の心配は杞憂に終わったけど、あの時のモヤモヤも、ギャル文字の解読困難さとなんだか似ている気がする。

つまり、文字って、書かれている形そのものよりも、その裏にある意図とか、文脈とか、人間関係とか、そういう「見えない情報」がめちゃくちゃ大事ってことなんだな。

電車に乗っていると、時々、ヘッドホンをして大声で歌っている人を見かけることがある。

いや、歌っているというより、叫んでいるに近い。

あれも一種の「翻訳不可能性」だよね。

周りの人にはただのノイズにしか聞こえないけれど、本人にとってはきっと、世界で一番響く名曲を熱唱しているんだろう。

そして、そのヘッドホンの中の世界は、本人にしかわからない。

まるでギャル文字の世界と一緒だ。

私たちが外から見て「意味不明」と思ってしまうものは、その内側に入り込めば、実はとてつもなく豊かな世界が広がっているのかもしれない。

うちのみたらしも、よくわからない行動をする。

例えば、私が新しい爪とぎを買ってきても、見向きもせずに段ボール箱の方で爪をとぐ。

新品の高級おもちゃより、ティッシュの空き箱で狂ったように遊ぶ。

私が「なんでこっちで遊ばないの?

」と聞いても、「にゃー」としか答えない。

あの「にゃー」も、きっとみたらしなりのギャル文字なんだろうな。

私には翻訳できない、みたらし語の超難解なメッセージ。

「マタタビクレョナョネンニャン」とか書いてあるのかもしれない。

いや、そうじゃない。

「人間、この段ボール箱こそが至高のにゃんこハウスなんだよ。

お前にはわからにゃいだろうけどな」って言ってそう。

くっ、悔しいけど、みたらしの気持ちは理解できない。

レジの順番が来て、私は自分のカゴの中身を置いた。

半額になったカツオのたたきと、冷奴、そして猫のおやつ(みたらし用)。

うん、私も結局、あの男性と同じようなラインナップになってしまった。

私の今日の夕食は、カツオのたたきと冷奴でビールを飲みながら、みたらしと戯れる至福の時間、だろう。

そして、みたらしは私の知らないギャル文字で、私へのメッセージを心の中で書いているに違いない。

「人間、そろそろおもちゃの電池替えてくれにゃいかにゃ?

」とか。

結局のところ、他人の心を完全に翻訳できる人間なんて、どこにもいないのかもしれない。

どんなに言葉を尽くしても、どんなに観察しても、相手の心の奥底までは届かない。

でも、それでいいんだ、って思う。

完璧に理解できないからこそ、人は相手に興味を持つし、もっと知りたいと思うし、時には誤解から新しい発見が生まれることもある。

あのギャル文字だって、意味はわからなかったけど、そこにある「友情」と「創造性」だけは、なぜか伝わってきた気がする。

そう考えると、翻訳不能なものって、意外と面白い。

むしろ、そこにこそ人間らしさがあるのかもしれない。

私もいつか、みたらしの「にゃー」を翻訳できるようになる日が来るんだろうか。

いや、無理だろうな。

でも、それでいい。

完全に理解できなくても、一緒に生きていけるんだから。

人間って、案外、そんなもんだよね。

さて、今日の晩酌は、カツオのたたきと、みたらしの謎の言語に乾杯だ。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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