アディーレと延滞金と、我が家の猫の謎のこだわり

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📝 この記事のポイント

  • 図書館で借りた本の返却期限が過ぎていて、延滞金を払う羽目になった。
  • あれ? 確か先週、返したつもりでいたんだけどな。
  • だけどこの「たったの」というのがまた、私の心にじわりと染み入るというか、変な罪悪感と「あーあ」という諦念を同時に呼び起こすんだよね。

図書館で借りた本の返却期限が過ぎていて、延滞金を払う羽目になった。

あれ?

確か先週、返したつもりでいたんだけどな。

カレンダーを見たら、見事に2日遅れ。

延滞金、たったの80円。

だけどこの「たったの」というのがまた、私の心にじわりと染み入るというか、変な罪悪感と「あーあ」という諦念を同時に呼び起こすんだよね。

80円って、缶コーヒーの半分も買えないじゃない。

でも、ちゃんと借りたものを期日までに返せなかった事実が、私のいい加減さを突きつけてくる。

別に誰に怒られるわけでもない、ただのシステム上の話なんだけど、妙に自分を責めてしまう。

こういうところ、昔から変わらないんだよなあ。

そもそも、なんで図書館の本って、返却期限を忘れちゃうんだろうね。

いつも目につくところに置いてるつもりなのに、いざ「そろそろだぞ」って意識し始めると、途端に視界から消える。

なんなら、返却期限が過ぎてから「あ!

」って思い出すまで、ずっとその本が目の前にあったりする。

これは一種の『ステルス本現象』と呼んでもいいんじゃないかと、私は勝手に提唱しているんだけど、どうかな?

誰か研究してくれないかな。

で、研究の成果として、返却期限が近づくと本がキラキラ光るとか、小さく「返却シテクダサイ…」って囁くとか、そういう機能が搭載されたりしないかな。

物理的な本に、ね。

絶対無理だと思うけど。

そんな感じで、80円の延滞金と、自分の記憶力の曖昧さにため息をついていたある日のこと。

いつものように愛用のマグカップでほうじ茶を淹れ、窓際の小さなテーブルでノートパソコンを開くと、目に入ってきたのがとあるニュース記事だった。

それが、例の「モームリ騒動」とやらに乗じるように、アディーレ法律事務所が退職代行の格安キャンペーンを始めたという話。

モームリって、もう無理ってことだよね。

このネーミングセンス、ストレートすぎて逆に笑っちゃったんだけど、世の中には本当に「もう無理」って状況の人がたくさんいるんだろうな、と思うと、ちょっと切なくもなる。

で、アディーレさんよ。

いや、アディーレ法律事務所さん。

商魂たくましいね!

って、思わず画面に向かって呟いちゃったよね。

だって、あんなにテレビCMで「過払い金」って連呼してた事務所が、今度は「退職代行」を格安で、しかも期間限定でやるっていうんだから。

その転身というか、時流に乗るスピード感というか、さすがとしか言いようがない。

過払い金が一段落したと思ったら、次は退職代行か…って、なんかちょっと感心してしまった。

うちの猫たちも、普段は私の膝の上で寝てるだけなのに、ごはんの時間が近づくとどこからともなく現れて、ものすごい勢いで私にスリスリしてくるからね。

あのすばしっこさ、見習うべきかもしれない。

食い意地って、最強の原動力だなあって、いつも思う。

しかし、その格安キャンペーン、ちょっと不安じゃない?

ってのが私の正直な感想なんだよね。

「安かろう悪かろう」なんて言葉もあるし、いくら法律事務所がやっているとはいえ、退職代行というデリケートな問題を、安さだけで選んでいいものか、と。

もちろん、お金がないから安い方がいいって人もいるだろうし、その気持ちは痛いほどわかる。

私も80円の延滞金でここまでウダウダ言うくらいだから、お金のことは大事。

だけど、人生の大きな転機に関わることだからこそ、慎重に選びたいなって思うんだよね。

この「安さゆえの不安」って、なんか身に覚えがあるな、と記憶の引き出しをゴソゴソ漁ってみた。

あ、そうだ。

前に、近所のスーパーで「本日限り!

国産豚こま肉、半額!

」っていう日があったんだよ。

半額だよ、半額。

普段はちょっと躊躇するくらいのお値段なのに、それが半額ってなったら、そりゃ買うでしょ。

で、意気揚々と買って帰って、さあ晩ごはんにと炒め物にしたんだけど、なんか、いつもと違うんだよね。

味、というか、食感というか。

まずくはないんだけど、なんていうか、弾力がないというか、水っぽいというか。

翌日、普段買っているお肉屋さんで、いつもの値段で豚こま肉を買ってみたの。

そしたら、やっぱり全然違う。

肉の旨味、弾力、全然違うんだよね。

半額の豚こまが悪いわけじゃない、あれはあれで、炒め物にはなった。

でも、私の「いつもの炒め物」にはならなかった。

その時、ふと思ったんだよね。

値段には、やっぱりそれなりの理由があるんだなって。

もちろん、同じ品質で安いなら最高だけど、明らかに安すぎるものには、何か見えないコストが隠れているんじゃないか、ってね。

それが、サービスの内容だったり、品質だったり、あるいは自分の心持ちだったり。

アディーレさんの退職代行も、きっとちゃんとしたサービスを提供してくれるんだろうとは思う。

でも、もし私が「もう無理」って状況になったとして、格安キャンペーンの広告を見た時に、まず頭に浮かぶのは「なんでこんなに安いの?

」っていう疑問と、ちょっとした警戒心だと思うんだ。

人間って、変なもので、あまりにもお得すぎると「裏があるんじゃないか」って勘ぐっちゃう生き物じゃない?

いや、別に裏があるって言ってるわけじゃないよ。

ただ、私の心が勝手にそう感じちゃうって話。

考えてみれば、私の生活の中にも、そういう「ちょっとしたこだわり」がたくさんあるんだよね。

たとえば、洗濯洗剤。

別にどのメーカーのものでも汚れは落ちるし、香りもいい。

でも、私はずっと同じメーカーの、同じ香りのものを使っている。

途中で違うものに浮気したこともあるんだけど、結局は「やっぱりこれじゃないと落ち着かない」ってなって、戻ってきちゃうんだよね。

別に誰かに褒められるわけでもないし、むしろ「またこれ?

」って家族に呆れられるくらいなんだけど、自分の中では「これ!

」って決めているものが揺らぐと、なんか一日がスムーズに進まない気がするんだ。

あと、これは本当にどうでもいい話なんだけど、猫のごはんの皿。

我が家にはキジトラのミミと、茶トラのココっていう2匹の猫がいるんだけど、ごはんの皿の色が違うんだ。

ミミは薄い水色、ココは薄いピンク。

別にこれ、誰が決めたわけでもなく、私がなんとなく「ミミは水色っぽいよね、ココはピンクっぽいよね」って思って、そう決めただけ。

で、時々、私がうっかり入れ間違えたりすると、ミミもココも、なんとなくお互いの皿をチラッと見て、ちょっと不満そうな顔をするんだよね。

そして、結局は自分の皿じゃなくても食べるんだけど、あの「うーん、ちょっと違うんだよなあ」みたいな顔を見るたびに、なんか笑っちゃう。

彼らにも彼らなりの「いつもの」があるんだな、って。

だから、アディーレさんのキャンペーンも、あの格安価格で「いつもの」安心感を届けられるなら、それはそれで素晴らしいことなんだと思う。

ただ、もし「いつもの」安心感とちょっと違うな、と感じてしまう人がいたとしたら、それはやっぱり「安さ」だけでは埋められないものなのかもしれない。

私にとっての図書館の延滞金80円が、ただの80円以上の「あーあ」だったり、半額の豚こま肉が「いつもの味じゃない」だったりするのと同じように、だ。

結局のところ、私は今日も延滞金を払ったばかりの本を読み、いつもの洗剤で洗濯し、ミミとココにはそれぞれの色の皿でごはんをあげている。

そして、アディーレさんの退職代行キャンペーンの広告を横目に、ふと「私だったら、もし本当に『もう無理』ってなった時、何で選ぶんだろう?

」なんて、ぼんやり考えてみたりする。

たぶん、その時も、値段だけじゃない、目に見えない「いつもの安心感」みたいなものを探すんだろうな。

図書館の本の返却期限は、次こそは守りたい。

うん、そうしよう。

たった80円でも、あの「あーあ」は、もうごめんだから。

猫たちも、私をそんなだらしない飼い主だとは思っていないはずだ。

たぶん。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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