霊波乃光ドムドム、噂は本当だったのね

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📝 この記事のポイント

  • 銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。
  • 三回もやり直して、ようやく現金を手にすると、背中に冷や汗が流れていた。
  • 朝晩は肌寒いのに、昼間は半袖でもいいくらい。

銀行のATMで操作を間違えて、後ろに並んでいる人のプレッシャーを感じた。

三回もやり直して、ようやく現金を手にすると、背中に冷や汗が流れていた。

季節の変わり目、急に汗ばむ日が増えた。

朝晩は肌寒いのに、昼間は半袖でもいいくらい。

体調管理も難しいし、何を着ていくか毎日悩む。

スーツのジャケットも、もうそろそろしまう時期だろうか。

家族が単身赴任先から帰ってきて、数ヶ月。

ようやく自宅での生活に慣れてきたところだ。

洗濯物の量が増えたし、食卓も賑やかになった。

朝、味噌汁の香りで目が覚める。

ああ、これこれ。

この日常が懐かしかったんだ。

でも、慣れるまでには少々時間がかかった。

何せ、何年も一人暮らしだったから。

先日、テレビで「日本で最も入りづらいドムドムバーガー」という特集を見た。

宗教法人霊波乃光教会本部の中にある店舗だという。

なんでも、門をくぐって、広い敷地をしばらく歩かないとたどり着けないらしい。

しかも、一般人も普通に入れるという。

これは、行ってみるしかないだろう。

単身赴任中は、こういう「くだらないけど気になること」に情熱を注ぐ時間がたくさんあった。

家族がいても、まだその癖が抜けない。

妻には「また変なこと考えてる」と呆れられたが、それがいい。

休日の朝、天気は快晴。

絶好のドムドム日和だ。

車で目的地へ向かう。

道中、ラジオから流れる昔のヒット曲を口ずさむ。

こういう時、自分の年齢を感じる。

助手席に誰もいない寂しさも、少しだけ。

いや、きっと妻がいたら「変な歌」と突っ込まれるだけだ。

目的地に着いた。

確かに、立派な門がある。

駐車場も広大だ。

平日の朝だったせいか、車はまばら。

門番らしき人もいない。

本当に、入っていいのだろうか。

一瞬、躊躇した。

いや、大丈夫、テレビで言っていたではないか、一般人も歓迎だと。

深呼吸して、意を決して車を敷地内へ。

広大な敷地を、テレビの記憶を頼りに進む。

本当に広い。

公園みたいだ。

いや、それ以上。

手入れの行き届いた植木、清掃された道。

まるでテーマパークのようだ。

どこか、異世界に迷い込んだような気分になる。

普段、スーパーの駐車場から店内まで、たった数十メートルを歩くのすら面倒に感じるのに、今はなんだか心が躍る。

これが「冒険」というやつか。

しばらく進むと、それらしき建物が見えてきた。

大きな会館の片隅に、控えめに「ドムドムハンバーガー」のロゴが見える。

やった、見つけたぞ!

宝物を見つけたような気分だ。

駐車場に車を停め、降り立つ。

風が気持ちいい。

ようやく半袖でも過ごせるくらいの陽気になってきた。

店内に入ると、普通のドムドムバーガーだ。

いや、むしろ綺麗すぎるくらい。

清潔感があって、窓から光が差し込む。

年配の店員さんが笑顔で迎えてくれた。

メニューを見て、定番の「お好み焼きバーガー」とポテト、ドリンクを注文。

なんだか、ここまで来るのに苦労した分、味が何倍にも美味しく感じる気がした。

席について、周りを見回す。

家族連れ、お一人様、友達同士。

皆、何の変哲もない日常を送っているかのように、ごく普通にハンバーガーを食べている。

自分だけが、とんでもないミッションをクリアしたかのような達成感に浸っているのが、なんだか可笑しかった。

その日、このドムドムバーガーに行ったことを、友人とのオンライン飲み会で話した。すると、意外な反応があった。

「え、僕も行ったことあるよ!」
「マジか!あそこ、本当にドムドムなの?」

次々と、レポが集まってきたのだ。

A君曰く、「僕は子どもの頃から親に連れられてよく行ってたよ。日曜日の朝、礼拝の後にドムドムで食べるのが定番だった。特別な場所だけど、僕にとってはファミレスみたいな感覚だったかな」

Bさん曰く、「私、あの教会の近くに住んでるんだけど、地元の人は普通に利用してるよ。買い物ついでに寄ったり、ちょっとした休憩場所みたいな感じ。ドムドムがあるって知った時は驚いたけど、今では慣れちゃった」

C君曰く、「僕も一度、好奇心で行ったことある!あの、参拝者用と一般客用の入り口が分かれてるのが面白かったな。でも、結局どっちから入っても同じドムドムなんだけどね(笑)」

彼らの話を聞いて、目から鱗が落ちるような気分だった。僕にとっては「日本一入りづらい秘境」だった場所が、彼らにとっては「日常の一部」なのだ。このギャップが、なんとも面白い。

特に、A君の話は印象的だった。

子どもの頃から、あの場所が「特別」でありながら「日常」だったという感覚。

僕が子どもの頃、デパートの屋上遊園地に行くのが年に数回の「特別」だったけど、それは同時に、いつも行くデパートという「日常」の中にあった。

そういう感覚に近いのかもしれない。

僕が単身赴任から帰ってきて、家族との生活に再適応しようとしているのも、これに似ているのかもしれない。

単身赴任先での生活は、僕にとってはある意味で「特別」だった。

自由気ままで、自分のペースで生活できる。

それはそれで楽しかった。

でも、家族が帰ってきたら、そこはもう「日常」に戻る。

特別だった自由が、日常の「当たり前」に変わる。

そして、その「当たり前」の中に、また新しい発見や楽しみを見つけていく。

たとえば、最近、洗濯物を畳むのが妙に楽しい。

単身赴任中は乾燥機任せだったけど、今は天気のいい日に外に干して、乾いた洗濯物を畳む時の、あのふんわりとした感触が好きだ。

柔軟剤の香りもいい。

これも、家族が増えたからこそ味わえる「日常の特別」かもしれない。

ドムドムバーガーの話に戻るけど、僕があそこまで意気込んで乗り込んだ「冒険」が、他の人にとっては「いつもの風景」だったという事実。なんだか、僕の真剣さが滑稽に思えてくる。でも、それもまたいい。

誰かにとっての「非日常」が、誰かにとっての「日常」である。
僕が感動した「特別」な体験が、誰かにとっては「当たり前」のこと。
この違いに気づいた時、なんだか、世界が少しだけ広がる気がする。

そして、どちらの感覚も、人間らしくて良いじゃないか。

単身赴任から帰ってきて、この春。

僕はまだ、自分の新しい日常に戸惑いつつも、小さな発見を楽しんでいる。

ドムドムバーガーの「お好み焼きバーガー」の味も、僕の新しい日常の記憶に、しっかりと刻まれた一日だった。

そういえば、あのドムドムのポテト、カリカリで美味しかったな。

また行ってみようか。

今度は、もっと気軽に。

まるで、近所のコンビニに行くような感覚で。

いや、無理か。

あの敷地はやっぱり広すぎる。

うん、やっぱり、ちょっとした冒険のつもりで行くのが、僕には合っている気がする。

そう、どっちもどっち、なのだ。


💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。

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