📝 この記事のポイント
- カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。
- 曲の途中で「すいません、もう一回お願いします! 」とマイク片手に叫ぶ僕に、隣で適当にタンバリンを叩いていたシェアハウスの同居人、タケシが「いや、もう次行こうぜ」と容赦ない一言。
- この歳になってキーを外し、しかも同居人の前で恥を晒すとは。
カラオケで十八番を歌ったら、キーが合わなくて途中でリセットした。
曲の途中で「すいません、もう一回お願いします!
」とマイク片手に叫ぶ僕に、隣で適当にタンバリンを叩いていたシェアハウスの同居人、タケシが「いや、もう次行こうぜ」と容赦ない一言。
この歳になってキーを外し、しかも同居人の前で恥を晒すとは。
自分の歌唱力の衰えなのか、それともカラオケボックスの音響が悪いのか。
多分、両方なんだろうな。
その夜、僕らはシェアハウスのリビングで、タケシが買ってきたコンビニ飯を広げながら、今日のカラオケの反省会をしていた。
チキン南蛮弁当と、なんかやたらと麺が伸びた蕎麦。
コンビニの蕎麦って、なんであんなに期待を裏切るんだろうね。
容器を開けた瞬間、「あれ?
これ、冷やし中華だっけ?
」って一瞬戸惑うくらい、蕎麦がくっついて塊になっていることが多い。
麺が一本一本独立して「俺は蕎麦だ!
」と主張している姿を見るのは、いつになったら叶う夢なんだろう。
そんなことを思いながら、僕は箸で蕎麦の塊を無理やりほぐしていた。
タケシはチキン南蛮のタルタルソースを惜しみなく弁当全体に広げ、まるで雪景色のようにして食べている。
彼曰く、「タルタルは飲み物」らしい。
理解不能。
「でさ、俺最近さ、マンガでよく出てくる『ホッピー』ってやつ、気になってんだよね」と、突然タケシが言った。
ホッピー。
その単語を聞いて、僕の頭の中に稲妻が走った。
ホッピー!
確かにマンガやドラマで、渋いおじさんが煙草をくゆらせながら、小さめのグラスに入った琥珀色の液体をチビチビ飲んでいるシーンでよく見かける。
ビール瓶のような容器に入っているのに、ビールではない。
焼酎と割るらしいが、一体どんな味なんだろうか。
僕もずっと気になってはいたものの、なんとなく「大人の飲み物」感が強すぎて、手が出せずにいた。
居酒屋のメニューで見かけても、「とりあえずビール!
」と反射的に叫んでしまう20代の悲しい性。
週末、僕とタケシは意を決して、ホッピーが飲めそうな雰囲気の漂う居酒屋を探した。
駅から少し離れた路地裏、赤提灯が控えめに揺れる小さなお店。
引き戸をガラガラと開けると、想像以上にこぢんまりとした空間が広がっていた。
カウンター席がメインで、奥に小上がりが二つ。
店内は木目調で統一されていて、年季の入った壁には「本日のおすすめ」と書かれた手書きの短冊が所狭しと貼られている。
煙草の匂いがほんのり鼻をくすぐる。
ああ、これだ。
僕がマンガで見た世界は。
僕らが二人で座れる席を探していると、奥の小上がりに座っていたおじさんグループの一人が、「兄ちゃんたち、こっち空いてるぞ!
」と声をかけてくれた。
見ると、四人掛けのテーブルに、三人の男性が座っていて、一つ席が空いている。
お言葉に甘えてその席に座らせてもらうと、三人はニヤリと笑ってくれた。
みんな、顔が真っ赤だ。
カウンターの中では、おそらくお店の女将さんだろう、白髪混じりの髪をきっちり結った女性が、手際よく料理を作っている。
「初めてですか?
ホッピー」と、さっき声をかけてくれたおじさんが、僕らのグラスを見てニヤニヤしながら聞いてきた。
僕らが「はい!
」と元気よく答えると、「そりゃいい、そりゃいい。
初めては、俺らが教えてやるよ」と、もう一人のおじさんが自分のホッピーを僕らに差し出した。
「ホッピーはな、これだろ」と指差す先には、透明なグラスに注がれた、泡の少ない琥珀色の液体。
そして、その隣には小さな白い瓶。
これが「焼酎」らしい。
「氷は少なめ、焼酎はこれくらい。
ホッピーはな、三冷が一番うまいんだ」と、おじさんは熱弁を振るい始めた。
三冷。
その初めて聞く言葉に、僕とタケシは顔を見合わせた。
どうやら、ホッピー本体、焼酎、グラスの全てをキンキンに冷やすのが「三冷」というらしい。
目の前のおじさんたちは、まさにその三冷ホッピーを飲んでいる。
僕らのテーブルには、女将さんが持ってきた氷の入ったジョッキと、なぜか常温のホッピー、そして焼酎の瓶が置かれている。
え、僕らのと違うじゃん!
「あれ、僕らの、氷入ってますけど…」と僕が恐る恐る言うと、おじさんたちは大爆笑。
「それはそれでいいんだよ!
最初は!
」と、またもや声をかけてくれたおじさんが笑いながら言ってくれた。
「まあ、最初は好きなように飲むのが一番さ。
でもな、この店に来たなら、まずはこれを食ってけ」と、おじさんは自分の皿から串に刺さったものを僕らに差し出した。
もつ焼きだ。
遠慮がちに一本もらうと、炭火で焼かれた香ばしい匂いがたまらない。
一口食べると、プリプリとした食感と、タレの甘じょっぱさが口いっぱいに広がる。
これは、ビールにもホッピーにも合うやつだ!
至福。
おじさんたちは、僕らがモツ焼きを食べるのを満足げに眺めていた。
こんなにも親切な人たちが、この世にいるなんて。
マンガで見るホッピーの世界は、もっと渋くて、孤独な印象だったのに、現実はこんなにも優しい。
僕らは初めてのホッピーを、おじさんたちに教えられた通りに作ってみた。
まずは氷の入ったジョッキに焼酎を注ぐ。
そしてホッピーをゆっくりと。
泡が立ちすぎないように、グラスを傾けて。
一口飲むと、あれ、意外とすっきりしてる?
ビールの苦味とは違う、どこか懐かしいような、麦芽の香ばしさ。
そして、焼酎のキリッとした味が喉を通る。
これは、無限に飲めてしまうやつだ。
おじさんたちは、僕らがホッピーを飲むたびに「どうだ?
」「うまいだろ?
」と声をかけてくる。
まるで自分のことのように喜んでくれる。
シェアハウスのリビングで、タケシとコンビニ飯を食べている時とは全く違う、温かい空間だった。
「お兄ちゃんたち、もっとホッピーの奥深さを知りたいか?
」と、また別のおじさんがニヤリと笑った。
「ホッピーにはな、色々な飲み方があるんだ」
そこから始まったのは、ホッピー飲み方講座だった。
「まずは、『ソトイチ、ナカサン』だ!
」と、おじさんの一人が指を一本立てて見せた。
ホッピー一本に対して、焼酎を三杯入れる、という意味らしい。
これには僕もタケシも驚きを隠せない。
「いや、そんなに入れたら酔っ払っちゃいますよ!
」と僕が言うと、「それがいいんだよ!
この店はな、ナカ(焼酎)が安いんだ!
」と、おじさんは得意げに胸を張った。
隣のおじさんは、「俺は『最初からナカ濃いめ』派だな」と言った。
「最初の一杯でガツンとくるのがたまらねぇんだよ」
さらに別のおじさんは、「いやいや、ホッピーはな、『割り方次第で無限に楽しめる』のが醍醐味なんだよ」と語り始めた。
「ビールみたいに泡立ててみたり、焼酎を多めにしたり、少なめにしたり。
その日の気分で変えるのが通なんだ」
まるで、各々が自分の流儀を語る武術の達人のようだった。
ホッピーの飲み方一つで、こんなにも哲学が生まれるなんて。
僕らは、おじさんたちの話に夢中になって、次々とホッピーを注文した。
確かに、焼酎の量を少しずつ変えてみると、味がガラリと変わる。
焼酎が多ければキリッとした辛口に、少なければホッピー本来の優しい甘みが引き立つ。
まるで、料理の味付けを変えるように、自分好みのホッピーを探すのが面白くてたまらない。
シェアハウスでの料理当番制でも、味付けに迷うことはよくある。
醤油を少し多くしたら味が濃すぎたとか、塩を入れ忘れて味が決まらないとか。
でも、ホッピーは何度失敗しても、次の一杯でまた挑戦できる。
その自由さが、なんとも心地よかった。
気がつけば、僕らのテーブルにはホッピーの空き瓶が何本も並び、顔はすっかり赤くなっていた。
おじさんたちも、僕らが楽しそうにホッピーを飲んでいるのを見て、さらに饒舌になっている。
「お兄ちゃんたち、そろそろシメは、これだろ!
」と、おじさんの一人が目の前の短冊を指差した。
「もつ煮込み!
」
熱々の土鍋で運ばれてきたもつ煮込みは、味噌の香りが食欲をそそる。
とろとろに煮込まれたもつは、口の中でとろけて、優しい味が胃に染み渡る。
これだ、この味だ。
この温かさが、僕がずっと探していたものだったのかもしれない。
普段、コンビニ飯やシェアハウスの当番制料理で、なんとなく「お腹を満たす」ことばかり考えていたけれど、この店で出会った人々と料理は、それだけじゃない何かを僕に教えてくれた気がする。
お会計を済ませて店を出ると、外はすっかり冷たい夜風が吹いていた。
だけど、僕らの体はホッピーと、おじさんたちの温かい心でポカポカしていた。
「いやー、ホッピーの世界、奥深いな」と、タケシがしみじみ言った。
「まさか、あんなに親切な人たちに出会えるとはね」と僕も同感だった。
帰り道、僕らはもう一度、今日のおじさんたちのホッピー哲学について語り合った。
僕らはまだ、ホッピーの入り口に立ったばかりかもしれない。
三冷も試してないし、ソトイチ・ナカサンも実践していない。
でも、この優しい世界を知ってしまったからには、きっとまたこのお店に足を運ぶだろう。
もしかしたら、僕もいつか、路地裏の小さな居酒屋で、若者にホッピーの飲み方を熱く語る、そんなおじさんになっているのかもしれない。
それはそれで、悪くない人生だと思わない?
みんなも、一度、ホッピーの世界に足を踏み入れてみてはどうだろう。
意外と、君が探している何かが見つかるかもしれないよ。
そして、その店で出会った誰かと、また新しいホッピーの飲み方を発見する旅に出る。
そんな夜も、たまにはいいもんだよね。
💡 このエッセイは、Togetterの話題から着想を得て、2026年の視点で書かれた創作記事です。
📚 あわせて読みたい


コメント