📝 この記事のポイント
- 満員電車の中で、私はまるで押し寿司の具材になった気分だった。
- 息苦しいほどの圧迫感の中、額にじっとりと汗が滲む。
- 隣のサラリーマンのネクタイが、まるで意思を持っているかのように私の腕に絡みついてくる。
午前8時17分。満員電車の中で、私はまるで押し寿司の具材になった気分だった。息苦しいほどの圧迫感の中、額にじっとりと汗が滲む。隣のサラリーマンのネクタイが、まるで意思を持っているかのように私の腕に絡みついてくる。普段なら不快感を感じる状況だが、今日はなぜか、そのネクタイの存在が少しだけ面白く感じられた。
この東京という巨大な箱の中で、私たちは皆、何かしらの隙間に押し込まれている。それは物理的な隙間だけではない。社会的な役割、期待、そして自分自身の理想と現実の狭間。私たちは常に、どこかに「はまっている」のかもしれない。
カフェに移動して、ようやく手に入れた窓際の席で、私はカプチーノを啜りながらスマホを開いた。タイムラインには、キラキラした日常を切り取った写真が溢れている。海外旅行、高級レストラン、恋人との幸せそうなツーショット。どれもこれも、私とは別世界の出来事のように感じられた。
「いいね!」ボタンを押す指が、どこか機械的だ。承認欲求という名のモンスターが、私たちの心を蝕んでいる。SNSは、まるで万華鏡のように、現実を歪めて見せる。私たちは皆、自分の「最も見栄えの良い」側面だけを切り取り、それを世界に発信する。そして、その裏側にある不安や孤独、焦燥感は、まるで誰も見て見ぬふりをするかのように、巧妙に隠されている。
数日前、実家に帰った時のことだ。庭の隅に、亡くなった祖父が大切にしていた石灯籠がある。古びたその灯籠は、長年の風雨に晒され、苔むしていた。ふと、その灯籠の穴に、何かが詰まっていることに気が付いた。近づいてよく見てみると、それは一匹のタヌキだった。
タヌキは、上半身を灯籠の穴にすっぽりと嵌め込み、抜け出せなくなっていた。その姿は、どこか滑稽であり、そして痛々しかった。「キョー、キョー」と小さな声で鳴くタヌキの姿を見ていると、私はなぜか、都会で生きる自分自身と重ね合わせてしまった。
必死に穴から抜け出そうともがくタヌキ。私もまた、東京という巨大な迷路の中で、必死にもがいている。満員電車、終わらない仕事、人間関係の煩わしさ。私たちは皆、何かしらの「穴」に嵌り込み、そこから抜け出すために、もがき苦しんでいる。
父と二人でタヌキを救出した後、タヌキは少し呆然とした様子で、山の方へ帰っていった。その後、数日間、同じタヌキが何度も灯籠の穴に嵌まりに来たらしい。父は困り果て、結局、灯籠の穴を板で塞いでしまった。
なぜ、タヌキは何度も同じ場所に嵌まりに来たのだろうか。もしかしたら、そこには餌があったのかもしれない。あるいは、ただ単に、そこが暖かくて居心地が良かったのかもしれない。理由は定かではないが、そのタヌキの行動は、現代社会を生きる私たちに、何かを教えてくれているような気がした。
私たちは皆、自分の居場所を求めている。承認欲求を満たしてくれる場所、安心できる場所、そして、自分らしくいられる場所。しかし、時には、その「居場所」が、私たちを縛り付ける鎖になることもある。SNS、仕事、人間関係。私たちは、それらの「穴」に嵌り込み、抜け出せなくなってしまうことがある。
オフィスに戻り、デスクに座ると、目の前には積み上げられた書類の山が広がっていた。ため息をつきながら、私はキーボードを叩き始めた。2026年1月28日。今日は、特に変わったことのない、平凡な一日だ。
しかし、私は知っている。この平凡な一日も、誰かにとっては、特別な一日かもしれない。そして、私自身もまた、いつか、どこかの「穴」から抜け出し、新しい自分を見つけることができるかもしれない。
退勤後、私は近所の公園を散歩した。冬の夜空には、無数の星が輝いている。その光は、何億光年も昔に発せられたものだ。宇宙の壮大さに比べれば、私の悩みなど、ほんの些細なものに過ぎない。
公園の片隅に、小さな祠がある。誰が祀られているのかは知らないが、私はその祠の前で、静かに手を合わせた。何かを祈ったわけではない。ただ、心が少しだけ軽くなった気がした。
家に帰り、ベッドに横になると、私は目を閉じた。今日の出来事を思い返しながら、私は眠りについた。満員電車、SNS、タヌキ。それらは全て、私という存在を構成する、ほんの一部の要素に過ぎない。
私たちは皆、隙間を埋めるために生きている。それは、物理的な隙間かもしれないし、心の隙間かもしれない。しかし、本当に大切なのは、隙間を埋めることではなく、隙間があること自体を受け入れることなのかもしれない。
隙間は、私たちに自由を与えてくれる。隙間は、私たちに新しい可能性を与えてくれる。そして、隙間は、私たちに成長の機会を与えてくれる。
私は、明日もまた、東京という巨大な箱の中で、自分自身の隙間を探し続けるだろう。そして、いつか、その隙間から、新しい世界を見つけることができると信じている。
タヌキが嵌まっていた石灯籠の穴は、今もまだ、板で塞がれたままだ。しかし、私は知っている。いつか、その板が外され、再びタヌキが、その穴に嵌まりに来る日が来るだろう。そして、その時、私は、タヌキにこう言ってあげたい。「ようこそ、隙間の世界へ」と。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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