📝 この記事のポイント
- 記録的な暖冬で、都心では早くも梅の花が咲き始めたというニュースが流れていた。
- 私は満員電車に揺られながら、そのニュースをぼんやりと眺めていた。
- 吊り革につかまる手は汗ばみ、押し寄せる人波に押しつぶされそうになりながら、ふと、ある考えが頭をよぎった。
2026年1月27日。記録的な暖冬で、都心では早くも梅の花が咲き始めたというニュースが流れていた。私は満員電車に揺られながら、そのニュースをぼんやりと眺めていた。吊り革につかまる手は汗ばみ、押し寄せる人波に押しつぶされそうになりながら、ふと、ある考えが頭をよぎった。
(…ちゅ〜る、食べたい。)
正確に言うと、「ちゅ〜るのタラバガニ味、食べてみたい」だった。
きっかけは、週末に実家に帰った時に、愛猫のミケにちゅ〜るをあげたことだった。タラバガニ味、黒毛和牛味、焼かつお味…。パッケージに並んだ魅力的なフレーバーたちは、まるで高級レストランのメニューのようだった。ミケは目を細め、恍惚とした表情でちゅ〜るを貪り食っていた。その様子を見ているうちに、私は強烈な好奇心に襲われたのだ。「そんなに美味しいのか…?」「本当にタラバガニの味がするのか…?」。
もちろん、理性は全力でそれを阻止した。「私は人間だ」「猫の食べ物を食べるわけにはいかない」「常識的に考えてありえない」。しかし、心の奥底では、禁断の果実への憧れが日に日に強くなっていた。
カフェに到着し、いつものカフェラテを注文した。窓際の席に座り、ノートパソコンを開く。今日のタスクは、クライアントに提出する企画書の作成だ。しかし、頭の中はちゅ〜るのことでいっぱいだった。
「ちゅ〜る…、一体何がそんなに魅力的なんだろう。」
私はSNSを開き、「ちゅ〜る」で検索してみた。すると、案の定、猫たちの至福の表情が溢れかえっていた。「うちの子、ちゅ〜るを見ると人格が変わる」「ちゅ〜る依存症です」「ちゅ〜る様、今日もありがとうございます」…。コメント欄には、飼い主たちの愛とユーモアが詰まっていた。
その中に、一つだけ異質なコメントがあった。「カリカリは美味しくないから食べない方がいい」。
(…やっぱり、カリカリは美味しくないのか。)
私は過去の記憶を辿った。子供の頃、犬を飼っていたことがある。ドッグフードの匂いは、独特で決して食欲をそそるものではなかった。しかし、犬はそれを毎日美味しそうに食べていた。
(…犬にとって、あれは美味しいのだろうか?それとも、生きるために仕方なく食べているのだろうか?)
ふと、隣の席に座っている女性が目に入った。彼女は、スマートフォンを見ながら、時折ため息をついている。疲れた表情で、どこか物憂げだ。彼女の視線の先には、おそらくSNSのタイムラインがあるのだろう。キラキラしたインフルエンサーたちの投稿、美味しそうな料理の写真、楽しそうな旅行の思い出…。
(…彼女も、何か我慢していることがあるのかもしれない。)
私たちは、日々の生活の中で、様々な欲求を抑えながら生きている。仕事、人間関係、将来への不安…。社会のルールや常識、他人の目、そして、自分自身のプライド…。それらは時に、私たちをがんじがらめにする鎖となる。
オフィスに戻り、企画書の作成に取り掛かった。しかし、集中力は全く続かない。頭の中は、依然としてちゅ〜るのことでいっぱいだった。
「…もし、本当にちゅ〜るを食べてしまったら、どうなるんだろう?」
私は想像してみた。おそらく、最初は罪悪感に苛まれるだろう。「私は一体何をやっているんだ?」「いい年をして、猫の食べ物を食べるなんて…」。しかし、同時に、解放感も味わえるかもしれない。「私は、自分の欲求に正直になったんだ」「私は、常識の枠を飛び越えたんだ」。
夕方、同僚の田中さんと、仕事帰りに一杯飲むことになった。田中さんは、私より少し年上の頼れる先輩だ。彼は、最近、新しいプロジェクトのリーダーに任命されたばかりで、プレッシャーを感じているようだった。
「最近、全然眠れないんだよね。責任重大で、毎日プレッシャーに押しつぶされそうだよ。」
田中さんは、グラスを傾けながら、そう語った。私は、彼の言葉に深く共感した。私も、数年前までは、同じように悩んでいた。
「田中さん、たまには、自分を甘やかしてもいいんじゃないですか?好きなものを食べるとか、ゆっくり休むとか…。」
私は、そう言った。田中さんは、少し驚いた顔で、私を見た。
「…そうだね。ありがとう。」
その夜、私はスーパーに立ち寄り、ちゅ〜るの棚の前で立ち止まった。タラバガニ味、黒毛和牛味、焼かつお味…。パッケージに並んだ魅力的なフレーバーたちは、まるで私を誘っているかのようだった。
(…どうしよう?)
私は、しばらくの間、ちゅ〜るの棚の前で悩んだ。そして、ついに、一つの決断を下した。
私は、タラバガニ味のちゅ〜るを手に取り、レジへと向かった。
家に帰り、私は、意を決してちゅ〜るの封を開けた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。私は、少しだけちゅ〜るを指に取り、恐る恐る口に運んだ。
(…!)
それは、予想以上に美味しかった。タラバガニの風味は、ほんのりと感じられる程度だったが、甘くて濃厚な味わいが口の中に広がる。まるで、高級な蟹クリームコロッケを凝縮したような味だった。
私は、残りのちゅ〜るを全て平らげた。そして、気がつくと、私は満面の笑みを浮かべていた。
(…こんなに美味しいものを、猫だけが独り占めしていたなんて、ずるい。)
その夜、私は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。夢の中で、私は、ミケと一緒に、タラバガニ味のちゅ〜るを食べていた。
2026年1月28日。私は、いつものように満員電車に揺られながら、窓の外を眺めていた。空は晴れ渡り、朝日が眩しい。
(…ちゅ〜るを食べて、本当に良かった。)
私は、そう思った。ちゅ〜るを食べるという、たった一つの小さな行動が、私の心を解放し、新たな気づきを与えてくれた。私たちは、日々の生活の中で、様々な欲求を抑えながら生きている。しかし、時には、自分の心の声に耳を傾け、正直に行動することも大切だ。
もちろん、常識を逸脱するような行動は慎むべきだ。しかし、時には、少しだけ羽目を外すことで、新たな発見があるかもしれない。
私は、ふと、隣に立っている女性に目に入った。彼女は、スマートフォンを見ながら、少しだけ微笑んでいる。彼女の視線の先には、おそらくSNSのタイムラインがあるのだろう。
(…彼女も、何か幸せなことを見つけたのかもしれない。)
私たちは、それぞれ違う人生を歩んでいる。しかし、私たちは、同じように、幸福を求めて生きている。そして、幸福は、案外、身近なところにあるのかもしれない。例えば、タラバガニ味のちゅ〜るのように。
私は、心の中でそう呟いた。そして、今日も、一日を頑張ろうと思った。2026年の冬は、少しだけ暖かかった。そして、私の心も、少しだけ暖かかった。タラバガニ味のちゅ〜るが、私に教えてくれたのは、そんなことだった。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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