📝 この記事のポイント
- 2026年1月27日、いつものように満員電車に揺られていた。
- 押しつぶされそうな空間で、スマホのニュースアプリを開くと、トップに「大分の中学校、暴行動画を市教委に報告せず」という見出しが飛び込んできた。
- スクロールして詳細を読む気にはなれず、ただ、ぼんやりと「またか」と思った。
2026年1月27日、いつものように満員電車に揺られていた。押しつぶされそうな空間で、スマホのニュースアプリを開くと、トップに「大分の中学校、暴行動画を市教委に報告せず」という見出しが飛び込んできた。スクロールして詳細を読む気にはなれず、ただ、ぼんやりと「またか」と思った。
僕、ユウキは、27歳。都内の小さなIT企業でエンジニアをしている。朝のニュースは、僕にとって、日常の騒音の一部だ。事件、事故、政治家の失言。毎日、何かしらが炎上している。それらにいちいち感情を揺さぶられていたら、精神が持たない。だから、意識的にシャットアウトしている部分がある。
電車を降り、オフィス街を歩く。行き交う人々は、皆、疲れた顔をしている。僕もその一人だ。カフェに立ち寄り、いつものようにカフェラテを注文した。店内は、朝の喧騒とは対照的に、穏やかな空気が流れている。窓際の席に座り、カフェラテを一口飲む。その瞬間だけ、現実から解放される気がした。
カフェラテを飲みながら、ふと、さっきのニュースが頭をよぎった。大分の中学校の件。詳しい内容は知らない。ただ、学校が隠蔽した、というキーワードが引っかかった。隠蔽。それは、僕自身の過去と重なる。
高校時代、僕はイジメに遭っていた。些細なことから始まったそれは、徐々にエスカレートしていった。無視、陰口、仲間外れ。そして、暴力。先生に相談することも考えた。でも、怖かった。相談したら、もっと酷くなるかもしれない。それに、親にも心配をかけたくなかった。だから、僕は一人で耐えることにした。
ある日、学校からの帰り道、いつものようにイジメグループに待ち伏せされた。抵抗しようとしたけれど、多勢に無勢。殴られ、蹴られ、ボロボロになった。家に帰ると、母親が心配そうな顔で僕を見た。僕は、転んだ、と嘘をついた。
母親は、僕の言葉を信じたようだった。でも、本当は気づいていたのかもしれない。ただ、何も言わなかっただけかもしれない。その時の母親の表情は、今でも忘れられない。申し訳なさと、情けなさで、胸がいっぱいになった。
大学に進学してからは、イジメとは無縁の生活を送ることができた。新しい友達もできたし、サークル活動も楽しかった。でも、心の奥底には、高校時代の傷跡が残っていた。ふとした瞬間に、当時の記憶が蘇ってくる。そして、僕は、透明な箱の中に閉じ込められたような気分になる。
会社に着き、デスクに向かう。今日やるべきことを整理していると、後輩のサキが話しかけてきた。「ユウキさん、聞いてくださいよ!また炎上してるんですよ、うちの会社のSNSアカウントが!」
サキは、うちの会社の広報担当だ。若くて明るくて、SNSの運用にも詳しい。でも、最近は、炎上対応に追われる日々を送っている。「またですか。今度は何があったんですか?」と聞くと、サキはため息をついた。「うちの会社の社長が、また失言しちゃったんですよ。しかも、それを社員がSNSに書き込んじゃって…」
話を聞くと、どうやら社長が朝礼で、ジェンダーに関する不適切な発言をしたらしい。それを聞いた社員が、匿名でSNSに投稿したところ、瞬く間に拡散されたという。「もう、本当に勘弁してほしいですよ。社長にも注意したんですけど、全然聞いてくれないんですもん」と、サキは愚痴をこぼした。
僕は、サキの話を聞きながら、複雑な気持ちになった。社長の失言は、確かに問題だ。でも、それをSNSに書き込んだ社員も、軽率だったと思う。SNSは、匿名で発信できるからこそ、責任感が薄れてしまう。そして、一度炎上してしまうと、収拾がつかなくなる。
サキは、SNS世代の代表だ。彼女にとって、SNSは、日常の一部だ。自分の考えや感情を、気軽に発信できる場所だ。でも、僕は、SNSに対して、どこか懐疑的な目を向けている。SNSは、確かに便利だ。でも、同時に、人を傷つける凶器にもなる。
昼休み、会社の屋上で、一人で弁当を食べていた。空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。ふと、高校時代のことを思い出した。あの時、もし誰かに相談できていたら、何か変わっていたのだろうか。もし、先生や親が、僕を助けてくれていたら、僕は、透明な箱から抜け出すことができただろうか。
屋上からオフィスを見下ろすと、たくさんの人が働いているのが見えた。彼らは、それぞれ、どんな悩みを抱えているのだろうか。それぞれ、どんな傷跡を抱えているのだろうか。僕は、彼らのことを、何も知らない。
夕方、退社時間になった。会社を出て、駅に向かう途中、公園のベンチに座っている老夫婦を見かけた。二人は、手をつないで、穏やかな表情で話していた。その光景を見て、心が温かくなった。
電車に乗り、窓の外を眺める。街の灯りが、キラキラと輝いている。その光を見ていると、希望が湧いてくるような気がした。確かに、世の中には、理不尽なことや、悲しいことがたくさんある。でも、それだけじゃない。美しいものや、温かいものも、たくさんある。
家に帰り、風呂に入り、夕食を食べた。そして、ベッドに横になり、今日の出来事を振り返った。ニュースで見た大分の中学校の件、サキの愚痴、公園で見た老夫婦。それらの出来事は、一見、バラバラに見える。でも、実は、すべて繋がっているのかもしれない。
人間は、誰でも、間違いを犯す。誰でも、傷つく。そして、誰でも、誰かを傷つける可能性がある。大切なのは、間違いを認め、反省し、二度と繰り返さないようにすることだ。そして、傷ついた人を、助けることだ。
僕は、まだ、透明な箱の中にいるかもしれない。でも、少しずつ、そこから抜け出そうとしている。そして、いつか、誰かのために、手を差し伸べられるような人間になりたい。
ベッドの中で、目を閉じる。明日は、どんな一日になるだろうか。どんな新しい出会いがあるだろうか。どんな困難が待ち受けているだろうか。僕は、それを知ることはできない。でも、希望を捨てずに、前を向いて生きていきたい。
そして、2026年の冬、僕は、透明な箱の中のことについて、こう思う。それは、個人の問題ではなく、社会全体の問題なのだと。誰もが、透明な箱を持っている可能性がある。そして、誰もが、誰かを救うことができる。そのことを、忘れてはいけない。
いつか、透明な箱のない世界が来ることを願って。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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