📝 この記事のポイント
- 2026年1月26日、都心へ向かう通勤電車の窓から見える空は、鉛色だった。
- スマホを片手に、ぼんやりとニュースアプリをスクロールする。
- 今日のトップニュースは、またしてもAIに関する倫理問題。
2026年1月26日、都心へ向かう通勤電車の窓から見える空は、鉛色だった。スマホを片手に、ぼんやりとニュースアプリをスクロールする。今日のトップニュースは、またしてもAIに関する倫理問題。技術の進化は目覚ましいけれど、それに見合うだけの心の準備が、僕たちにはできているんだろうか。そんなことを考えながら、僕はイヤホンを耳に突っ込んだ。
導入部:日常の一場面
車内は、いつものように押し合いへし合いの満員電車。吊り革につかまるのも一苦労だ。そんな中、僕の斜め前に立っていた二人の若い女性に目が留まった。おそらく大学生くらいだろうか。一人はベージュのコート、もう一人は黒のダウンジャケットを着ていて、互いに少し緊張した面持ちで話している。
「So… what are you studying?」ベージュのコートの女性が、たどたどしい英語で話しかけた。
「Um… I’m studying… economics. And you?」黒のダウンジャケットの女性も、同じようにぎこちない英語で答える。
どうやら、お互いに英語を勉強中のようだ。発音も文法も、まだ自信がないのがありありと伝わってくる。それでも、一生懸命にコミュニケーションを取ろうとしている姿は、なんだか微笑ましい。
僕は、そんな二人のやり取りを、どこか他人事のように眺めていた。かつて僕も、同じように英語に苦労した時期があったからだ。大学受験のために必死に単語を覚え、文法書を読み込んだ。でも、いざ外国人を目の前にすると、頭の中が真っ白になって、何も話せなくなってしまう。そんな経験を何度もした。
しばらくすると、ベージュのコートの女性が、突然、顔を輝かせて叫んだ。
「¡Español!?」
次の瞬間、二人は信じられないほど流暢なスペイン語で、堰を切ったように話し始めたのだ。まるで、さっきまでのぎこちなさが嘘だったかのように。
「¡Ay, Dios mío! ¡Yo también! ¡Qué coincidencia! ¿De qué parte de España eres?」
二人の会話は、一気にヒートアップしていく。周りの乗客は、何が起こったのか理解できずに、ポカンとした顔で二人を見ている。僕も、思わず吹き出してしまった。
展開部:テーマを深める出来事
この光景を見て、僕は、昔のことを思い出した。大学の語学の授業で、同じような経験をしたことがある。最初は英語でぎこちなく話していたクラスメイトたちが、休憩時間に母国語で話し始めた途端、まるで別人になったかのように饒舌になるのだ。
あの時、僕は、言葉というものが、単なるコミュニケーションのツールではなく、その人のアイデンティティそのものなのだと気づいた。言葉は、文化や歴史、感情、記憶といった、その人が生きてきたすべてを内包している。だからこそ、母国語で話す時、人は最も自然で、最も自分らしくいられるのだ。
考えてみれば、僕自身もそうだ。普段は、仕事で英語を使う機会も多いけれど、心からリラックスできるのは、やっぱり日本語で話す時だ。友達とバカ話をしたり、家族と他愛もない会話をしたりする時、僕は、初めて本当の自分に戻れるような気がする。
最近、SNSを見ていると、やたらと「グローバル化」という言葉が飛び交っている。英語を話せることは当たり前、プログラミングスキルも必須、海外経験がないと時代遅れ…。そんな風潮に、僕は、少し息苦しさを感じている。
もちろん、グローバル化は、避けて通れない流れだ。世界中の人々が、互いに協力し、理解し合うことは、これからの時代にとって、ますます重要になってくるだろう。
しかし、グローバル化の名の下に、多様性を失い、画一的な価値観に染まってしまうのは、本末転倒ではないだろうか。それぞれの文化や言語、価値観を尊重し、互いに認め合うことこそが、本当の意味でのグローバル化なのではないだろうか。
転換部:新たな視点と気づき
あの電車の中の二人の女性は、きっと、お互いの共通言語を見つけたことで、心の壁が取り払われたのだろう。言葉の壁は、時に、人と人との間に深い溝を作ってしまう。しかし、その壁を乗り越えた時、そこには、予想以上の素晴らしい景色が広がっているのかもしれない。
僕は、その時、ふと、自分が抱えている壁について考え始めた。僕は、英語を話せるようになったけれど、本当に心を開いて話せる外国人の友人は、まだ少ない。それは、僕が、言葉の壁だけでなく、文化や価値観の壁に阻まれているからかもしれない。
僕たちは、AI技術の進化によって、言葉の壁を簡単に乗り越えられる時代に生きている。翻訳アプリを使えば、どんな言語でも、瞬時に理解することができる。
しかし、言葉の壁がなくなったとしても、文化や価値観の壁は、簡単にはなくならない。むしろ、AI技術の進化によって、その壁は、ますます高くなっているのかもしれない。
なぜなら、AIは、言葉の意味を理解することはできても、その言葉に込められた感情やニュアンスを理解することはできないからだ。AIは、表面的なコミュニケーションを円滑にすることはできても、心の奥底にある感情を共有することはできない。
だからこそ、僕たちは、AIに頼りすぎるのではなく、自分の心で感じ、自分の言葉で語りかけることを、大切にしなければならない。言葉の壁を乗り越えるだけでなく、文化や価値観の壁を乗り越え、互いの人間性を尊重し合うことこそが、これからの時代に必要なことなのだ。
結末部:余韻を残す締めくくり
電車は、目的の駅に到着した。僕は、二人の女性に別れを告げ、改札を抜けた。
外に出ると、空は、まだ鉛色のままだった。しかし、僕の心は、さっきよりも少しだけ晴れやかだった。
僕は、今日、あの電車の中で、言葉の壁と、壁の向こうにある可能性について、改めて考えさせられた。そして、これからの時代を生きる僕たちにとって、本当に大切なことは何かを、少しだけ理解できたような気がする。
僕は、スマホを取り出し、外国人の友人にメッセージを送った。
「Hey, how are you doing? Let’s grab coffee sometime soon. I have something to tell you.」
僕のメッセージは、まだ返信されていない。でも、僕は、焦ることはない。ゆっくりと、時間をかけて、心の距離を縮めていけばいい。
言葉の壁は、確かに存在する。でも、その壁は、決して乗り越えられないものではない。互いを理解しようと努力し、心を開いて語り合えば、きっと、壁の向こうには、素晴らしい世界が広がっているはずだ。僕は、そう信じている。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
📚 あわせて読みたい


コメント