📝 この記事のポイント
- 満員電車の窓ガラスに押し付けられた顔が、無機質な広告の光を浴びてぼやけている。
- 東京は珍しく雪が降った翌日で、電車は遅延しまくっている。
- 隣のサラリーマンはスマホで何かを真剣に見ているが、恐らく仕事のメールか、あるいはくだらないまとめサイトだろう。
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午前8時17分。満員電車の窓ガラスに押し付けられた顔が、無機質な広告の光を浴びてぼやけている。今日は2026年1月24日。東京は珍しく雪が降った翌日で、電車は遅延しまくっている。隣のサラリーマンはスマホで何かを真剣に見ているが、恐らく仕事のメールか、あるいはくだらないまとめサイトだろう。僕も同じようなものだ。
最近、SNSで「北海道は日本海とオホーツク海、太平洋の中に大泉洋がある」という謎の絵がバズっていた。意味不明だが、なぜか納得してしまう。北海道に行ったことは一度もないけれど、大泉洋は知っている。彼の飄々とした佇まいと、時折見せる真剣な表情は、どこか北海道の雄大な自然を連想させるからかもしれない。
それにしても、なぜ大泉洋なのだろう。なぜ他のタレントや俳優ではダメなのだろうか。考えているうちに、ふと、自分の人生における「大泉洋」はどこにいるのだろうか、という疑問が湧き上がってきた。
僕は都内のIT企業で働く28歳。毎日同じような時間に起きて、同じような電車に乗り、同じようなオフィスで、同じようなコードを書いている。特に不満はない。給料もそこそこ良いし、人間関係も悪くない。でも、心の奥底にはいつも、言いようのないモヤモヤが渦巻いている。
カフェでランチを済ませ、午後の業務に戻る。チームリーダーの田中さんが、プロジェクトの進捗状況を確認しに来た。「鈴木くん、例の案件、進捗どう?」田中さんはいつもニコニコしているが、その笑顔の奥には、確実にプレッシャーが隠されている。
「順調に進んでいます。明日の午前中にはテスト環境にアップロードできる予定です。」
僕はそう答えた。嘘ではない。でも、正直なところ、その案件に全く興味がない。ただ、言われたことをこなしているだけ。まるでベルトコンベアに乗せられた部品のようだ。
夕方、会社の近くのバーに立ち寄った。カウンターに座り、ハイボールを注文する。隣の席には、同じように一人で飲んでいる女性がいた。彼女は時折、スマホを見ながら小さく笑っている。
「何か面白いことでも?」
僕は思わず話しかけた。少し酔っていたのかもしれない。
「ああ、これ? 地元の友達が送ってきた画像なんですけど、『北海道は日本海とオホーツク海、太平洋の中に大泉洋がある』って。」
彼女はそう言って、僕にスマホの画面を見せてくれた。それは、まさに僕が今日一日考えていた画像だった。
「え、それ、僕も今日SNSで見ました。なんか、意味不明だけど、ちょっと面白いですよね。」
「そうなんですよ。私も北海道出身なんですけど、本当に大泉洋さんが身近に感じるというか。なんか、北海道の人にとっては、大泉洋さんが共通言語みたいなところがあるんですよね。」
彼女はそう言って、少し寂しそうな顔をした。
「東京に来て、もう5年になるんですけど、たまに無性に地元が恋しくなるんです。特にこういう寒い日は。」
僕も共感した。僕も地方出身で、東京に来てからもう8年になる。最初は刺激的で楽しかった東京生活も、最近は少し疲れてきた。満員電車や騒がしい街並み、そして、どこか冷たい人間関係。たまに、実家の庭でボーッとしていた時間が恋しくなる。
「私も、いつか地元に帰りたいと思っているんですけど、なかなか踏み出せなくて。」
彼女はそう言って、グラスを傾けた。
「私も、同じです。何か、東京で手に入れたものを手放すのが怖いんですよね。でも、本当に大切なものって、案外、手放しても大丈夫なものの中にあるのかもしれない。」
僕はそう言った。それは、自分自身に言い聞かせている言葉でもあった。
バーを出て、夜の街を歩いた。雪がちらつき、街灯の光がキラキラと反射している。ふと、空を見上げると、満月が輝いていた。その月は、東京の空にも、北海道の空にも、同じように輝いているのだろう。
次の日、オフィスに行くと、田中さんが僕を呼び止めた。「鈴木くん、ちょっといいかな?」
僕は少し緊張した。何かミスでもあったのだろうか。
「例の案件、君に任せたのは良かったよ。本当に助かった。ありがとう。」
田中さんはそう言って、僕の肩を叩いた。その笑顔は、いつものプレッシャーの笑顔ではなく、本当に感謝している笑顔だった。
僕は少し驚いた。自分の仕事が、誰かの役に立っている。そう感じたのは、久しぶりのことだった。
その日の夜、僕は久しぶりに実家の両親に電話をした。とりとめのない話をしただけだったけれど、なぜか心が温かくなった。
電話を切った後、僕はパソコンを開き、北海道行きの航空券を検索した。2月には、少しだけ時間が取れそうだ。
ふと、SNSを開くと、またあの画像が流れてきた。「北海道は日本海とオホーツク海、太平洋の中に大泉洋がある」。
今度は、少し違う意味で納得できた。大泉洋は、北海道そのものなのかもしれない。そして、北海道は、僕にとっての「何か大切なもの」の象徴なのかもしれない。
僕は、まだ自分の人生における「大泉洋」を見つけられていない。でも、きっと、どこかにあるはずだ。それは、故郷の風景かもしれないし、家族の温もりかもしれないし、あるいは、誰かの笑顔かもしれない。
そして、もしかしたら、それは東京の満員電車の中にも、オフィスでの仕事の中にも、隠れているのかもしれない。
2026年1月24日。雪の降った東京で、僕は少しだけ、自分の人生の意味について考えた。そして、まだ見ぬ「大泉洋」を探す旅に出ることを決意した。
人生は、終わりのない旅のようなものだ。どこに向かっているのか分からなくても、迷いながら、悩みながら、それでも前に進んでいくしかない。
そして、いつか、自分の人生における「大泉洋」を見つけた時、僕はきっと、心から笑えるだろう。
その時まで、僕は、この東京で、生きていく。
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※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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