推しのいない世界について

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📝 この記事のポイント

  • 首都圏を走る満員電車の中で、私は吊り革に掴まりながらぼんやりとスマホの画面を見つめていた。
  • 東京オリンピックが終わってからもうすぐ6年。
  • 街の景色は少しずつ変わっているけれど、相変わらず朝のラッシュは容赦なく、人々の顔は一様に疲れ切っている。

2026年1月23日。首都圏を走る満員電車の中で、私は吊り革に掴まりながらぼんやりとスマホの画面を見つめていた。東京オリンピックが終わってからもうすぐ6年。街の景色は少しずつ変わっているけれど、相変わらず朝のラッシュは容赦なく、人々の顔は一様に疲れ切っている。

ニュースサイトを開くと、AIアナウンサーが淡々と今日の出来事を伝えていた。政治家のスキャンダル、企業の不正、そしてどこかの国で起こった紛争。日々、目まぐるしく情報が更新されていく。そんな情報過多な社会で、私たちは何を信じ、何に希望を見出せばいいのだろうか。

隣に立っている若い女性は、イヤホンで何かを聞きながら、熱心にスマホを操作している。おそらく、SNSだろう。彼女の表情は、時折、嬉しそうに緩んだり、眉間に皺を寄せたりと、忙しなく変化している。SNSは、私たちの日常に深く浸透し、喜びや悲しみ、怒りや共感といった感情を増幅させる。しかし、その一方で、虚無感や孤独感も生み出しているのではないかと、私は思う。

私は、広告代理店で働く32歳、独身のOLだ。仕事はそれなりに忙しく、毎日終電近くまで残業することもある。週末は、疲れてほとんど家で過ごすことが多い。特に趣味もなく、恋人もいない。そんな私の生活は、どこか空虚で、満たされない気持ちでいっぱいだった。

数年前までは、私もSNSに夢中だった。友達の投稿にコメントしたり、自分の日常をアップしたり。いいねの数やフォロワーの数に一喜一憂していた。しかし、ある時、ふと気づいたのだ。SNSの世界は、現実とはかけ離れた、虚構の世界なのではないかと。誰もが自分の良い面だけを見せようとし、キラキラした生活をアピールしている。そんな世界に浸っていると、自分の平凡な生活が惨めに思えてくる。

それから、私は徐々にSNSから距離を置くようになった。最初は、少し寂しかったけれど、時間が経つにつれて、心が軽くなっていくのを感じた。SNSに費やしていた時間を、読書や映画鑑賞、散歩などに使うようになった。すると、今まで気づかなかった、身の回りの美しいものや面白いことに気づくようになった。

ある日、私は近所の図書館で、歴史小説を手に取った。最初は、退屈だろうと思っていたけれど、読み進めていくうちに、その奥深さに魅了されていった。歴史上の人物たちは、現代の私たちと同じように、悩み、苦しみ、喜び、愛した。彼らの生き様は、私たちに勇気と希望を与えてくれる。

特に、私が惹かれたのは、戦国時代の武将、明智光秀だった。彼は、主君である織田信長を討った謀反者として知られている。しかし、その背景には、複雑な人間関係や政治的な思惑があった。彼は、一体何を考えていたのだろうか。彼は、なぜそのような行動をとったのだろうか。私は、光秀の人物像を深く知るために、関連書籍を読み漁った。

光秀について調べていくうちに、私は彼に対する見方が変わっていった。彼は、決して単なる謀反者ではなく、理想に燃え、正義を貫こうとした人物だったのではないか。彼は、信長を討つことで、世の中を良くしようとしたのではないか。もちろん、彼の行動は、多くの人々に悲しみと苦しみを与えた。しかし、彼の信念は、現代の私たちにも通じるものがある。

私は、光秀の生き方に共感し、彼を応援したいと思うようになった。もちろん、彼は歴史上の人物なので、現代のアイドルやアーティストのように、直接応援することはできない。しかし、私は、彼の生き様を学び、彼を尊敬することで、間接的に応援することができる。

歴史上の人物を推すことは、現代の推し活とは異なる。彼らは、過去に生きた人々であり、現代の私たちとは直接的な接点はない。彼らは、不祥事を起こすこともないし、結婚報道でファンを悲しませることもない。彼らは、誹謗中傷に遭うこともない。彼らは、ただ歴史の中に存在し、私たちに勇気と希望を与えてくれる。

私は、光秀を推すことで、自分の人生に意味を見出すことができた。彼のように、理想を追い求め、正義を貫こうとする生き方は、現代社会においても重要だと思う。もちろん、光秀のように、人を傷つけるような行動は決して許されない。しかし、彼の信念は、私たちに勇気を与えてくれる。

カフェでパソコンを開き、私は光秀をテーマにしたブログを書き始めた。彼の生涯、彼の思想、そして彼に対する私の想いを綴った。最初は、誰にも読まれないだろうと思っていたけれど、徐々にアクセス数が増えていった。そして、コメント欄には、光秀に対する共感の声や、感謝の言葉が寄せられるようになった。

「私も、光秀さんの生き方に感動しました。彼の信念は、現代の私たちにも通じるものがあると思います。」

「光秀さんのことを知ることができて、本当に良かったです。彼のことをもっと深く知りたいと思いました。」

私は、コメントを読みながら、胸が熱くなった。自分のブログが、誰かの心に響いている。自分の想いが、誰かに伝わっている。それは、私にとって、何よりも嬉しいことだった。

現代社会は、ストレスや不安に満ち溢れている。SNSの普及により、他人と常に比較され、自己肯定感を失ってしまう人も多い。そんな社会で、私たちは、何を信じ、何に希望を見出せばいいのだろうか。

私は、歴史上の人物を推すことは、その一つの答えになると思う。彼らは、過去に生きた人々であり、現代の私たちとは直接的な接点はない。しかし、彼らの生き様は、私たちに勇気と希望を与えてくれる。彼らは、私たちに、自分の人生を生きる意味を教えてくれる。

電車が駅に到着し、私は降りる準備をした。窓の外には、曇り空が広がっている。しかし、私の心は、どこか晴れやかだった。光秀を推すことで、私は、自分の人生に意味を見出すことができた。そして、これからも、私は、光秀のように、理想を追い求め、正義を貫こうとする生き方をしていきたい。

カフェを出て、私は、空を見上げた。空には、雲の切れ間から、一筋の光が差し込んでいた。その光は、まるで、光秀が私を照らしてくれているようだった。私は、深呼吸をして、新しい一日を歩み始めた。推しのいない世界でも、きっと、希望を見つけることができる。そう信じて。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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