📝 この記事のポイント
- 満員電車に揺られながら、僕は毎朝同じ光景を眺めている。
- 吊り革につかまる人、スマホを操作する人、目を閉じて睡眠を貪る人。
- その中で、やけに目につくのは、イヤホンから漏れ出す音だ。
2026年1月23日。満員電車に揺られながら、僕は毎朝同じ光景を眺めている。吊り革につかまる人、スマホを操作する人、目を閉じて睡眠を貪る人。その中で、やけに目につくのは、イヤホンから漏れ出す音だ。シャッフル再生だろうか、曲調が数秒ごとに変わり、周囲に迷惑をかけていることに気づいていない。注意するのも面倒で、僕はため息をつき、SNSを開いた。
タイムラインには、友人たちのキラキラした日常が溢れている。旅行の写真、手料理の数々、昇進の報告。いいね!の数が可視化され、コメント欄には賞賛の言葉が並ぶ。まるで承認スタンプの洪水だ。
「承認スタンプ、か…」
心の中で呟いた。承認スタンプとは、SNSで他人から「いいね!」やコメントをもらう行為を、僕が勝手にそう呼んでいるだけだ。承認欲求を満たすための、デジタルな判子。押されると嬉しいけれど、集めすぎるとインクが滲んで、本当の自分が見えなくなるような気がする。
会社に着くと、デスクには山積みの書類が待っていた。今日は月末の締め日で、ミスは許されない。僕は集中力を高めるために、お気に入りのカフェラテを淹れた。
オフィスは、小さな承認スタンプ工場だ。企画書が通れば上司からの承認印、プロジェクトが成功すれば同僚からの賞賛、そして、定時退社すれば、自分自身への小さなご褒美。毎日、小さなスタンプを集めて、自分の存在意義を確認しているような気がする。
「山田さん、ちょっといいですか?」
部長の声が響き、僕は背筋を伸ばした。提出した企画書について、いくつか質問があるらしい。
「この部分、もう少し具体的に書いた方が分かりやすいね。あと、このグラフのデータソースは?」
部長は淡々と指摘する。僕は必死に説明するが、なかなか納得してもらえない。
「うーん、君の言いたいことは分かるんだけど、これじゃあ、上層部を納得させるのは難しいよ。もう一度練り直して、明日までに提出してくれ」
部長の言葉は、僕の企画書に「再提出」のスタンプを押した。落胆と焦燥感が押し寄せてくる。自分が否定されたような気分になり、無性にSNSを開きたくなった。
(ここで、誰かに褒めてもらいたい…)
衝動的に、企画書の進捗状況をSNSに投稿しようとした。しかし、指が止まる。たとえ「いいね!」がたくさん集まったとしても、部長の承認印がなければ、意味がない。デジタルな承認スタンプは、現実の課題を解決してくれないのだ。
その夜、僕はカフェで一人、企画書を練り直していた。窓の外は雨が降り、街の灯りが滲んで見える。隣の席では、若い女性がパソコンに向かって作業をしている。時折、彼女はSNSをチェックし、小さな溜息をついている。
(彼女も、承認スタンプ集めに疲れているのかな…)
僕は、ふと、昔のことを思い出した。高校時代、僕は美術部に所属していた。決して上手い絵を描けるわけではなかったが、仲間たちと切磋琢磨し、自由に創作活動を楽しんでいた。小さな個展を開けば、先生や友人たちが感想を言ってくれ、それが何よりも嬉しかった。
あの頃は、SNSもなかったし、承認スタンプという概念もなかった。ただ、自分の作品が誰かに届くことが嬉しかった。狭いコミュニティの中で、自分の居場所を見つけ、自信を培っていたのだ。
その時、僕は気づいた。承認スタンプは、あくまでも外部からの評価に過ぎない。本当に大切なのは、自分自身が自分の価値を認めることだ。他人の評価に左右されるのではなく、自分の内なる声に耳を傾け、自分が納得できるものを作り上げることこそが、重要なのではないか。
僕は、企画書の最初のページを開いた。そして、自分の言葉で、企画の意義を書き始めた。部長を納得させるためではなく、自分が本当に実現したいことを表現するために。
翌日、僕は再び部長に企画書を提出した。今度は、自信を持って説明することができた。部長は、僕の熱意を感じ取ったのか、今回はすんなりと承認印を押してくれた。
「山田君、よく頑張ったね。この企画、期待しているよ」
部長の言葉は、僕にとって最高の承認スタンプだった。それは、SNSの「いいね!」とは比べ物にならない、重みと価値のあるものだった。
家に帰り、僕は久しぶりに絵を描いた。下手でもいい。誰に見せるわけでもない。ただ、自分が描きたいものを、自由に描いた。絵筆を握る感触、色の混ざり具合、そして、完成した絵を見た時の達成感。それは、承認スタンプとは全く違う、自分自身を満たす喜びだった。
2026年1月23日。僕は、満員電車の中で、今日もイヤホンの音漏れに悩まされている。しかし、以前ほどイライラしなくなった。なぜなら、僕は、もう承認スタンプに依存していないからだ。自分の価値は、他人が決めるものではない。自分自身で創造していくものだと、知ったから。
僕は、スマホを閉じ、窓の外を眺めた。雨上がりの空には、虹がかかっている。それは、僕にとって、自分自身へのご褒美のような、美しい風景だった。そして、僕は、心の中で呟いた。
「今日も、一日、頑張ろう」
(結末部 – 余韻を残す締めくくり)
承認スタンプは、現代社会の縮図だ。SNSで可視化された承認欲求は、時に私たちを惑わせ、本来の自分を見失わせる。しかし、承認スタンプに頼らず、自分の内なる声に耳を傾け、自分が納得できるものを作り上げることこそが、大切なのではないだろうか。
雨上がりの虹のように、努力の先に待つ達成感は、何物にも代えがたい喜びを与えてくれる。そして、その喜びこそが、私たちを成長させ、自信を与えてくれるのだ。
承認スタンプに踊らされることなく、自分自身の価値を信じて、前に進んでいきたい。2026年の冬、僕はそう心に誓った。そして、その誓いは、きっと2027年、2028年…と、未来へと繋がっていくと信じている。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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