📝 この記事のポイント
- 雪じゃん」 オフィスビルの窓から外を眺めながら、僕は思わず声に出した。
- 隣の席のミキちゃんが、「え、どこどこ?」と身を乗り出してくる。
- 降ってるの、見える?」 ミキちゃんは目を凝らして、「あー、ほんとだ!なんかロマンチック〜」と、まるで少女のような反応を見せた。
2026年1月21日。東京は、珍しく雪がちらついていた。
導入部
「うわ、マジか。雪じゃん」
オフィスビルの窓から外を眺めながら、僕は思わず声に出した。隣の席のミキちゃんが、「え、どこどこ?」と身を乗り出してくる。
「ほら、あそこ。降ってるの、見える?」
ミキちゃんは目を凝らして、「あー、ほんとだ!なんかロマンチック〜」と、まるで少女のような反応を見せた。
ロマンチック、か。僕にとっては、ただの憂鬱の種でしかない。雪の日の満員電車を想像するだけで、胃が痛くなる。特に今日は、プレゼンの資料作りで徹夜明けだ。
「今日、定時で帰れるかな…」
呟いた僕に、ミキちゃんは笑いながら、「そんなこと言ってないで、早く終わらせて飲みに行きましょうよ!雪見酒、最高じゃないですか!」
雪見酒、か。悪くないな、と思いつつ、現実に引き戻される。資料は山積み、クライアントからの修正依頼も溜まっている。理想と現実のギャップに、僕はため息をついた。
「まあ、頑張るよ…」
席に戻り、パソコンに向かう。画面には、膨大な数字とグラフが並んでいる。僕は、マーケティングリサーチ会社でアナリストとして働いている。日々、データと数字に囲まれ、人々の行動パターンを分析している。
最近、僕は「敬老パス」の利用状況に関するデータを分析していた。横浜市が公開しているデータで、高齢者の公共交通機関利用を支援するための制度だ。そのデータの中に、異質な数値を見つけた。年間5000回以上も敬老パスを利用している人がいるというのだ。
年間5000回。単純計算で、1日に13回以上も公共交通機関を利用していることになる。日常的な通院や買い物だけでは、到底説明がつかない数字だ。その人は一体、何をしているのだろうか。
展開部
僕は、その異常値に興味を持った。なぜ、そんなにも敬老パスを利用するのだろうか。通勤?いや、高齢者が毎日通勤するとは考えにくい。娯楽?しかし、毎日毎日、どこに出かけるのだろうか。不正利用?それも可能性としてはあり得るが、年間5000回も不正利用するのは、リスクが高すぎる。
僕は、その人の行動パターンを解明するために、他のデータも分析してみた。利用時間帯、利用区間、利用頻度…様々な角度からデータを掘り下げていくうちに、ある仮説が浮かび上がってきた。
その人は、特定の路線を、何度も往復しているのではないか。
同じ路線を、何度も往復する。それは、まるでメトロノームのように、規則正しいリズムを刻んでいる。しかし、なぜ?
僕は、その仮説を検証するために、その人がよく利用する路線を実際に訪れてみることにした。雪が降りしきる中、僕は横浜へと向かった。
その路線は、横浜駅から少し離れた、下町情緒あふれる場所を走っていた。駅を降りると、古い商店街が広がっている。昔ながらの喫茶店、小さな八百屋、そして、どこか懐かしい雰囲気の銭湯。そんな風景が、僕の目に飛び込んできた。
僕は、その商店街を歩きながら、その人の姿を探した。しかし、それらしき人物は見当たらない。途方に暮れかけた時、あることに気づいた。
商店街の入り口にあるベンチに、高齢の女性が座っているのだ。その女性は、じっと一点を見つめ、まるで時間が止まっているかのように、微動だにしない。
僕は、その女性に近づき、声をかけてみた。
「あの、すみません…」
女性は、ゆっくりと顔を上げ、僕を見た。その目は、どこか虚ろで、焦点が合っていないようだった。
「何か、御用ですか?」
女性の声は、かすれていて、聞き取りづらかった。
「いえ、ちょっとお伺いしたいことがありまして…」
僕は、敬老パスのことを話し、その人がよく利用する路線について尋ねてみた。女性は、少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「ああ、あのパスのことですか。私も持っていますよ」
女性は、そう言うと、バッグから敬老パスを取り出した。そのパスは、使い込まれていて、少し擦り切れていた。
「私は、毎日、この路線を往復しているんです」
転換部
僕は、驚いて女性に尋ねた。
「なぜ、毎日、同じ路線を往復するんですか?」
女性は、少し悲しそうな表情で、こう答えた。
「夫が、この近くで事故で亡くなったんです。それから、毎日、夫が最後に通った道を、辿っているんです」
僕は、言葉を失った。年間5000回という異常な数字の裏には、深い悲しみと、愛する人を失った喪失感があったのだ。
女性は、静かに語り続けた。
「私は、夫がいない世界で、生きていく意味を見つけられずにいます。でも、この路線を往復することで、少しだけ、夫との繋がりを感じられるんです」
僕は、その言葉を聞いて、胸が締め付けられるような思いがした。僕は、データと数字にばかり目を向けて、その裏にある人々の感情や物語を、見落としていたのだ。
僕は、女性に深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。余計なことをお聞きして…」
女性は、優しく微笑みながら、こう言った。
「いいえ、気にしないでください。あなたも、きっと、何かを求めて、ここに辿り着いたのでしょうから」
僕は、女性の言葉に、ハッとさせられた。僕は、一体、何を求めて、ここに辿り着いたのだろうか。
僕は、データ分析を通じて、人々の行動パターンを解明しようとしていた。しかし、本当に知りたかったのは、人々の心の奥底にある感情や、生きる意味だったのかもしれない。
結末部
雪は、いつの間にか止んでいた。僕は、商店街を後にし、横浜駅へと向かった。
帰り道の電車の中で、僕は、窓の外を眺めていた。街の灯りが、雪に反射して、キラキラと輝いている。
僕は、敬老パスのデータ分析を通して、現代社会の複雑さ、そして、人々の心の奥底にある感情に触れた。データは、あくまでもデータであり、その裏には、様々な人生の物語が隠されている。
僕は、これからも、データ分析を通じて、社会の動向を捉え、人々のニーズに応えていきたい。しかし、同時に、データだけでは見えない、人々の心の奥底にある感情や物語にも、目を向けていきたい。
僕は、ふと、自分の胸に手を当てた。そこには、まだ、メトロノームのように、規則正しいリズムを刻む何かが残っている。それは、仕事への情熱かもしれないし、未来への希望かもしれない。あるいは、過去の記憶や、失ったものへの未練かもしれない。
僕は、そのメトロノームの音に耳を傾けながら、ゆっくりと目を閉じた。そして、かすかに笑みを浮かべた。
2026年1月21日。雪は止んだが、僕の心の中には、いつまでも消えない、温かい光が灯っていた。それは、まるで、遠い昔に亡くなった祖母が、優しく微笑みかけてくれているような、そんな気がした。
いつか、僕も、敬老パスを手にする日が来るのだろうか。その時、僕は、どこへ向かうのだろうか。そして、誰を想うのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は、眠りについた。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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