📝 この記事のポイント
- 東京の通勤電車は、今日も押し寿司のように人々をぎゅうぎゅう詰めにしていた。
- 私はその中で、いつものようにイヤホンから流れる音楽に意識を集中させ、現実逃避を図っていた。
- ぼんやりと考えながら、ふと、数日前にSNSで目にした議論を思い出した。
2026年1月21日。東京の通勤電車は、今日も押し寿司のように人々をぎゅうぎゅう詰めにしていた。私はその中で、いつものようにイヤホンから流れる音楽に意識を集中させ、現実逃避を図っていた。
今日のランチは何にしようか。ぼんやりと考えながら、ふと、数日前にSNSで目にした議論を思い出した。「刺身で白米、あり?なし?」という、一見すると平和に見える、しかしネットの海では激しい論争を巻き起こす類の問いかけだ。
私は、正直に言うと、「なし」派だ。
いや、正確には「積極的にあり!とは言えない」派、とでも言おうか。刺身は刺身だけで、その繊細な旨味をじっくりと味わいたい。醤油とワサビをほんの少しつけて、舌の上でとろけるような食感を楽しむ。それが私の刺身に対する儀式のようなものなのだ。
白米と合わせると、その繊細さが打ち消されてしまう気がする。米の甘みと刺身の旨味が喧嘩してしまうような、そんな感覚があるのだ。もちろん、海鮮丼は別だ。酢飯の酸味とネタの相性は抜群だし、あれはあれで独立した料理として成立している。
職場に着き、いつものようにコーヒーを淹れる。今日のプロジェクトは、AIを活用した顧客分析ツールの開発だ。2026年ともなると、AIはもはや生活の一部。私たちの仕事も、AIによって大きく変化している。
「おはようございます!」
明るい声が響き、部署のムードメーカー的存在である後輩のユイが入ってきた。ユイは、いつも笑顔を絶やさず、誰とでもすぐに打ち解ける、太陽のような存在だ。
「おはようございます、先輩!今日のランチ、どうします?」
ユイは私の顔を見るなり、そう尋ねてきた。
「うーん、まだ決めてないけど…」
「あ、そういえば、昨日SNSで見たんですけど、刺身と白米って、合うと思います?」
ユイが、まるで私の思考を読んだかのように、あの話題を持ち出してきた。
「え?あー…、私はあんまり…かな」
正直に答えると、ユイは目を丸くした。
「えー!信じられない!私、めちゃくちゃ合うと思います!特に、アジとか、イワシとか!熱々のご飯に乗せて、醤油をちょっとかけて、もう最高じゃないですか!」
ユイは興奮気味に語る。彼女の表情を見ていると、本当に心からそう思っているのが伝わってくる。
「そっか…、ユイはそう思うんだね」
私は、自分の意見を押し付けるつもりはなかったので、そう答えるしかなかった。
昼休み、私たちはいつものように会社の近くにあるカフェに行った。ユイは迷わず、日替わりランチの焼き魚定食を注文した。
「やっぱり、魚には白米ですよね!」
ユイはそう言いながら、美味しそうにご飯を頬張っている。その姿を見ていると、なんだか私の考え方が狭いような気がしてきた。
「ねえ、ユイ。なんでそんなに白米と魚が好きになったの?」
私は、ふと疑問に思い、そう尋ねてみた。
ユイは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「小さい頃、おばあちゃんがよく作ってくれたんです。新鮮な魚を焼いて、炊き立ての白米と一緒に食べるのが、私の毎日の楽しみだったんです。おばあちゃんの愛情が詰まったご飯は、本当に美味しくて…」
ユイの言葉を聞いて、私はハッとした。刺身と白米の相性なんて、結局は個人の好みや、育ってきた環境、思い出といったものが大きく影響するのではないか。
夕方、仕事が一段落し、私は一人で近所のスーパーに立ち寄った。鮮魚コーナーには、新鮮なアジが並んでいる。
(…試しに、アジを買ってみるか)
私は、思い切ってアジを数匹手に取り、レジに向かった。
その日の夜、私は生まれて初めて、アジの刺身を熱々のご飯に乗せて、食べてみた。
最初は、やはり違和感があった。刺身の繊細な旨味が、ご飯の甘みに邪魔されているような、そんな気がした。
しかし、食べ進めていくうちに、少しずつ、その感覚が変わってきた。アジの旨味と、ご飯の甘みが、互いに引き立てあっているような、そんな気がしてきたのだ。
特に、醤油をほんの少しつけた瞬間、口の中に広がる香ばしさと旨味は、今まで味わったことのないものだった。
(…悪くないかも)
私は、そう思った。
2026年、AIは私たちの生活を便利にする一方で、人間関係を希薄にする可能性も秘めている。SNSでの議論は、時に人を傷つけ、分断を深める。
しかし、ユイとの会話を通して、私は改めて、他者の意見に耳を傾けることの大切さを学んだ。自分の価値観だけで判断するのではなく、相手の背景や感情を理解しようと努めること。それが、AIには決してできない、人間ならではのコミュニケーションなのだと思う。
食わず嫌いだったアジと白米の組み合わせを受け入れたように、私も、もっと柔軟な思考で、多様な価値観を受け入れていきたい。
2026年1月21日。私は、白米と刺身の距離感を通して、現代社会におけるコミュニケーションのあり方について、深く考えさせられた。
あの日のアジの味は、きっと、一生忘れないだろう。それは、単なる食事の記憶ではなく、私自身の成長の証として、心に刻まれたのだから。
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※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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