空気感染する諦念について

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📝 この記事のポイント

  • 都心に向かう満員電車の中で、僕はスマホを握りしめていた。
  • 画面に映るのは、最近始めたばかりのポッドキャストの再生画面。
  • イヤホンから流れる穏やかな声は、「相手の立場を理解し、共感することが大切です」と説いている。

2026年1月21日。都心に向かう満員電車の中で、僕はスマホを握りしめていた。画面に映るのは、最近始めたばかりのポッドキャストの再生画面。テーマは「職場の人間関係改善」。イヤホンから流れる穏やかな声は、「相手の立場を理解し、共感することが大切です」と説いている。

共感、ね。

僕は苦笑した。共感なんて言葉は、まるで空中に漂うウイルスみたいだ。感染すれば楽になれるかもしれないけど、抵抗力のない人ほど重症化する。

僕の職場、正確には中小企業のマーケティング部門は、まさにそのウイルスが蔓延している状態だった。発端は、うちの部署の古株、佐藤さんの言動に対する苦情が、上層部に届いたことだった。

佐藤さんは、とにかく仕事ができる。効率化オタクと言ってもいいくらいで、無駄を徹底的に排除しようとする。しかし、そのやり方が、時に周囲を傷つける。会議での厳しい指摘、容赦ないダメ出し。彼の正論は、いつも鋭利なナイフのように、僕たちの心を抉っていった。

僕は佐藤さんのことを、嫌いではなかった。むしろ、尊敬していた。彼の言うことは、間違っていない。ただ、言い方が問題なのだ。だから、僕は彼を擁護してきた。会議で彼の言葉をフォローしたり、後で個別に相手を励ましたり。

しかし、限界が来た。先週、部長に呼び出された僕は、こう告げられた。「佐藤さんの言動が、一部社員から問題視されている。改善するように伝えてほしい」と。

僕は、正直に言った。「佐藤さんは、より良くするためにやっているんです。好かれるためにやっているわけではありません」

部長は、静かに僕を見た。その表情は、どこか諦めを含んでいた。まるで、もう佐藤さんを庇うつもりはない、と言っているかのようだった。

その日の帰り道、僕は近所のカフェに立ち寄った。窓際の席に座り、カフェラテを啜る。外は小雨が降っていて、街路樹が濡れて光っていた。

僕は、あの時の部長の表情を思い出していた。諦め。それは、まるで空気感染するウイルスのように、僕の心にも侵入してくる。

佐藤さんは、自分のやり方を絶対に曲げない。彼は、自分の正しさを信じている。それは、ある意味で素晴らしいことだ。しかし、組織で生きるということは、必ずしも正しさだけでは通用しない。時には、妥協も必要だし、空気を読むことも重要になる。

僕は、佐藤さんにそれを伝えようとした。しかし、彼は聞く耳を持たなかった。「そんなことよりも、成果を出すことが大事だ」と彼は言う。

確かに、成果は大事だ。しかし、成果だけでは、人は動かない。人は、感情で動く生き物だ。だから、職場の雰囲気づくりも、仕事の一部なのだ。

僕がそう考えていると、隣の席に若い女性が座った。彼女は、スマホで誰かとメッセージをやり取りしている。時折、顔をしかめたり、ため息をついたりしている。どうやら、仕事の愚痴をこぼしているようだ。

僕は、彼女の姿を見て、自分の状況と重ね合わせた。僕も、彼女も、現代社会の歪みの中で、もがいているのだ。

SNSを開くと、タイムラインには、キラキラした投稿が溢れている。成功者の自慢話、リア充の旅行写真。それらを見ていると、自分が取り残されているような気がしてくる。

しかし、現実世界は、そんなに甘くない。人間関係の悩み、仕事のプレッシャー、将来への不安。僕たちは、常に何かに追われているような気がしている。

僕は、カフェラテを飲み干した。少しだけ、心が軽くなったような気がした。

翌日、僕は佐藤さんに、もう何も言わなかった。彼のやり方を見守ることにした。それは、諦めにも似た感情だった。

数日後、佐藤さんのチームから、また苦情が出た。今度は、かなり深刻な内容だった。佐藤さんの厳しい指導が、パワハラに当たるのではないか、というのだ。

部長は、佐藤さんを呼び出し、厳重注意した。佐藤さんは、反論したが、部長は聞き入れなかった。

僕は、その様子を遠くから見ていた。佐藤さんの顔は、悔しさで歪んでいた。

その時、僕は気づいた。諦めは、連鎖する。部長が佐藤さんを諦めたように、僕も佐藤さんを諦め、そして、佐藤さんもまた、何かを諦めようとしている。

その夜、僕は、久しぶりに学生時代の友人、健太に電話をした。健太は、今は地方の小さな町で、小学校の教師をしている。

「最近、どう?」と僕は聞いた。

「まあ、ぼちぼちだよ。でも、子どもたちは、本当に可愛いよ」と健太は言った。

「都会は、どうなの?」と健太は聞いてきた。

「相変わらず、忙しいよ。人間関係も、色々あるし」と僕は答えた。

「都会は、大変だな。でも、頑張って」と健太は言ってくれた。

健太との電話を切った後、僕は、少しだけ救われたような気がした。健太は、僕のことを、何も諦めていない。

僕は、もう一度、ポッドキャストを聴いた。今度は、別のエピソードを選んだ。テーマは「自己肯定感を高める方法」

イヤホンから流れる声は、「自分の良いところを見つけ、それを認めてあげることが大切です」と説いている。

僕は、自分の良いところを探してみた。真面目なところ、責任感があるところ、人を思いやれるところ。

でも、一番良いところは、諦めないところかもしれない。

僕は、まだ諦めたくない。

翌朝、僕は、佐藤さんに声をかけた。「何か、困ったことがあれば、いつでも相談してください」と。

佐藤さんは、少し驚いたような顔をした。そして、小さく「ありがとう」と言った。

僕は、佐藤さんと、また少しだけ、繋がることができたような気がした。

そして、僕は、自分の仕事に戻った。今日も、また、満員電車に揺られながら。

2026年1月21日。僕は、まだ、諦めていない。空気に感染する諦念に、抵抗しながら、今日も、僕は生きている。

会社の帰り道、ふと空を見上げると、雨上がりの空に、うっすらと虹がかかっていた。それは、まるで、希望の光のようだった。

僕は、その虹を写真に撮り、SNSにアップした。

そして、一言添えた。「明日は、きっと、良い日になる」

その投稿には、たくさんの「いいね!」が付いた。

僕は、少しだけ、勇気づけられた。

諦めないこと。それが、僕の生きる道だ。

たとえ、空気に感染する諦念が蔓延している世界でも、僕は、希望を捨てずに、生きていく。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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