📝 この記事のポイント
- — 朝のラッシュアワーの電車は、いつもと変わらず圧縮された情報空間だ。
- スマホの画面に映るニュースのヘッドライン、隣のサラリーマンのネクタイの柄、目の前の女子高生のイヤホンから漏れる曖昧なメロディ。
- すべてが雑多に混ざり合い、僕の意識を少しずつ鈍麻させていく。
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朝のラッシュアワーの電車は、いつもと変わらず圧縮された情報空間だ。スマホの画面に映るニュースのヘッドライン、隣のサラリーマンのネクタイの柄、目の前の女子高生のイヤホンから漏れる曖昧なメロディ。すべてが雑多に混ざり合い、僕の意識を少しずつ鈍麻させていく。2026年1月19日、新型ウイルスの変異株が再び猛威を振るい始め、政府は三度目の緊急事態宣言の発令を検討している、というニュースが、一際大きく目に飛び込んできた。
ため息をつきながら、僕はSNSを開いた。タイムラインには、友人たちの楽しそうな日常が溢れている。旅行の写真、美味しそうな料理の写真、恋人とのツーショット。まるで違う世界線にいるかのような錯覚に陥る。ふと、目に留まったのは、共通の友人がシェアしていた記事だった。「分かるヒトには分かる聖地」の写真を見たヒトから「女々しくて」「あぶない刑事」ほか、様々な聖地情報がぞくぞく集結、という見出しが躍っていた。
記事を読んでみると、どうやらある場所が、特定の世代にとって特別な意味を持つ“聖地”として認識されているらしい。その場所を訪れた人たちが、それぞれの思い出や感情をSNSに投稿し、共感を呼び起こしているという。僕は記事を読み終え、なんとなくその“聖地”という言葉に引っかかりを覚えた。
会社に着き、いつものようにデスクに向かう。目の前には、未処理の書類が山積みにされている。僕は深呼吸をして、一つずつ片付けていく。仕事に集中している間は、現実の憂鬱を忘れられる。しかし、休憩時間になると、どうしてもSNSを開いてしまう。まるで義務のように、友人たちの投稿をチェックし、いいねを押す。その度に、自分の人生が停滞しているような感覚に襲われる。
昼休み、いつものカフェでランチを済ませていると、同僚のユミが話しかけてきた。「ねえ、知ってる? あの“聖地”の記事、話題になってるよね」ユミは僕と同じ20代後半で、流行に敏感なタイプだ。「私も行ってみようかなって思ってるんだ。なんか、懐かしい気持ちになるっていうか」
僕は曖昧に微笑んだ。「そうなんだ。僕はあんまり興味ないかな」と答えたものの、内心では少し複雑な気持ちだった。ユミは常に新しいものに興味を持ち、積極的に行動する。それに比べて、僕はいつも現状維持に甘んじている。そんな自分に、少し嫌気がさしていた。
その日の夜、僕は久しぶりに大学時代の友人、ケンジと飲みに行くことにした。ケンジは昔から音楽が好きで、バンド活動をしていた。卒業後、彼は音楽の道を諦め、普通の会社員になったが、今でも音楽への情熱を失っていない。
居酒屋でビールを飲みながら、近況を報告し合った。ケンジは最近、昔のバンド仲間と再会し、再び音楽活動を始めたらしい。「やっぱり、音楽は最高だよ。あの頃の気持ちが蘇ってくるんだ」と、彼は目を輝かせながら語った。
ケンジの話を聞いているうちに、僕の心にも少しずつ変化が表れた。彼は過去の思い出に浸っているのではなく、過去の経験を糧にして、新しい一歩を踏み出そうとしている。僕も何か、過去の自分と繋がれるものを見つけたい。
「そういえば、ケンジは何か“聖地”みたいな場所ってある?」と、僕は尋ねてみた。ケンジは少し考えてから、「あるよ」と答えた。「僕らにとっての“聖地”は、大学の近くにあったライブハウスだ。そこで初めてライブをした時の感動は、今でも忘れられない」
ケンジの話を聞いて、僕はあの“聖地”の記事を思い出した。もしかしたら、僕にとっても、特別な場所があるのかもしれない。僕は、過去の自分と向き合うために、その場所を探してみることにした。
数日後、僕はあの“聖地”と呼ばれる場所を訪れた。夜になり、ライトアップされたその場所は、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。記事で見た写真よりも、ずっと美しく、そして神秘的だった。
僕は、その場所をゆっくりと歩き回った。そこには、様々な時代の痕跡が残されていた。古い看板、落書き、剥がれかけたポスター。それらはすべて、その場所の歴史を物語っていた。
僕は、その場所を訪れている人たちを観察した。若いカップル、年配の夫婦、一人で写真を撮っている女性。彼らはそれぞれ、異なる目的を持って、その場所を訪れているようだった。しかし、彼らの表情は皆、穏やかで、幸せそうだった。
僕は、その場所の片隅に座り込み、目を閉じた。すると、様々な記憶が蘇ってきた。小学生の頃、友達と秘密基地を作ったこと。中学生の頃、初めて恋をしたこと。高校生の頃、将来の夢を語り合ったこと。それらの記憶はすべて、僕の人生にとって大切な宝物だった。
僕は、目を開けた。目の前には、美しい夜景が広がっていた。僕は、深呼吸をして、過去の自分に感謝した。そして、未来の自分にエールを送った。僕は、この場所を訪れたことで、過去の自分と繋がり、未来への希望を見出すことができた。
“聖地”とは、単なる場所ではない。それは、私たちの心の奥底にある、大切な記憶を呼び覚ますためのきっかけなのだ。そして、その記憶は、私たちを過去と未来へと繋ぎ、人生を豊かにしてくれる。
あの日から数週間後、僕はユミにあの“聖地”の感想を聞いてみた。「すごく良かったよ!」と、彼女は興奮気味に語った。「私も、昔の自分を思い出すことができたし、新しい発見もあった。行って本当に良かった」
僕は微笑んだ。「そうか。それは良かったね」と答えた。ユミの言葉を聞いて、僕は自分の変化を改めて実感した。以前の僕は、他人の成功を妬み、自分の現状に不満を抱いていた。しかし、今は違う。僕は、他人の幸せを心から祝福し、自分の人生を前向きに生きようとしている。
ケンジとは、その後も何度か飲みに行った。彼は、バンド活動を精力的に続けている。そして、僕もまた、新しい趣味を見つけた。それは、写真だ。僕は、街の風景や人々の表情を写真に撮り、SNSに投稿している。
僕の写真は、少しずつフォロワーを増やし、共感を呼ぶようになった。そして、僕は写真を通じて、様々な人々と繋がることができた。
ある日、僕はSNSで、あの“聖地”の写真を見つけた。それは、僕が以前に投稿した写真だった。写真には、「この場所を訪れて、人生が変わりました」というコメントが添えられていた。
僕は、そのコメントを読んで、胸が熱くなった。僕の写真は、誰かの人生に影響を与えることができたのだ。僕は、自分の写真を通じて、人々に希望を与え、勇気づけることができる。
僕は、これからも写真を撮り続けるだろう。そして、写真を通じて、多くの人々と繋がり、共に成長していきたい。
2026年1月19日、あの記事を見た日から始まった、僕の“聖地巡礼”は、まだ終わっていない。それは、過去と未来を繋ぎ、人生を豊かにするための、終わりのない旅なのだ。そして、その旅は、僕を新しい自分へと導いてくれるだろう。電車内のアナウンスが、次の駅を告げた。僕はスマホを閉じ、窓の外に広がる街並みを眺めた。今日もまた、新しい一日が始まる。そして、僕の人生は、今日もまた、少しずつ変化していく。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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