📝 この記事のポイント
- 日曜日の午後、都内を走る半蔵門線は、週末の喧騒を吸い込んだスポンジのように、どこか湿っぽい空気をまとっていた。
- 僕は窓際に寄りかかり、ぼんやりと広告を眺めていた。
- 脱毛サロン、転職エージェント、そしてAI英会話アプリ。
2026年1月18日。日曜日の午後、都内を走る半蔵門線は、週末の喧騒を吸い込んだスポンジのように、どこか湿っぽい空気をまとっていた。僕は窓際に寄りかかり、ぼんやりと広告を眺めていた。脱毛サロン、転職エージェント、そしてAI英会話アプリ。どれもが、僕の現状を的確に射抜いているようで、少し居心地が悪かった。
最近、仕事に対するモチベーションが著しく低下していた。IT企業で働く僕は、毎日同じようなコードを書き、同じような会議に出席し、同じような弁当を食べる。まるでベルトコンベアに乗せられた部品のように、ただひたすら時間を消費しているような感覚に陥っていた。
そんな状況を打破しようと、僕は藁にもすがる思いで、ある「裏技」を試していた。それは、ネットで見つけた「軍事訓練動画」を作業中に流すというものだった。動画の内容は、兵士たちが厳しい訓練に耐え、命令に従い、目標を達成するためにひたすら努力する様子を映し出したものだった。
最初は半信半疑だった。こんなものが本当に効果があるのか?と。しかし、実際に試してみると、驚くほど集中力が増した。兵士たちの真剣な表情、鍛え上げられた肉体、そして何よりも、彼らの目指す「任務遂行」という明確な目標が、僕の怠惰な心に火をつけたのだ。
まるで、背後に監視カメラが設置されたかのように、僕はキーボードを叩く手を止められなくなった。無駄なネットサーフィンやSNSのチェックも減り、気がつけば、定時までにタスクを終わらせることが当たり前になっていた。
「これはすごい…」
僕は、その効果に驚嘆した。しかし、同時に、ある種の違和感も感じ始めていた。
カフェで作業をしていたある日のこと。いつものように、イヤホンから軍事訓練動画を流しながら、僕はコードを書いていた。周りには、コーヒーを片手に談笑するカップル、パソコンに向かって黙々と作業する学生、そして、窓の外を眺めながら物思いにふける老人がいた。
彼らは、それぞれが自分の世界に没頭し、自分の時間を過ごしている。そんな当たり前の光景を眺めているうちに、僕はふと、自分のしていることの意味を考え始めた。
なぜ、僕はこんなにも必死に、仕事に打ち込もうとしているのだろう?
軍事訓練動画は、確かに僕の集中力を高めてくれた。しかし、それは同時に、僕から「考える時間」を奪っていたのかもしれない。まるで、命令に従う兵士のように、ただひたすらタスクをこなすことに集中し、自分が本当に何をしたいのか、何のために働いているのか、という問いを置き去りにしているような気がした。
僕は、イヤホンを外した。軍事訓練動画の音が止まり、カフェの喧騒が耳に飛び込んできた。周りの人々の声、コーヒーを淹れる音、食器が触れ合う音。それらは、僕が今まで意識していなかった、日常の音だった。
僕は、深呼吸をした。そして、パソコンを閉じた。
その日の帰り道、僕は、近所の花屋に立ち寄った。そして、小さな観葉植物を買った。サンスベリアという、空気清浄効果のある植物だった。
家に帰り、僕は、そのサンスベリアをデスクの上に置いた。緑色の葉が、殺風景な部屋に、わずかながらも潤いを与えてくれた。
その夜、僕は、軍事訓練動画を流すのをやめた。代わりに、静かな音楽をかけ、ゆっくりと読書をした。
本の内容は、哲学者のアランが書いた「幸福論」だった。アランは、幸福は、与えられるものではなく、自分自身でつくり出すものだと説いている。幸福は、困難に立ち向かい、目標を達成することで得られるものではなく、日常の些細な出来事の中にこそ、隠されているのだと。
僕は、アランの言葉を読みながら、自分のこれまでの生き方を振り返った。僕は、常に「効率」や「成果」を追い求め、自分の内なる声に耳を傾けてこなかったのかもしれない。まるで、ベルトコンベアに乗せられた部品のように、ただひたすら時間を消費し、自分が本当に何をしたいのか、何のために生きているのか、という問いを置き去りにしていたのかもしれない。
しかし、アランの言葉は、僕に新たな視点を与えてくれた。幸福は、遠い場所にあるものではなく、すぐそばにある。日常の些細な出来事の中にこそ、隠されているのだと。
翌日、僕は、会社に行く前に、サンスベリアに水をやった。緑色の葉は、昨日よりも少しだけ生き生きとしているように見えた。
オフィスに着くと、僕は、いつものようにパソコンを立ち上げた。そして、軍事訓練動画の代わりに、カフェで録音した環境音を流した。
周りのキーボードを叩く音、電話のベル、そして、同僚たちの話し声。それらは、僕が今まで意識していなかった、職場の音だった。
僕は、深呼吸をした。そして、コードを書き始めた。
軍事訓練動画のような劇的な効果はないかもしれない。しかし、カフェの環境音は、僕に、日常の穏やかさを思い出させてくれた。そして、自分が今、ここにいることの意味を、少しだけ理解させてくれた。
僕は、時々、デスクの上のサンスベリアに目をやった。緑色の葉は、僕に、常に成長し続けることの大切さを教えてくれているように感じた。
2026年1月18日から、数週間が経った。僕は、まだ、完璧に「幸福」を手に入れたわけではない。しかし、少なくとも、以前よりも、自分の内なる声に耳を傾けることができるようになった。
僕は、時々、カフェに行き、コーヒーを飲みながら、窓の外を眺める。周りの人々の声、コーヒーを淹れる音、食器が触れ合う音。それらは、僕にとって、かけがえのない日常の音となった。
そして、僕は、自分の人生というベルトコンベアから、そっと降りることを決意した。
春が近づき、都内の桜並木は、蕾を膨らませ始めていた。僕は、会社を辞め、フリーランスのプログラマーとして独立することを決めた。
もちろん、不安もある。安定した収入を失うこと、自分で仕事を探さなければならないこと、そして、孤独と戦わなければならないこと。
しかし、それ以上に、僕は、自分の可能性を試してみたいという強い思いがあった。自分の興味のある分野に挑戦し、自分のペースで仕事をし、そして、自分の内なる声に耳を傾けながら、生きていきたい。
僕は、桜並木を歩きながら、深呼吸をした。そして、空を見上げた。
空は、どこまでも青く、そして、広く、僕を迎え入れてくれるようだった。
僕の監視カメラは、もう、どこにもない。ただ、観葉植物だけが、僕のそばで、静かに成長を続けている。そして、僕自身もまた、ゆっくりと、しかし確実に、新しい自分へと成長していくのだろう。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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