📝 この記事のポイント
- いつものように、都心のカフェでラテをすすりながらスマホをいじっていた。
- 画面には、友人たちがアップした週末のスキー旅行の写真が流れてくる。
- 指先で画面をスクロールするたび、無意識にため息をついている自分に気づく。
2026年1月17日。いつものように、都心のカフェでラテをすすりながらスマホをいじっていた。画面には、友人たちがアップした週末のスキー旅行の写真が流れてくる。眩しい雪景色と、楽しそうな笑顔。指先で画面をスクロールするたび、無意識にため息をついている自分に気づく。
最近、どうも調子が悪い。体調が、というわけではない。もっとこう、心の奥底にある何かが、じわじわと錆び付いているような感覚。デジタルデトックスでも試すべきか、とぼんやり考えながら、カフェの窓の外に目をやった。
灰色の空から、ちらほらと雪が舞い落ちてくる。東京では珍しい雪景色に、一瞬だけ心が奪われた。でも、すぐに現実に引き戻される。明日の朝は、電車が遅延するだろう。転ばないように気をつけないと。そんなことばかり考えてしまう自分が、嫌になる。
ふと、スマホに表示されたニュースアプリの見出しが目に留まった。「記録的な暖冬、各地で除雪作業に影響」。
除雪。その言葉を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのは、実家のじいちゃんの姿だった。
じいちゃんは、長野県の山奥にある小さな村で生まれ育った。子供の頃からずっと、雪と向き合って生きてきた人だ。冬になると、毎朝早く起きて、家の周りの雪かきをするのが日課だった。スコップを手に、黙々と雪を掻き出すじいちゃんの背中は、幼い頃の私にとって、とても大きく、頼もしいものだった。
私が高校生の頃、村に除雪機が導入された。じいちゃんは、嬉しそうに除雪機の講習会に参加し、すぐに操作をマスターした。それからというもの、じいちゃんは、村の除雪隊の一員として、冬の間、除雪機を操縦するようになった。
「じいちゃん、すごいね!」私がそう言うと、じいちゃんは照れ臭そうに笑って、「雪国の人間は、雪と仲良く付き合っていかないと、生きていけないんだ」と答えた。
東京に出てきてから、雪と触れ合う機会はめっきり減った。年に数回、スキーに行く程度だ。それでも、冬になると、じいちゃんのことを思い出す。あの雪国の厳しい冬を、じいちゃんは今も乗り越えているのだろうか。
ニュースアプリの見出しをタップすると、記事が表示された。内容は、予想通り、深刻な人手不足についてだった。高齢化が進み、除雪作業を担う人が減っている。若者は、都会に出て行ってしまい、なかなか戻ってこない。除雪作業は、重労働で、夜間勤務も多い。そんな仕事は、今の若い世代には敬遠されがちだ。
記事を読み進めていくうちに、胸の奥がざわつき始めた。これは、他人事ではない。じいちゃんが、そして、じいちゃんの故郷が抱えている問題なのだ。
カフェを出て、駅に向かった。電車の中で、改めてスマホを取り出し、じいちゃんに電話をかけた。
「もしもし、じいちゃん?元気?」
電話口から聞こえてきたのは、いつもの優しいじいちゃんの声だった。「ああ、元気だよ。そっちはどうだ?」
「こっちは、まあまあかな。東京は、雪がちらほら降ってるよ」
「雪か。こっちは、もう毎日だよ。今年は、雪が多いから大変だ」
「除雪、頑張ってる?」
「ああ、なんとかね。でも、最近は、体がきつくなってきたよ。周りのみんなも、歳だからね。若い人がもっと手伝ってくれればいいんだけど…」
じいちゃんの声は、少し疲れているように聞こえた。
「そうか…無理しないでね」
「大丈夫だよ。まだ、なんとか頑張るさ」
電話を切った後、しばらくの間、電車の窓の外を眺めていた。流れていく景色は、どこも同じように見える。高層ビル、ネオンサイン、行き交う人々。東京は、何もかもが目まぐるしく変化していく。でも、その変化のスピードに、私はついていけているのだろうか。
ふと、目の前に座っている若い女性に目が留まった。彼女も、スマホを熱心に見ている。おそらく、私と同じように、SNSやニュースアプリをチェックしているのだろう。彼女の表情は、真剣そのものだ。一体、何を見ているのだろうか。
私は、彼女の顔をじっと見つめた。彼女の瞳には、未来への希望と、ほんの少しの不安が入り混じっているように見えた。それは、まるで、今の私の心の状態を映し出しているかのようだった。
その時、私は、あることに気づいた。私たちは、常に、何かに追われている。SNSの更新、仕事の締め切り、将来への不安。私たちは、まるで、ハムスターのように、同じ場所をぐるぐると回り続けている。
でも、本当に大切なことは、もっと違うところにあるのではないか。
じいちゃんの言葉が、頭の中でリフレインする。「雪国の人間は、雪と仲良く付き合っていかないと、生きていけないんだ」。
雪と仲良く付き合う。それは、自然と共生するということだ。そして、それは、人と人とのつながりを大切にするということでもある。
私は、都会で生きる中で、いつの間にか、その大切なことを忘れてしまっていたのかもしれない。
電車を降り、会社に向かった。オフィスでは、いつものように、仕事が山積みになっていた。でも、今日の私は、昨日までの私とは少し違っていた。
私は、パソコンに向かい、ある計画を立て始めた。それは、じいちゃんの村を訪れ、除雪作業を手伝うという計画だった。
もちろん、私は、除雪の経験はない。体力にも自信がない。でも、何かできることはあるはずだ。じいちゃんの話を聞き、村の人々と触れ合い、少しでも力になりたい。そう思った。
数日後、私は、週末を利用して、じいちゃんの村に向かった。久しぶりに見る雪景色は、想像以上に美しかった。空気は澄み切っていて、心が洗われるようだった。
じいちゃんは、私の突然の訪問に、とても驚いていた。そして、とても喜んでくれた。
「よく来てくれたな。何もすることがないだろう?」
「そんなことないよ。何か手伝えることはない?」
じいちゃんは、少し考えてから、「そうだな。まずは、雪かきから始めてみるか?」と言った。
私は、じいちゃんからスコップを受け取り、家の周りの雪かきを始めた。雪は、想像以上に重かった。すぐに息が上がり、手が痺れてきた。
でも、私は、諦めなかった。じいちゃんの姿を思い浮かべながら、黙々と雪を掻き出した。
夕方、雪かきが終わった頃には、全身が筋肉痛になっていた。でも、不思議と、心は満たされていた。
夕食は、じいちゃんの手作りの料理だった。囲炉裏を囲み、じいちゃんと二人で、色々な話をした。じいちゃんは、村の現状や、除雪作業の苦労について、語ってくれた。
私は、じいちゃんの話を聞きながら、改めて、この問題の深刻さを痛感した。そして、同時に、自分にできることは、まだまだたくさんあるのではないか、と感じた。
翌日、私は、村の人々と一緒に、除雪作業に参加した。除雪機を操縦することはできなかったが、スコップで雪を掻き出すことや、除雪作業を手伝う人々のために、温かい飲み物を用意することなどはできた。
最初は、戸惑っていた村の人々も、次第に私を受け入れてくれた。一緒に雪かきをしているうちに、自然と笑顔がこぼれるようになった。
数日間、村で過ごすうちに、私は、都会では味わえない、温かい人とのつながりを感じることができた。そして、自分のルーツを再確認することができた。
東京に戻ってきてからも、私は、じいちゃんの村のことを忘れなかった。SNSを通じて、村の情報を発信したり、寄付を募ったりするなど、自分にできる範囲で、村を支援する活動を始めた。
もちろん、私の力は微力かもしれない。でも、一人ひとりが、少しずつでも行動することで、未来は変えられるはずだ。
2026年1月17日。あのカフェで、私は、スマホの画面に映る雪景色を見て、ただため息をついていた。でも、今は違う。私は、雪解けを待つスマホを握りしめ、未来への希望を抱いている。
あの日の雪は、いつの間にか止んでいた。そして、空には、一筋の光が差し込んでいた。
いつか、この雪が全て溶けて、新しい芽が顔を出す日が来るだろう。そして、その芽は、きっと、私たちの未来を照らしてくれるだろう。
私は、そう信じている。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
📚 あわせて読みたい


コメント