📝 この記事のポイント
- 金曜日の夕方、私は都心のオフィス街にあるカフェの窓際の席で、ぬるくなったカフェラテをすすっていた。
- 外は小雨が降り、ネオンサインがぼやけて見える。
- 人々は一様に疲れた顔で、足早に駅へと向かっている。
2026年1月17日。金曜日の夕方、私は都心のオフィス街にあるカフェの窓際の席で、ぬるくなったカフェラテをすすっていた。外は小雨が降り、ネオンサインがぼやけて見える。人々は一様に疲れた顔で、足早に駅へと向かっている。まるで、どこかに設置された巨大なタイマーが、彼らを容赦なく次の目的地へと急き立てているかのようだった。
今日のニュースは、相変わらず騒がしい。「アイアドア」、という新しいアイドルプロジェクトが発表されたのだ。分断された9つのリージョンを代表するアイドルたちが、歌とダンスで政治思想をぶつけ合い、国民投票で選ばれた者が3年間、国家権力を握るという、奇想天外な設定。正直、最初はエイプリルフールのジョークかと思った。
私はSNSを開き、関連するハッシュタグを眺めた。案の定、賛否両論、いや、それ以上に困惑の声が渦巻いている。「表現の自由だ!」と叫ぶ者もいれば、「政治をエンタメにするな!」と憤慨する者もいる。そして、もっと多くの人々が、「これ、マジで大丈夫なの?」と不安げにつぶやいている。
(承)
カフェの喧騒を背に、私は大学時代の友人で、今は政治学の研究者をしているアキラにメッセージを送った。「ねえ、アキラ。アイアドアって知ってる?あれ、どう思う?」
すぐに返信が来た。「知ってるよ。学会でも話題になってる。面白い試みだとは思うけど、同時に色々と危ういよね。」
アキラは、政治思想をエンタメにすることの危険性を指摘した。大衆は、複雑な政治問題を単純化されたイメージで捉えがちだ。アイドルというアイコンを通じて政治思想が広まれば、感情的な支持や反発が生まれやすく、冷静な議論が妨げられる可能性がある。さらに、地域間の対立を煽ったり、特定の思想を排斥したりするリスクも孕んでいる。
「でもさ、アキラ。そもそも今の政治って、エンタメ化してる部分もあるんじゃない?スローガンを連呼したり、パフォーマンスでアピールしたり。アイアドアは、それを極端な形で可視化してるだけなのかも。」
アキラは少し考えた後、「それも一理あるね。問題は、それが意図的かどうか、そして、大衆がそれをどこまで理解しているか、だね。」と返信してきた。
私は、カフェラテを飲み干し、窓の外を眺めた。雨脚は強まり、街の明かりが滲んで見える。現代社会は、情報過多で、複雑で、不確実だ。人々は、自分たちの未来に不安を抱え、答えを求めている。そして、その答えを、時にアイドルに、時にカリスマ的な指導者に、時にAIに求めようとする。
(転)
数日後、私はオフィスで、同僚のミサトとアイアドアの話をしていた。ミサトは、私よりも少し年下で、流行に敏感なタイプだ。彼女は、アイアドアのメンバーの顔写真を見ながら、「えー、〇〇リージョンの〇〇ちゃん、めっちゃ可愛い!応援しちゃおうかな。」と言った。
私は少し複雑な気持ちになった。ミサトは、政治思想にはほとんど興味がなく、ただ単に可愛いアイドルを応援したいだけなのだ。彼女にとって、アイアドアは、単なるエンターテイメントであり、政治的な意味合いは二の次なのだ。
「でもさ、ミサト。これ、政治的なプロジェクトだよ?誰を応援するかで、国の未来が変わるかもしれないんだよ?」
ミサトは、少し困った顔をして、「うーん、難しいことはよく分からないけど、可愛い子を応援したいし。それに、どうせ私の一票くらいじゃ、何も変わらないでしょ?」と言った。
私は、ミサトの言葉に、現代社会の縮図を見た気がした。多くの人々は、政治に無関心で、自分の意見が社会に影響を与えることを信じていない。彼らは、日々の生活に追われ、政治的な問題に時間やエネルギーを費やす余裕がない。そして、その無関心さが、政治のエンタメ化を加速させているのかもしれない。
私は、アイアドアが、現代社会の病巣を炙り出すための、一種の社会実験なのではないか、と思い始めた。それは、エンターテイメントの仮面を被った、残酷な現実の鏡なのかもしれない。
(結)
2026年1月17日。夜、私は自宅のパソコンの前で、アイアドアの公式サイトを開いた。そこには、9人のアイドルのプロフィールと、それぞれのリージョンの政策アピールが掲載されていた。私は、一つ一つの情報を丁寧に読み込んだ。彼らの言葉は、時に矛盾し、時に過激で、時に甘美だった。
私は、投票ボタンをクリックするのをためらった。誰を選べばいいのか、分からなかった。どの政策が、本当に国民のためになるのか、確信が持てなかった。
結局、私は何も選ばずに、パソコンを閉じた。そして、窓の外を眺めた。雨は止み、夜空には星が瞬いていた。
私は、明日、またカフェに行って、カフェラテを飲むだろう。そして、SNSを開き、アイアドアの話題を眺めるだろう。そして、おそらく、何も変わらない日々が続くのだろう。
しかし、私の心の中には、小さな疑問が残った。私たちは、本当に、自分たちの未来を、アイドルに託してもいいのだろうか。私たちは、本当に、投票箱の中に、自分たちの希望を詰め込んでいるのだろうか。
そして、ふと、私は気づいた。投票箱の中に入っているのは、希望だけではない。不安、不満、そして、無関心。それら全てが、複雑に絡み合い、ディストピアへの道を舗装しているのかもしれない。
星空を見上げながら、私は、そんなことを考えていた。そして、その考えは、私の心を、静かに、深く、沈ませていった。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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