📝 この記事のポイント
- 金曜日の夕方の電車は、今日も缶詰状態だった。
- 僕は押しつぶされないように、リュックを前に抱え込み、スマホのニュースアプリをスクロールする。
- 見慣れた経済指標や政治家の顔写真が、無機質な蛍光灯の下で、一層ぼやけて見える。
2026年1月17日。金曜日の夕方の電車は、今日も缶詰状態だった。僕は押しつぶされないように、リュックを前に抱え込み、スマホのニュースアプリをスクロールする。見慣れた経済指標や政治家の顔写真が、無機質な蛍光灯の下で、一層ぼやけて見える。
隣に立つ女性は、イヤホンから漏れる音量大きめのK-POPに身を委ねている。その向こうには、疲労困憊といった様子のサラリーマンが、目を閉じて微動だにしない。皆、それぞれの戦場から一時的に解放され、家路を急いでいるのだろう。
そんな景色の中で、ふと目に留まったのが「装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女、2026年に展開決定」というニュースだった。ボトムズ。懐かしい響きだ。小学生の頃、兄貴が熱狂していたアニメだ。僕はスコープドッグのプラモデルを組み立て、意味も分からず「むせる…」と呟いていた記憶がある。
スマホをタップすると、押井守監督の名前が目に飛び込んできた。押井守。あの難解で、哲学的なアニメを作る人だ。ボトムズと押井守。一体どんな化学反応が起こるのだろうか。
僕はそのニュースをきっかけに、小学生の頃の自分を思い出した。あの頃は、将来に対する漠然とした希望と、無限の可能性を信じて疑わなかった。大人になったら、きっと世界を変えるような、何か素晴らしいことを成し遂げられると信じていたのだ。
しかし、現実はどうだろう。僕は都内の小さなIT企業で、毎日エクセルと格闘している。会議では無難な意見を繰り返し、飲み会では上司の武勇伝に愛想笑いを浮かべる。かつて抱いていた夢は、いつの間にか埃をかぶり、忘れ去られようとしている。
電車がガタンと揺れた。僕はハッとして顔を上げると、窓の外にはオレンジ色の夕焼けが広がっていた。その光は、無機質な車内をほんの少しだけ暖かく照らしていた。
***
週末、僕は近所のカフェでパソコンを開いていた。窓際の席に座り、カフェラテを飲みながら、最近考えていることを文章にしていた。
最近、会社で新しいプロジェクトが始まった。それは、AIを活用した顧客管理システムの開発だった。僕はそのプロジェクトのメンバーに選ばれ、仕様書の作成やテストを担当することになった。
AI。それは、僕たちが子供の頃に夢見ていた未来の象徴だった。しかし、今、目の前にあるのは、複雑なアルゴリズムと、膨大なデータの処理に追われる日々だ。
AIは、人間の仕事を奪うのではないか。AIは、人間の感情や思考を理解できるのか。AIは、本当に人間を幸せにするのか。
そんな疑問が、僕の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
隣の席では、若いカップルが楽しそうに話している。彼らは、将来のことや、趣味のこと、旅行の計画などを話しているようだ。その声を聞いていると、僕はなんだか少し寂しくなった。
僕は、いつからこんなに疲れてしまったのだろう。いつから、未来に対する希望を失ってしまったのだろう。
ふと、カフェのBGMが途切れた。そして、代わりに、どこか懐かしいメロディーが流れ始めた。それは、ボトムズの主題歌「炎のさだめ」だった。
僕は思わず、パソコンから顔を上げた。カフェのスピーカーから流れる、力強い歌声が、僕の胸に突き刺さる。
「炎のさだめ」は、主人公キリコ・キュービィーの孤独と絶望、そして、それでも前に進もうとする強い意志を歌った歌だ。
その歌を聴いていると、僕はなんだか勇気が湧いてきた。
そうか、僕はまだ終わっていない。僕はまだ、何かできるはずだ。
僕は、もう一度、自分の夢を追いかけてみよう。
***
その日の夜、僕は兄貴に電話をかけた。
「なあ、兄貴、ボトムズの新作が出るらしいよ」
電話の向こうで、兄貴は興奮した声で言った。
「マジかよ! すげえな! 絶対に見るぞ!」
僕たちは、子供の頃のように、ボトムズの話で盛り上がった。
兄貴は、僕に言った。
「お前も、何かやりたいことあるんだろ? 諦めんなよ。キリコみたいに、最後まで戦い抜けよ!」
兄貴の言葉は、僕の心に響いた。
そうだ、僕は諦めちゃいけない。僕は、自分の人生を、最後まで戦い抜くんだ。
電話を切った後、僕は自分の部屋を見渡した。本棚には、埃をかぶったボトムズのプラモデルが飾られている。
僕は、そのプラモデルを手に取り、丁寧に埃を払った。
そして、僕は決意した。
明日から、僕は新しい自分になる。
僕は、自分の夢を追いかけるために、一歩を踏み出す。
***
2026年1月17日。僕は映画館のチケットを握りしめ、緊張した面持ちで開場を待っていた。『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女』。ついに、そのベールが剥がされる日が来たのだ。
周りを見渡すと、僕と同世代くらいの男性が多い。皆、どこか興奮したような、それでいて少し不安そうな表情をしている。あの頃、テレビにかじりついてボトムズを見ていた少年たちが、大人になって再び集まったのだ。
映画が始まった。
スクリーンに映し出されたのは、荒廃した世界と、重厚なメカニックの描写だった。押井守監督らしい、独特な演出と、哲学的な台詞が、物語に深みを与えている。
主人公は、かつてのキリコ・キュービィーを彷彿とさせる、孤独な戦士だった。彼は、灰色の世界の中で、自分の存在意義を問い続けている。
映画を見ている間、僕は何度も涙が出そうになった。それは、懐かしさや感動だけではなく、自分の人生と重ね合わせてしまうからだった。
映画が終わった。
映画館の中は、静まり返っていた。誰もが、物語の余韻に浸っているようだった。
僕は、ゆっくりと立ち上がり、映画館を出た。
外は、もうすっかり暗くなっていた。
夜空には、満月が輝いていた。
僕は、その月を見上げ、深く息を吸い込んだ。
そして、僕は思った。
僕の人生は、まだ始まったばかりだ。
僕は、この灰色の世界で、自分の色を見つけ出す。
僕は、自分の人生を、再起動する。
その夜、僕は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。夢の中で、僕はスコープドッグに乗り込み、荒野を駆け抜けていた。そして、僕は、確かに「むせて」いた。それは、埃っぽい空気のせいだけではなかっただろう。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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