📝 この記事のポイント
- 電車はいつものようにぎゅうぎゅう詰めで、私は押しつぶされたポップコーンのようだった。
- イヤホンからは、最近ヘビロテしているチル系のプレイリストが流れ、わずかに意識を現実から遠ざけてくれる。
- 目の前の広告は、どこかのフィットネスジムのキャンペーン。
2026年1月17日、金曜日の午後3時。電車はいつものようにぎゅうぎゅう詰めで、私は押しつぶされたポップコーンのようだった。イヤホンからは、最近ヘビロテしているチル系のプレイリストが流れ、わずかに意識を現実から遠ざけてくれる。目の前の広告は、どこかのフィットネスジムのキャンペーン。モデルの引き締まった腹筋が、まるで嘲笑うかのように輝いている。
「運動しなきゃなぁ…」
心の中でつぶやく。毎年年始に立てる目標リストには、必ず「運動習慣を身につける」と書かれているのだが、実行できた試しがない。ジムの体験に申し込んだり、ウェアを買ってみたりはするのだが、結局、三日坊主どころか半日で終わってしまう。
電車がガタンと揺れ、私の体も前の人に押し付けられる。ああ、もうすぐ会社に着く。溜息をつきながら、スマホの画面をスクロールしていると、SNSのタイムラインに妙な写真が飛び込んできた。
それは、政治家の誰かが、外国の要人とジムで筋トレをしている写真だった。背景にはずらりと並んだトレーニングマシン、そして、汗だくになりながら笑顔を浮かべる両者の姿。
…なんだこれ?
思わず吹き出しそうになるのを堪えた。政治と筋トレ。全く結びつかない二つの要素が、無理やりくっつけられているような違和感。まるで、ポップコーンに醤油をかけたような、奇妙な組み合わせだ。
「バンド外交の次は、筋肉外交ですか」
コメント欄には、皮肉めいた言葉が並んでいる。確かに、パフォーマンス感が否めない。真剣に国際関係を築こうとしているのか、それとも、ただ単に話題作りを狙っているのか。
その日の仕事中も、その写真が頭から離れなかった。会議中にも、プレゼン資料を作成している時にも、ふとした瞬間に脳裏に浮かんでくる。
(なぜ、わざわざ筋トレなんだろう?)
夕方、会社の近くのカフェで、友人のユキと待ち合わせをした。ユキは、私とは対照的に、アクティブで社交的なタイプだ。最近は、ボルダリングにハマっているらしい。
「ねぇ、この写真見た?」
私は、例の筋トレ外交の写真を見せた。ユキは、画面を覗き込み、一瞬ポカンとした顔をした後、笑い出した。
「なにこれ、ウケる!でもさ、案外、アリなんじゃない?」
「アリ?」
私は、ユキの言葉に疑問を抱いた。
「だってさ、言葉が通じなくても、一緒に汗を流せば、なんとなく気持ちが通じ合えるってこと、あるじゃん? 筋トレって、ある意味、共通言語みたいなものだよ。辛いけど、達成感もあるし」
ユキは、ボルダリングの話を始めた。難しい課題をクリアした時の喜びや、仲間と励まし合いながら壁を登る一体感。彼女の話を聞いているうちに、少しずつ、筋トレ外交の捉え方が変わってきた。
もしかしたら、あの政治家は、本当に何かを伝えようとしていたのかもしれない。言葉や文化の壁を越えて、相手と心を通わせるための、新しい手段として。
その夜、私は久しぶりに、家の近くの公園を散歩した。冷たい夜風が頬を撫でる。空には、満月が輝いていた。
ふと、公園の片隅にある、古びたブランコに目が留まった。子供の頃、よくここで遊んだことを思い出す。
私は、ブランコに腰掛け、ゆっくりと漕ぎ始めた。最初はぎこちなかった動きも、次第に滑らかになっていく。風を切る音、揺れる景色。懐かしい感覚が、胸の中に広がっていく。
ブランコを漕ぎながら、私は、自分の心の中にある「壁」に気づいた。それは、他人との間に築いてしまった、見えない壁。
SNSで繋がっている人はたくさんいるけれど、本当に心を開ける人は、ほんのわずか。表面的な付き合いばかりで、深い人間関係を築けていない。
もしかしたら、私は、自分自身を閉ざしてしまっているのかもしれない。傷つくことを恐れて、一歩踏み出す勇気がない。
あの政治家が、筋トレ外交を通して、何を伝えたかったのかは分からない。でも、少なくとも、私に、何か行動を起こすきっかけを与えてくれた。
翌日、私は、思い切って、会社の同僚を誘って、ボルダリングジムに行くことにした。最初は戸惑っていた同僚も、一緒に壁を登るうちに、笑顔を見せるようになった。
汗だくになりながら、励まし合い、助け合う。言葉は少なくても、心が通じ合う瞬間があった。
その日の帰り道、私は、ユキにメッセージを送った。
「ありがとう。ボルダリング、本当に楽しかった。また行こうね」
ユキからはすぐに返信が来た。
「私も、すごく嬉しかった! 次は、もっと難しい課題に挑戦しようね」
私は、スマホを握りしめ、空を見上げた。
2026年1月17日。筋肉外交の写真から始まった、私の小さな冒険は、まだ始まったばかりだ。
ポップコーンに醤油は、やっぱり美味しくないかもしれない。でも、新しい組み合わせに挑戦してみることで、今まで見えなかった世界が見えてくることもある。
私は、これからも、自分の殻を破り、新しい世界に飛び込んでいきたい。たとえ、それが、少しばかり奇妙な組み合わせだったとしても。なぜなら、人生は、予測不能なポップコーンの弾ける音のように、刺激的で面白いものだからだ。そして、その音に耳を澄ませば、きっと、新しい発見があるはずだ。
そして、いつか私も、誰かと一緒に、笑顔で筋トレができる日が来るかもしれない。その時は、きっと、言葉以上のものが、そこにあるだろう。
満月は、今日も変わらず、静かに私を見守っている。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
📚 あわせて読みたい


コメント