塩キャラメルと承認欲求のこと

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📝 この記事のポイント

  • 2026年1月16日、都心の電車は今日も満員だった。
  • 押しつぶされそうな空間で、僕はスマホを握りしめ、SNSのタイムラインを眺めていた。
  • 流れてくるのは、きらびやかな旅行の写真、美味しそうな料理の数々、そして幸せそうなカップルの写真。

2026年1月16日、都心の電車は今日も満員だった。押しつぶされそうな空間で、僕はスマホを握りしめ、SNSのタイムラインを眺めていた。流れてくるのは、きらびやかな旅行の写真、美味しそうな料理の数々、そして幸せそうなカップルの写真。どれもこれも、僕の日常とはかけ離れた世界の出来事のように感じられた。

広告代理店で働く僕は、毎日同じようなルーティンを繰り返している。朝、満員電車に揺られ、オフィスでパソコンに向かい、夜遅くまで残業。たまに飲み会に参加するものの、内容は会社の愚痴や業界の噂話ばかり。刺激的なことは何もなく、ただ時間が過ぎていくのを感じていた。

「承認欲求」という言葉が、頭の中に浮かんだ。SNSに投稿する人々は、他者からの「いいね!」やコメントを求めている。それは、自分の存在意義を確認するためなのかもしれない。僕自身も、SNSに写真を投稿することがある。それは、誰かに自分の存在を認めてもらいたいという、心の奥底にある渇望の表れなのかもしれない。

昼休み、僕は会社の近くにあるカフェに入った。いつものように、カフェラテを注文し、窓際の席に座った。外はどんよりとした曇り空で、寒さが身に染みる。カフェの中は暖かく、ジャズのBGMが静かに流れていた。

目の前のテーブルには、若い女性が座っていた。彼女は、パソコンに向かって何かを打ち込んでいる。時折、眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている。彼女もまた、何かと戦っているのだろうか。

ふと、メニューに「塩キャラメルラテ」という文字が目に入った。甘いキャラメルに塩味が加わった、少し変わった飲み物だ。僕は、好奇心に駆られ、それを注文してみることにした。

しばらくして、店員が塩キャラメルラテを運んできた。カップには、キャラメルソースがたっぷりとかかっている。一口飲むと、甘さと塩味が絶妙に絡み合い、なんとも言えない複雑な味がした。それは、まるで人生のようだと感じた。

甘いことばかりではなく、時には苦いことや辛いこともある。人生は、様々な要素が混ざり合ってできている。そして、その複雑さこそが、人生の面白さなのかもしれない。

その時、ふと、数年前に亡くなった祖母のことを思い出した。祖母は、僕が小さい頃から、よくお菓子を作ってくれた。特に、祖母が作る塩キャラメルは、僕の大好物だった。

祖母の塩キャラメルは、手作りで、少し焦げ付いたような味がした。でも、その焦げ付きこそが、祖母の塩キャラメルの味を際立たせていた。祖母は、よく僕にこう言った。「人生は、甘いことばかりじゃないんだよ。苦いことや辛いこともたくさんある。でも、それを乗り越えるからこそ、甘さが引き立つんだよ」

祖母の言葉を思い出し、僕は、ハッとした。僕は、人生の甘い部分ばかりを求めていたのかもしれない。苦いことや辛いことを避け、楽な道ばかりを選んでいたのかもしれない。

SNSに投稿される写真は、きらびやかで美しいものばかりだ。でも、それは、人生の一部分に過ぎない。誰もが、裏では苦労したり、悩んだりしている。SNSは、良い部分だけを切り取って見せているに過ぎないのだ。

僕は、SNSに踊らされるのではなく、自分の人生をしっかりと生きなければならない。苦いことや辛いことも受け入れ、それを乗り越えることで、本当の甘さを知ることができるはずだ。

カフェを出て、僕は、オフィスへと向かった。空は相変わらずどんよりとしていたが、僕の心は少し晴れやかになっていた。

オフィスに戻ると、上司から新しいプロジェクトの担当を言い渡された。それは、今まで経験したことのない、難しいプロジェクトだった。

最初は、不安でいっぱいだった。本当に自分にできるのだろうか。失敗したらどうしよう。

でも、僕は、祖母の言葉を思い出し、覚悟を決めた。苦しいことや辛いこともたくさんあるだろう。でも、それを乗り越えることで、きっと成長できるはずだ。

僕は、そのプロジェクトに全力で取り組んだ。毎日、遅くまで残業し、休日も返上で仕事をした。

プロジェクトは、困難の連続だった。何度も壁にぶつかり、挫折しそうになった。でも、僕は、諦めなかった。周りの同僚や上司に助けられながら、一歩ずつ前に進んでいった。

そして、数ヶ月後、ついにプロジェクトは成功を収めた。

プロジェクトが成功した時、僕は、言葉では言い表せないほどの達成感を感じた。それは、今までの人生で味わったことのない感情だった。

僕は、苦しいことや辛いことを乗り越えることで、本当の甘さを知ることができた。そして、自分の成長を実感することができた。

プロジェクトが終わった後、僕は、少しだけ休暇を取ることにした。

休暇中、僕は、実家に帰り、祖母のお墓参りに行った。お墓の前で、僕は、祖母に報告した。「おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃんの言葉のおかげで、僕は、苦しいことや辛いことを乗り越えることができました。そして、自分の成長を実感することができました」

お墓参りを終え、僕は、近くの公園を散歩した。公園には、たくさんの子供たちが遊んでいた。子供たちは、無邪気に走り回り、楽しそうに笑っていた。

その時、僕は、ふと、自分の子供の頃のことを思い出した。僕は、子供の頃、よくこの公園で遊んだ。友達と鬼ごっこをしたり、ブランコに乗ったり、砂場で砂のお城を作ったりした。

子供の頃の僕は、何も考えていなかった。ただ、目の前のことを楽しむことに夢中だった。

大人になった僕は、色々なことを考えるようになった。将来のこと、仕事のこと、人間関係のこと。考えることが多すぎて、目の前のことを楽しむことができなくなっていた。

僕は、子供の頃のように、無邪気に、目の前のことを楽しむことができたら、もっと幸せになれるのかもしれない。

公園を後にして、僕は、カフェに立ち寄った。いつものように、カフェラテを注文し、窓際の席に座った。

カフェの中は、暖かく、静かだった。外は、日が暮れ始めて、空がオレンジ色に染まっていた。

僕は、カフェラテを飲みながら、窓の外を眺めていた。オレンジ色の空は、とても美しかった。

その時、ふと、塩キャラメルのことを思い出した。塩キャラメルは、甘さと塩味が絶妙に絡み合った、複雑な味がする。それは、まるで人生のようだと感じた。

人生は、甘いことばかりではなく、時には苦いことや辛いこともある。でも、その複雑さこそが、人生の面白さなのかもしれない。

僕は、人生の甘い部分も苦い部分も辛い部分も、全て受け入れ、自分の人生をしっかりと生きていきたい。

そう思った時、僕は、心が満たされていることに気づいた。

電車に乗って帰路についた。SNSを開くことはなかった。窓の外の景色をぼんやりと眺めていると、ふと、隣に座っている女性が目に入った。彼女は疲れた顔で、スマホを操作している。きっと彼女も、色々なことを抱えながら生きているのだろう。

家に帰り着き、夕食を作った。簡単なパスタだが、自分で作った料理は格別に美味しく感じる。食後、ベランダに出て夜空を見上げた。星はほとんど見えないが、都会の夜景も悪くない。

ふと、冷蔵庫にプリンがあるのを思い出した。サイゼリヤのプリンではないけれど、似たようなものだ。僕はそれを冷蔵庫から取り出し、スプーンで一口食べた。甘くて美味しい。

そして、あの記事のことを思い出した。プリンに塩をかけると美味しいという話。僕は塩をひとつまみ、プリンに振りかけてみた。

…確かに、美味しい。甘さが引き立ち、風味が豊かになった気がする。

次に、僕は胡椒を試してみた。少しだけ躊躇したが、思い切って振りかけてみる。

…意外と、いや、これはかなり美味しい。甘さとスパイシーさが組み合わさり、大人のデザートになった。

僕は、思わず笑みがこぼれた。たった一つまみの塩や胡椒が、日常に新しい発見をもたらしてくれた。

そして、僕は気づいた。承認欲求も、人生の苦難も、日々のルーティンも、全ては塩や胡椒のようなものなのかもしれない。それらは、甘いだけの人生にアクセントを加え、風味を豊かにしてくれる。

大切なのは、それらを恐れず、受け入れ、自分自身の味を見つけること。

2026年の冬、僕は、塩キャラメルとプリンと胡椒から、そんなことを学んだ気がした。そして、明日の朝も、満員電車に揺られながら、新しい一日を迎えようと思う。少しだけ、前向きな気持ちで。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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