📝 この記事のポイント
- 先日、X(旧Twitter)で流れてきたとある投稿に、思わず笑ってしまった後、じわじわと考えさせられることがあったんだ。
- 内容は、3歳の子どもが味噌汁でうがいをしてこぼしてしまい、その時の謝り方が「ママ、ごめんなさい。
- お味噌汁でうがいをしたらどうなるかな〜?と思ってやってみたら、全部こぼれてしまったの。
先日、X(旧Twitter)で流れてきたとある投稿に、思わず笑ってしまった後、じわじわと考えさせられることがあったんだ。内容は、3歳の子どもが味噌汁でうがいをしてこぼしてしまい、その時の謝り方が「ママ、ごめんなさい。お味噌汁でうがいをしたらどうなるかな〜?と思ってやってみたら、全部こぼれてしまったの。フキフキ手伝ってくれる?」というもの。母親のコメントは「言葉遣いだけ完璧」だった。
リプライ欄には「天才」「120点花丸」なんて賞賛の声が溢れていて、確かに3歳でこの言葉遣いはすごい。でも、僕が一番惹かれたのは、母親の「言葉遣いだけ完璧」という一言だったんだ。
これ、僕の胸にグサッと刺さったんだよね。というのも、大人になってからの僕自身も、どこかで「言葉遣いだけ完璧」になろうとしていたんじゃないか、って。相手に不快感を与えないように、波風立てないように、それっぽく「正しい」言葉を並べて、本音を隠してしまうこと、結構あったなって。この3歳児の「好奇心でやっちゃった」っていう正直さと、あの完璧な言葉遣い。そのバランスに、僕が今まで見過ごしていたコミュニケーションの本質があるんじゃないかって、考えさせられたんだ。
最初の印象
あの投稿を初めて読んだ時、まず驚いたのは、その3歳児の完璧な謝罪スキルだった。「ごめんなさい」から始まり、動機の説明、結果の報告、そして協力の依頼。しかも「拭いて」じゃなくて「手伝って」っていうあたり、大人顔負けのコミュニケーション力だよね。僕も仕事でミスした時とか、もっと上手に謝れたら良かったなって、過去の失敗を色々と思い出したよ。
でも、それ以上に「言葉遣いだけ完璧」という母親のコメントが頭から離れなかったんだ。これって、ある意味で皮肉も込められているわけで、つまり、やったことは全然完璧じゃない、むしろ手間を増やしている、という事実がある。それなのに、言葉の力で相手を「怒れない」状況に追い込む。すごいことだよな、って。そして同時に、僕自身も「正しい」言葉や体裁を整えることに一生懸命で、その裏にある自分の本音や、もしかしたら未熟な部分を隠そうとしていたんじゃないか、と気づかされたんだ。完璧な言葉遣いは、時に盾にもなるし、武器にもなるんだなって。
実際に使ってみて
あの投稿をきっかけに、僕も少しだけ自分のコミュニケーションを変えてみようと思ったんだ。これまでなら、何か失敗した時や、人に意見を伝える時に、無難な表現や「正しい」とされる言葉を選びがちだった。例えば、仕事で想定外の事態が起こった時、「うっかり見落としていました」とか「手が滑って」みたいな、どこか他人事のような言い訳をしていたかもしれない。
でも、今回は「3歳児メソッド」と勝手に名付けて、少しだけ「正直さ」を混ぜてみることにした。もちろん、相手への配慮や言葉の「正しさ」は大切にしつつも、自分の本当の気持ちや動機を、少しだけオープンにしてみる。
具体的には、ある企画で、僕が「こうしたらどうなるかな?」と試してみた結果、ちょっとしたミスをしてしまった時のこと。いつもの僕なら、すぐに「確認不足でした」と謝って終わりにしてたと思う。でも、その時は思い切って、「申し訳ありません。実は、この方法を試したらどうなるだろう、という好奇心からやってみて、結果的にこのミスを招いてしまいました。ご迷惑をおかけして本当にすみません。すぐに修正しますので、手伝っていただけますか?」と伝えてみたんだ。
良かったところ
実際に「3歳児メソッド」を試してみて、いくつかの良い変化があったよ。
- 意外な共感が生まれたこと
正直に「試してみたかった」と伝えたことで、相手が「へえ、そういう発想もあったんだね」と、僕の意図を汲み取ろうとしてくれた。怒られるどころか、むしろ新しい視点として受け止めてくれたんだ。これは本当に予想外で、すごく嬉しかったな。
- 自分自身のストレスが減ったこと
変に取り繕ったり、嘘をついたりする必要がなくなったから、話す前にあれこれ考え込む時間が減った。本音に近い言葉で伝えられるようになったことで、コミュニケーションに対する心理的な負担がかなり軽減されたよ。
- 関係性がよりオープンになったこと
僕が正直になったことで、相手も「実は私も前に似たようなこと試したことあるんだよね」とか、個人的なエピソードを話してくれるようになった。表面的なやり取りだけじゃなく、人間的なつながりが深まった気がするんだ。
気になったところ
もちろん、良いことばかりじゃなくて、気になった点もいくつかあったんだ。
- 正直さが裏目に出る可能性もあったこと
相手によっては、僕の正直さが「言い訳」と捉えられたり、「そんなこと試すなんて無責任だ」と思われたりするリスクは常にあると感じた。相手との関係性や、状況の重要度をしっかり見極める必要があるな、と反省することもあったよ。
- 「正しさ」の重要性を再認識したこと
いくら正直でも、相手を不快にさせる言葉遣いや、状況を悪化させるような伝え方をしてしまっては元も子もない。あくまで「言葉の『正しさ』」という土台があってこその「正直さ」なんだと、そのバランス感覚の難しさを痛感した。
どんな人に向いてる?
この「言葉の『正しさ』と正直さのバランス」を意識したコミュニケーションは、こんな人におすすめしたいな。
- 「ちゃんとしたこと言わなきゃ」って、つい身構えてしまう人
- 本音を言うのが苦手で、人との距離を感じてしまうことがある人
- コミュニケーションにマンネリを感じていて、新しい風を吹かせたい人
- 相手ともっと深い信頼関係を築きたいと考えている人
使い続けて数週間の今
「言葉の『正しさ』」と「正直さ」のバランスを意識し始めて数週間。まだ完璧とは言えないけれど、僕のコミュニケーションは確実に変わりつつあるよ。以前は、「正しい言葉」を並べることが目的になっていた気がするけど、今は「誠実な気持ち」を伝えるための手段として、言葉を選べるようになった。
あの3歳児が本能的に持っていた「好奇心」と、それを素直に伝える「正直さ」、そして相手への配慮が感じられる「完璧な言葉遣い」。これは単なる「演技」ではなく、純粋な信頼から生まれるコミュニケーションなんだろうな。僕も、あの3歳児のように、純粋な心で人と向き合いながら、言葉を磨いていきたい。
「言葉遣いだけ完璧」な大人ではなく、「言葉遣いも誠実」な大人を目指して。これからも、このバランスを意識しながら、人との関係を大切に築いていこうと思うんだ。きっと、その方が、僕自身も、周りの人たちも、気持ちよく過ごせるはずだからね。
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