📝 この記事のポイント
- 窓際の席で、私は熱々のカフェラテをすすっていた。
- 妊娠32週と大きく書かれたページを、ぼんやりと見つめている。
- お腹の子は今日も元気よくポコポコと主張してくる。
2026年1月15日、水曜日。都内某所のカフェ、午後3時。
窓際の席で、私は熱々のカフェラテをすすっていた。目の前には開かれたままの母子手帳。妊娠32週と大きく書かれたページを、ぼんやりと見つめている。お腹の子は今日も元気よくポコポコと主張してくる。まるで「ママ、起きてる?」とでも言っているみたいだ。
カフェの中は、暖房が効きすぎて少し暑いくらい。周りを見渡すと、同じようにスマホをいじったり、友人とおしゃべりを楽しんだりしている女性たちが目に入る。それぞれの人生、それぞれの物語が、この空間に小さく凝縮されているかのようだ。
私はといえば、目の前の母子手帳に、漠然とした不安を感じていた。正確に言えば、母子手帳そのものではなく、その存在意義、そして、そこに記録される情報が持つ意味について、深く考え込んでしまっていたのだ。
事の発端は、先日参加した母親学級でのことだった。
「母子手帳には、生まれた時の体重や身長だけでなく、出産時の状況も細かく記録されます。例えば、出血量とか、吸引分娩だったかどうかとか。」
助産師さんの説明は、淡々としていた。特に引っかかることもなく、私は「ふむふむ」と頷いていた。
しかし、その後の質疑応答で、一人の女性が手を挙げた。
「あの、もし出産時に大量出血した場合、それって母子手帳に記載されるんですか? 実は、知り合いから、お受験の時に不利になるって聞いたことがあって…。もしそうなら、少し抵抗があるというか…。」
会場は、一瞬静まり返った。
お受験? 出血量が不利になる? まるでドラマのような展開に、私は思わず隣の席の女性と顔を見合わせてしまった。
助産師さんは、少し困ったような表情で答えた。
「確かに、そういった話を聞いたことがある、という方もいらっしゃいます。しかし、母子手帳はあくまでお子さんの成長を記録するためのものです。出血量が多いこと自体は、お子さんの成長に直接影響を与えるものではありませんので、ご安心ください。記載するかどうかは、最終的にはお母様のご判断にお任せします。」
その場は、それで一旦落ち着いた。しかし、私の心には、小さな棘が刺さったままだった。
カフェラテを飲み干し、私はスマホを取り出した。検索窓に「母子手帳 お受験 出血量」と打ち込む。案の定、同じような疑問を持つ母親たちの声が、ネット上にあふれていた。
「出生時の出血量が多かった場合、発達に影響があるのではないかと疑われる」
「お受験の面接で、何か聞かれるかもしれない」
「医師や学校関係者の中には、そういった情報を気にする人もいる」
もちろん、根拠のない噂話も多かった。しかし、実際にそういった事例があったという書き込みも、ちらほら見受けられた。
私はため息をついた。
2026年にもなって、まだこんなことがまかり通っているのか。
母子手帳は、本来、子供の健康状態を記録し、成長をサポートするためのツールであるはずだ。それが、一部の偏見や誤解によって、足枷になる可能性があるなんて、あまりにも理不尽ではないか。
そもそも、お受験という制度自体にも、私は疑問を感じている。
幼い頃から、高い学費を払って、特殊な教育を受けさせる。それが、子供の将来を本当に幸せにするのだろうか。
もちろん、子供に良い教育を受けさせたいという親の気持ちは理解できる。しかし、そのために、子供の個性や可能性を狭めてしまうとしたら、本末転倒ではないか。
電車に乗る。ラッシュアワーには少し早い時間帯だが、車内はそれなりに混雑している。吊り革につかまりながら、私は周りの乗客を観察する。
サラリーマン、OL、学生、高齢者…さまざまな人々が、それぞれの目的地に向かって移動している。
彼らは、どんな夢を持っているのだろうか。どんな悩みを抱えているのだろうか。
もしかしたら、この中に、私と同じように、子供の将来について、漠然とした不安を感じている親がいるかもしれない。
ふと、目の前に立っている女性に目が留まった。彼女は、私と同じくらいの年齢だろうか。大きなお腹を抱え、辛そうに立っている。
私は、席を譲ろうか迷った。しかし、彼女は、イヤホンで音楽を聴いているようだった。声をかけるのをためらっているうちに、電車は次の駅に到着し、彼女は降りていった。
私は、少し後悔した。
声をかければよかった。たとえ断られたとしても、気持ちは伝わるはずだ。
結局、私は、自分の殻に閉じこもって、何も行動しなかった。
カフェに戻り、再び母子手帳を開いた。
出生時の記録欄には、「出血量」という項目がある。
助産師さんは、私に尋ねるだろう。
「出血量を記載してもよろしいですか?」
私は、どう答えるべきだろうか。
正直に、全てを記録してもらうべきか。それとも、念のため、空白のままにしておくべきか。
迷いは、消えない。
私は、もう一度、カフェラテを注文した。
今度は、アイスラテにした。冷たい飲み物が、火照った体をクールダウンさせてくれる。
スマホを取り出し、今度は「母子手帳 意味」と検索する。
さまざまな情報が、目に飛び込んでくる。
母子手帳は、子供の成長記録であると同時に、親子の絆を深めるためのツールでもある。
妊娠中から出産、そして育児に至るまで、さまざまな情報が記録されることで、親は子供の成長を実感し、愛情を深めることができる。
また、母子手帳は、医療機関や保育園など、さまざまな場所で活用される。
子供の健康状態を正確に伝えることで、適切な医療や保育を受けることができる。
私は、ハッとした。
そうだ。母子手帳は、子供の成長を記録するためのものであり、親子の絆を深めるためのものだ。
お受験のために、空白にするなんて、本末転倒ではないか。
私は、心に決めた。
出産時、助産師さんに尋ねられたら、こう答えよう。
「全て、正確に記録してください。」
たとえ、それがお受験に不利になるとしても、私は後悔しない。
私の子供には、自分の足で、自分の道を切り開いてほしい。
親の私ができるのは、そのためのサポートをすることだけだ。
夕暮れ時、カフェを出て、家路を急ぐ。
空には、夕焼けが広がっていた。
鮮やかなオレンジ色と紫色が、混ざり合い、美しいグラデーションを描いている。
私は、その光景をしばらく見つめていた。
すると、不思議なことに、心が軽くなった。
不安は、完全には消えない。しかし、それを受け入れ、前を向いて進むことができる。
私は、そう信じている。
2026年1月15日。
今日という日は、私にとって、忘れられない一日になった。
母子手帳の空白について考えた一日。
それは、私自身の生き方を見つめ直す一日でもあった。
そして、私は、一歩、大人になった気がした。
自宅マンションのエントランスに到着し、オートロックを解除する。
エレベーターに乗り込み、自分の部屋の階数ボタンを押した。
エレベーターの中は、静まり返っている。
私は、自分の腹部に手を当てた。
「お腹の子、聞こえる? ママはね、頑張るよ。」
お腹の子は、ポコポコと答えてくれた。
エレベーターが到着し、扉が開く。
私は、自分の部屋へと足を踏み入れた。
この部屋で、私は、母親になる。
そして、この部屋で、子供と共に、成長していく。
そんな未来を、私は、心待ちにしている。
カーテンを開けると、夜景が広がっていた。
都会の光が、星のように輝いている。
私は、窓際に立ち、夜景を眺めた。
遠くには、東京タワーが見える。
東京タワーは、今日も、力強く、光を放っている。
私は、東京タワーに、エールを送った。
「頑張ってね。」
そして、私は、自分の心にも、エールを送った。
「頑張ろうね。」
私は、母親になる。
それは、大変なことかもしれない。
しかし、私は、恐れない。
私は、愛する子供のために、精一杯、頑張る。
それが、私の決意だ。
そして、その決意は、母子手帳の空白を埋めるよりも、ずっと大切なものだと、私は信じている。
(終)
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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