📝 この記事のポイント
- スマホのニュースアプリを開くと、トップ記事は案の定、感染症関連の話題で埋め尽くされていた。
- 新しい変異株、ワクチン接種の進捗、経済への影響……。
- 電車に乗る前に一通り目を通し、ため息をつき、マスクを深く被り直す。
2026年1月12日。
スマホのニュースアプリを開くと、トップ記事は案の定、感染症関連の話題で埋め尽くされていた。新しい変異株、ワクチン接種の進捗、経済への影響……。もう、毎日のルーティンだ。電車に乗る前に一通り目を通し、ため息をつき、マスクを深く被り直す。まるで、儀式みたいだ。
僕は都内の小さなIT企業でエンジニアをしている。満員電車に揺られ、毎日同じような景色を見ながら、同じようなコードを書き続ける日々。別に不満があるわけじゃない。ただ、時々、自分がどこに向かっているのかわからなくなることがある。まるで、巨大な歯車の一部になったような、そんな感覚。
今日も今日とて、そんな気分で通勤電車に乗り込んだ。運良く座れた窓際の席。イヤホンを耳に突っ込み、プレイリストをシャッフル再生する。最初は軽快なポップス、次は少し憂鬱なロック、そしてまたポップスに戻る。音楽だけが、僕を現実からほんの少しだけ引き離してくれる。
ふと顔を上げると、向かいの席に、僕より少し年配の女性が座っていた。ベージュのコートを着て、丁寧に手入れされた髪。その女性の膝の上には、一冊の文庫本が開かれている。表紙は見えないけれど、背表紙の文字はかすかに読める。「…と孤独」。
「孤独」か。
その言葉が、胸に深く突き刺さった。僕もまた、孤独を感じていたからだ。SNSで繋がっている人はたくさんいる。毎日、たくさんの「いいね!」やコメントが飛び交う。でも、本当に心を通わせている人は、一体何人いるのだろう?
電車は次の駅に到着し、ドアが開いた。数人が降り、数人が乗り込んでくる。その中に、杖をついたおじいさんがいた。少し迷ったけれど、僕は席を立った。
「どうぞ」
そう言って、おじいさんに席を譲った。おじいさんは少し驚いたような顔で、僕に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
おじいさんの言葉は、なんだかとても温かかった。そして、その温かさは、僕の心の奥底に沈んでいた孤独を、ほんの少しだけ溶かしてくれたような気がした。
結局、次の駅で降りるまで、僕はつり革につかまっていた。でも、不思議と、最初の頃のような憂鬱な気分は消えていた。むしろ、少しだけ晴れやかな気持ちだった。
オフィスに着くと、同僚のミナが、いつものように笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます! 今日も寒いですね」
ミナは、僕の部署で唯一の女性社員だ。明るくて、いつもポジティブ。彼女がいるだけで、オフィス全体の雰囲気が明るくなる。
「おはよう。本当に寒いね」
僕はそう答えて、自分の席に向かった。
午前中の業務は、いつも通り、バグ修正とテストの繰り返しだった。複雑なコードとにらめっこしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
昼休みになると、僕はいつものカフェに向かった。オフィス街にある、こじんまりとしたカフェ。そこで僕は、毎日、同じようにホットコーヒーを注文する。
カフェの窓際の席に座り、コーヒーを一口飲む。その瞬間だけは、仕事のプレッシャーから解放される。
今日は、いつもと少し違うことがあった。
僕が席に座ると、隣の席に、見覚えのある顔が座ったのだ。それは、今朝、電車で席を譲ったおじいさんだった。
おじいさんは、僕に気づくと、にっこりと微笑んだ。
「ああ、あなた。今朝はありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
僕は少し照れながら答えた。
「あのお礼と言ってはなんですが、もしよろしければ、コーヒーでもご一緒しませんか?」
おじいさんの言葉は、予想外だった。見ず知らずの人と、カフェでコーヒーを飲むなんて、今まで考えたこともなかった。でも、なぜか、その誘いを断る気にはなれなかった。
「はい、ぜひ」
僕はそう答えて、おじいさんと向かい合って座った。
おじいさんの名前は、タカシさんと言うらしい。昔は、大学で歴史の先生をしていたそうだ。今は退職して、悠々自適な生活を送っているらしい。
タカシさんは、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、昔話を聞かせてくれた。教え子のこと、研究のこと、旅行のこと……。タカシさんの話は、どれも面白くて、僕は時間を忘れて聞き入ってしまった。
話を聞いているうちに、僕は、タカシさんの言葉の中に、深い人生経験と知恵が込められていることに気づいた。タカシさんは、人生の喜びも悲しみも、すべてを受け入れて、穏やかに生きているように見えた。
「あなたは、若いのに、とても優しいですね」
タカシさんは、突然そう言った。
「そんなことないですよ。誰でもすると思います」
僕は照れ隠しに答えた。
「いいえ、そんなことはありません。今の若い人は、自分のことしか考えていない人が多いですからね」
タカシさんの言葉は、少し辛辣だった。でも、僕は、その言葉に反論することはできなかった。
確かに、僕自身も、自分のことで精一杯で、周りの人のことを気遣う余裕がないことが多かった。SNSで繋がっている人たちのことは気にするけれど、目の前にいる人のことは、あまり気にしない。そんな自分が、少し恥ずかしくなった。
「あなたは、もっと自信を持ってください。そして、周りの人のことを大切にしてください。そうすれば、きっと、素晴らしい人生を送れるはずです」
タカシさんの言葉は、僕の心に深く響いた。それは、まるで、迷子になっている僕に、道標を示してくれているようだった。
別れ際、タカシさんは、僕に一枚の名刺を渡してくれた。そこには、タカシさんの名前と、大学時代の研究室の住所が書かれていた。
「もし、何か困ったことがあれば、いつでも連絡してください。いつでも相談に乗りますよ」
タカシさんの言葉は、本当に温かかった。
オフィスに戻ると、ミナが、心配そうな顔で僕に話しかけてきた。
「どうかしましたか? さっきから、ぼーっとしているみたいですけど」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと、いいことがあったんだ」
僕はそう答えて、微笑んだ。
その日の帰り道、僕は、いつものように満員電車に乗った。でも、心なしか、今日の電車は、いつもより少しだけ温かいような気がした。
家に帰ると、僕は、タカシさんにもらった名刺を、机の上に飾った。その名刺を見るたびに、僕は、タカシさんの言葉を思い出すだろう。
「自信を持って、周りの人を大切にする」
それは、僕がこれから生きていく上で、大切な指針になるはずだ。
数日後、僕は、思い切って、タカシさんにメールを送ってみた。近況報告と、感謝の気持ちを伝える短いメール。
すると、すぐに返信が来た。
「お元気そうで安心しました。いつでも遊びに来てください。珈琲でも飲みながら、ゆっくり話をしましょう」
僕は、そのメールを読んで、胸が熱くなった。
2026年1月12日。
あの日の出来事は、僕にとって、ささやかな、しかし、とても大切な出来事だった。
席を譲ったおじいさんとの出会い。カフェでのコーヒー。そして、タカシさんの言葉。
それらは、僕の心の奥底に沈んでいた孤独を、ほんの少しだけ溶かしてくれた。そして、僕に、生きる希望を与えてくれた。
現代社会は、孤独と不安に満ちている。SNSで繋がっている人はたくさんいるけれど、本当に心を通わせている人は、一体何人いるのだろう?
でも、そんな時代だからこそ、私たちは、もっと周りの人のことを気遣うべきなのかもしれない。見ず知らずの人に、ほんの少しの親切を向けるだけで、誰かの心を温めることができる。そして、その温かさは、きっと、自分自身にも返ってくるはずだ。
珈琲とマスクと、微かな親切。
それらは、僕にとって、2026年1月12日の、忘れられない記憶となった。そして、これからも、僕は、その記憶を胸に、生きていくのだろう。
いつか、僕も、タカシさんのように、誰かの道標になれるように。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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