波の記憶、砂の言葉について

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📝 この記事のポイント

  • 都心のカフェは、いつものように喧騒に包まれていた。
  • 暖房が効きすぎた店内で、私はアイスコーヒーを片手に、目の前のノートパソコンに向かっていた。
  • 指先はキーボードの上を滑るように動き、SNSのタイムラインを無意識に更新し続けている。

2026年1月12日。都心のカフェは、いつものように喧騒に包まれていた。暖房が効きすぎた店内で、私はアイスコーヒーを片手に、目の前のノートパソコンに向かっていた。指先はキーボードの上を滑るように動き、SNSのタイムラインを無意識に更新し続けている。

新年を迎えてから、すでに2週間が過ぎた。今年の目標は「脱・SNS依存」だったはずだが、現実はそう甘くない。指は勝手にスクロールし、脳は無数の情報に溺れていく。カフェに流れる軽快なBGMが、かえって孤独感を際立たせる。

ふと、画面に表示されたニュース記事が目に留まった。「記録的な暖冬、各地で雪不足深刻化」。スキー場の経営難や、農業への影響が報じられている。子供の頃は、雪が降るのが待ち遠しかった。雪合戦や雪だるま作り、白い世界に足跡をつける喜び。今は、雪かきの心配ばかりが頭をよぎる。

ため息をつき、パソコンを閉じた。隣の席では、若いカップルが楽しそうに話している。その向こうの席では、ビジネスマンが電話で誰かを叱責している。カフェは、社会の縮図だ。それぞれの人生が、それぞれの音を立てて交差している。

私は、最近、自分の人生に迷っていた。大学を卒業して3年。広告代理店で働く私は、それなりに充実した日々を送っているはずだった。しかし、心の中には、常に満たされない何かがあった。それは、まるで底なし沼のように、私を飲み込もうとしている。

きっかけは、年末年始の帰省だった。久しぶりに会った両親は、少し老けたように見えた。実家の周りの風景も、昔と変わってしまった。商店街はシャッター通りと化し、子供の頃によく遊んだ公園は、駐車場になっていた。

変わってしまったのは、風景だけではない。両親との会話も、どこかぎこちなかった。私が話す東京での生活や仕事の話に、両親は興味を示しているようには見えなかった。代わりに、近所の噂話や、健康の話ばかりになった。

私は、両親の期待に応えようと、都会で必死に生きてきた。良い大学に入り、安定した企業に就職し、一人前の社会人になる。それが、両親の望むことだと思っていた。しかし、本当にそうだろうか。

実家を出る時、母親が言った。「体に気を付けて、無理しないでね」。その言葉が、胸に刺さった。私は、無理をしているのだろうか。自分の本当にやりたいことを、押し殺して生きてきたのだろうか。

東京に戻ってきてから、私は、過去の記憶を辿るようになった。子供の頃に好きだったこと、夢中になったこと、そして、忘れてしまったこと。

そんな時、SNSで見つけたのが、ある旅ブログだった。「東尋坊すげぇーー!!荒波すぎて笑うしかなかった」というタイトルの記事に、私は釘付けになった。そこには、荒々しい日本海の写真が掲載されていた。打ち寄せる波、岩肌に叩きつけられる飛沫、そして、冬の鉛色の空。

私は、その写真に、何か強烈なものを感じた。それは、子供の頃に見た海の記憶だった。夏には海水浴で賑わい、冬には荒れ狂う日本海。祖父母の家に遊びに行くたびに、私は海を見に行った。波の音、潮の香り、そして、どこまでも広がる水平線。海は、私にとって、特別な場所だった。

大学に進学してからは、海に行く機会はめっきり減った。東京には海がないから、というのもあるが、それ以上に、心の余裕がなかったのだと思う。日々の仕事に追われ、自分の内面と向き合うことを避けてきた。

私は、いてもたってもいられなくなり、その週末に、東尋坊へ行くことにした。誰にも告げずに、一人で。

金曜日の夜、東京駅から新幹線に乗り、福井を目指した。車窓から見える景色は、夜の闇に溶け込んでいく。私は、イヤホンで音楽を聴きながら、過去の記憶を辿っていた。

東尋坊に着いたのは、土曜日の朝だった。駅前からバスに乗り、海岸へと向かう。バスを降りると、潮の香りが鼻を突いた。風が強く、体が揺れる。

目の前に広がったのは、想像を絶する光景だった。荒れ狂う波が、岩肌に激しく打ちつけられ、白い飛沫を上げる。風は容赦なく吹き荒れ、まるで世界が終わるかのような錯覚に陥る。

私は、柵にしがみつき、その光景をただ見つめていた。恐怖と興奮が入り混じった、不思議な感情が湧き上がってくる。

子供の頃に見た海とは、全く違っていた。あの頃は、ただ楽しかった。しかし、今は、海の荒々しさの中に、自分の内面と向き合うきっかけを見つけた。

波は、過去の記憶を洗い流し、新たな自分を呼び覚ます。砂は、未来への希望を育む。私は、波の音を聞きながら、砂の言葉に耳を傾けた。

その日の夜、私は、近くの温泉旅館に泊まった。露天風呂に入りながら、私は、自分の人生について考えた。本当にやりたいことは何なのか、これからどう生きていくのか。

湯船の中で、私は、一つの結論に達した。それは、SNSに依存するのではなく、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で感じるということだ。

翌日、私は、東尋坊を後にした。東京に戻る新幹線の中で、私は、ノートパソコンを開き、新しいブログ記事を書き始めた。タイトルは、「波の記憶、砂の言葉について」

カフェで書くのとは、全く違う文章が、そこにはあった。自分の言葉で、自分の感情を表現することができた。私は、SNSを一旦閉じて、自分の内面と向き合う時間を作ろうと思った。

数日後、私は、会社に退職願を提出した。上司は驚いていたが、私の決意は固かった。私は、自分の本当にやりたいことを見つけるために、旅に出ることにした。

旅の目的地は、まだ決まっていない。ただ、海に行きたいと思った。子供の頃に見た、あの海へ。

2026年の冬。私は、新しい一歩を踏み出した。

そして、一年後。

私は、沖縄の小さな島にいた。透明度の高い海、白い砂浜、そして、温かい人々。そこで、私は、小さなカフェを開いた。

カフェの名前は、「波の記憶、砂の言葉」

毎日、海を眺めながら、コーヒーを淹れている。訪れる人々と、色々な話をする。時には、悩みを聞いたり、アドバイスをしたり。

あの時、東尋坊で見た荒波は、私に、自分の人生を見つめ直すきっかけを与えてくれた。そして、砂の言葉は、私に、未来への希望を教えてくれた。

SNSは、今でもたまに見る。しかし、以前のように依存することはなくなった。私は、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で感じることを大切にしている。

そして、いつか、また、東尋坊に行きたいと思っている。あの荒波に、感謝を伝えるために。

波の記憶、砂の言葉。それは、私の人生の羅針盤だ。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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