蛍光色のタスクと、孵化しない卵について

essay_featured_1768063972150

📝 この記事のポイント

  • 都内を走る満員電車の中で、僕は今日初めての溜息をついた。
  • 正確には、押し潰される寸前の肺から、なんとか空気を絞り出した、という表現が近い。
  • スマホを握る手は汗ばみ、今日のタスクリストがぼんやりと目に浮かぶ。

2026年1月11日。都内を走る満員電車の中で、僕は今日初めての溜息をついた。正確には、押し潰される寸前の肺から、なんとか空気を絞り出した、という表現が近い。スマホを握る手は汗ばみ、今日のタスクリストがぼんやりと目に浮かぶ。

蛍光ペンで塗りたくられたそれは、まるで警告灯のようだった。締め切り間近の実験データ解析、教授への進捗報告スライド作成、後輩の実験指導、そして、放置気味の修士論文の執筆。どれもこれも、僕という名のブラックボックスに押し込まれた、処理待ちのタスクたちだ。

大学院生、修士二年。響きは悪くない。しかし、現実は理想とは程遠い。研究室は、時に、知的好奇心を満たす神聖な場所ではなく、ただひたすらにタスクを消化する工場と化す。あの時、研究者になりたい、という漠然とした夢を抱いてこの門を叩いた自分を、今の自分は少しばかり憐れんでいる。

電車がガタンと揺れ、僕の体も前後に揺さぶられる。目の前の女性は、慣れた手つきでスマホを操作している。おそらく、SNSだろう。流れてくる情報に、彼女は時折、小さく笑みをこぼす。その笑顔が、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。

大学最寄りの駅で降り、僕は足早に研究室へと向かった。コンクリート打ちっぱなしの無機質な廊下を歩くたびに、自分の心も同じように冷たく、硬くなっていく気がした。

研究室のドアを開けると、蛍光灯の光が目に飛び込んできた。ずらりと並んだ実験器具、積み上げられた論文、そして、それぞれのパソコンに向かって黙々と作業する同級生たちの姿。そこには、昨日と変わらない、いつもの光景が広がっていた。

僕の席に着くと、すぐにパソコンを立ち上げた。メールボックスには、教授からの催促メールが届いている。ため息をつきながら、僕はスライド作成に取り掛かった。

昼食は、研究室の隅にある休憩スペースで、コンビニのおにぎりを立ったまま食べる。味は覚えていない。ただ、胃の中に何かを詰め込んだ、という事実だけが残る。

午後は、後輩の実験指導を行った。彼は、まだ大学院生活に慣れていないのか、どこか不安げな表情をしていた。僕は、自分の経験を踏まえながら、丁寧にアドバイスを送った。

「実験は、うまくいかないことの方が多いから。でも、そこで諦めずに、原因を追求することが大事なんだ。」

そう言いながら、僕は自分の心に問いかけた。本当にそう思っているのか、と。

夕方、僕は気分転換に、大学近くのカフェに立ち寄った。窓際の席に座り、コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外を眺める。

カフェには、様々な人がいた。談笑するカップル、仕事に集中するビジネスマン、そして、参考書を広げて勉強する学生。それぞれの人生が、それぞれの場所で、それぞれの時間を刻んでいる。

その時、ふと、目の前の女子高生グループの会話が耳に入ってきた。彼女たちは、進路について話していた。

「将来、何がしたい?」

一人の女の子が、そう問いかけた。

「うーん、まだわかんない。でも、なんか、人の役に立つ仕事がしたいかな。」

別の女の子が、そう答えた。

その言葉を聞いて、僕はハッとした。そうだった。僕も、かつては、人の役に立つ仕事がしたい、という純粋な気持ちを持っていた。しかし、いつの間にか、日々のタスクに追われるうちに、その気持ちを忘れてしまっていた。

カフェを出て、僕は再び研究室へと戻った。夜遅くまで、実験データ解析と論文執筆に取り組んだ。

その夜、僕は夢を見た。夢の中で、僕は巨大な卵の中に閉じ込められていた。卵の中は、狭くて暗くて、息苦しかった。僕は、必死にもがいたが、卵の殻を破ることはできなかった。

朝、目を覚ますと、体は鉛のように重かった。まるで、夢の中の卵が、現実世界にも存在しているかのように感じられた。

僕は、自分の研究室生活を振り返ってみた。確かに、タスクは山のようにある。教授からのプレッシャーも大きい。そして、自分の将来に対する不安もある。

しかし、それらは、全て外側の要因に過ぎない。本当に僕を苦しめているのは、自分自身の心の中にある、殻なのかもしれない。

僕は、いつの間にか、自分の夢を諦め、タスクをこなすだけのロボットになってしまっていた。研究することの楽しさ、知的好奇心を満たす喜び、そして、社会に貢献できる可能性。それら全てを、僕は心の奥底に閉じ込めてしまっていた。

僕は、その日、教授に相談した。

「先生、少し、時間をいただけませんか?」

教授は、少し驚いたような表情をしたが、すぐに頷いてくれた。

僕は、自分の研究に対する迷いや不安、そして、将来に対する希望を、正直に話した。

教授は、僕の話を静かに聞いていた。そして、最後に、こう言った。

「君は、まだ若い。これから、いくらでもやり直せる。大切なのは、自分が本当に何をしたいのかを見つけることだ。」

教授の言葉を聞いて、僕は心が軽くなった。まるで、長年背負ってきた重荷を下ろしたような気分だった。

僕は、その日から、研究に対する姿勢を変えた。タスクをこなすだけでなく、研究することの意味を考え、自分の興味のある分野を積極的に学ぶように努めた。

もちろん、すぐに成果が出るわけではない。しかし、少しずつ、僕は自分の殻を破り始めていることを実感した。

そして、2026年の年末。僕は、なんとか修士論文を書き上げることができた。完璧とは言えない出来だったが、自分なりに精一杯頑張った結果だ。

論文を提出した後、僕は、研究室のメンバーと打ち上げに行った。みんなで、お酒を飲みながら、笑い合った。その時、僕は、初めて、研究室の一員として認められたような気がした。

2027年。僕は、博士課程に進学することを決めた。もちろん、不安がないわけではない。しかし、今度は、自分の意志で、自分の夢に向かって挑戦したい。

僕は、まだ孵化しない卵を抱えている。しかし、いつか必ず、その殻を破り、新しい世界へと飛び立つことを信じている。蛍光色のタスクに追われる日々は続くかもしれない。それでも、僕は、自分の心の中にある、小さな炎を絶やさずに、歩み続けていきたい。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

目次

📚 あわせて読みたい

 AIピック AI知恵袋ちゃん
AI知恵袋ちゃん
技術の進歩についていくのも楽しみの一つ!
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次