ラーメンとハイブランドのロゴについて

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📝 この記事のポイント

  • いつものように、満員電車に押し込まれていた。
  • 顔を上げると、目の前の女性が持っているトートバッグが目に飛び込んできた。
  • シンプルなキャンバス地に、控えめながらも一目でそれとわかるハイブランドのロゴ。

2026年1月11日。いつものように、満員電車に押し込まれていた。

顔を上げると、目の前の女性が持っているトートバッグが目に飛び込んできた。シンプルなキャンバス地に、控えめながらも一目でそれとわかるハイブランドのロゴ。ああ、あれ欲しいんだよな、と心の声が漏れそうになる。

別にブランド物が好きってわけじゃない。というか、むしろ苦手な部類だ。学生時代は古着屋を巡り、個性的なアイテムを見つけるのが至上の喜びだった。高い服を買うくらいなら、浮いたお金で美味しいものを食べたい。それが信条だったはずなのに。

最近、どうも価値観が揺らいでいる。SNSを開けば、キラキラしたインフルエンサーたちが、まるで呼吸をするようにブランド品を身につけている。コメント欄には「素敵!」「憧れます!」の嵐。そんな光景を毎日見ていると、まるで自分が時代の流れに取り残されているような、取り残されることへの漠然とした不安が、胸の奥底にじんわりと広がっていくのを感じるのだ。

あのトートバッグを持っている女性は、どんな人なんだろう。仕事帰りだろうか。それとも、これからどこかへ遊びに行くのだろうか。想像を巡らせているうちに、ふと、数年前にニューヨークで食べたラーメンのことを思い出した。

当時、僕は大学の交換留学制度を利用して、ニューヨークに滞在していた。語学学校に通いながら、現地の学生たちと交流し、毎日が刺激的だった。ある日、ルームメイトに連れられて、イーストビレッジにあるラーメン屋に行った。

その店は、一見すると普通のラーメン屋とは全く違っていた。壁には現代アートが飾られ、照明は薄暗く、まるで高級レストランのような雰囲気だった。メニューを開くと、ラーメン一杯の値段が20ドル以上もする。

「高い!」と文句を言う僕に、ルームメイトは「ここは特別なんだ。スープも麺も、全て手作りで、素材にもこだわっているんだよ」と説明してくれた。

運ばれてきたラーメンは、確かに美しかった。澄んだスープに、丁寧に盛り付けられたチャーシュー、ネギ、メンマ。まるで芸術作品のようだった。一口スープを飲むと、鶏ガラの旨味が口の中に広がり、思わず唸ってしまった。麺も自家製らしく、コシがあって、スープとの相性が抜群だった。

「これは、ラーメンじゃない。芸術だ」

そう思った僕は、それから何度もそのラーメン屋に通った。最初は値段に躊躇していたが、次第にその価値を理解するようになった。それは単なる食事ではなく、体験だった。洗練された空間で、最高の食材を使ったラーメンを味わう。それは、日常を忘れさせてくれる、贅沢な時間だった。

あの時、僕は初めて「ラーメン」という食べ物の可能性を見た気がした。日本で食べるラーメンとは全く違う、新しい価値観がそこにはあった。

最近、SNSで「ヘルシーラーメン」という言葉をよく見かけるようになった。野菜たっぷりのラーメンや、鶏ガラベースのあっさりとしたラーメンが、ダイエットや健康志向の人々に人気を集めているらしい。

ラーメンといえば、こってりとした豚骨スープに、背脂がたっぷり浮いた、いわゆる「二郎系」を想像する人が多いかもしれない。しかし、海外では、ラーメンはもっとヘルシーで、洗練されたイメージで捉えられているようだ。

例えば、ニューヨークのラーメン屋では、グルテンフリーの麺や、ベジタリアン向けのスープを提供している店もある。盛り付けも、日本のラーメンとは全く違い、まるでフレンチのコース料理のように、美しく盛り付けられている。

日本でパスタが「海外のオシャレな麺料理」として認識されているように、海外ではラーメンがそのポジションを確立しつつあるのかもしれない。そして、それは単なる一時的なブームではなく、ラーメンの新たな可能性を示唆しているように思える。

電車を降り、オフィスに向かう途中、カフェに立ち寄った。カフェラテを注文し、窓際の席に座ると、目の前に若い女性が座ってきた。彼女もまた、ハイブランドのトートバッグを持っている。

ふと、彼女の顔を見ると、少し疲れているように見えた。きっと、毎日仕事で忙しいのだろう。僕と同じように、社会の荒波にもまれているのかもしれない。

僕は、彼女のトートバッグに目をやった。そして、思った。

ブランド品を持つこと、それは自己肯定感を高めるための手段なのかもしれない。

現代社会は、常に他人と比較され、評価される社会だ。SNSを見れば、誰もが自分の「最高の瞬間」を切り取って投稿している。そんな中で、自分だけが取り残されているような、惨めな気持ちになることもあるだろう。

ブランド品を持つことは、そんな不安を解消するための、一つの方法なのかもしれない。高価なものを身につけることで、自分の価値を認め、自信を持つことができる。

しかし、それは本当に「幸せ」なのだろうか。

僕は、あのニューヨークのラーメン屋で食べたラーメンを思い出した。あのラーメンは、確かに高価だった。しかし、それは単なる値段の問題ではなく、素材や技術、そして、作り手の情熱が詰まっていた。

本当に価値のあるものは、値段で測れるものではない。

そう思った時、僕は、自分の価値観が少しずつ変わってきていることに気づいた。

ブランド品を持つことよりも、自分の好きなこと、やりたいことを追求すること。美味しいものを食べたり、美しい景色を見たり、感動的な音楽を聴いたりすること。そんな、ささやかな幸せを積み重ねていくことこそが、本当に価値のあることなのではないだろうか。

オフィスに着き、パソコンを開いた。今日やるべき仕事のリストが、画面にずらりと並んでいる。

ため息をつきながら、僕は、キーボードに手をかけた。

今日一日、僕はどんな「幸せ」を見つけることができるだろうか。

ふと、ランチにラーメンを食べに行こうと思いついた。近所のラーメン屋で、いつも頼む醤油ラーメンを食べる。

それは、ニューヨークの高級ラーメンとは全く違う、庶民的な味だ。しかし、僕にとっては、それが一番美味しいラーメンなのだ。

ラーメンを食べながら、僕は、今日一日頑張ろうと思った。そして、いつか、自分の手で、あのニューヨークのラーメンに負けないくらいの、美味しいラーメンを作りたいと思った。

それは、僕にとっての、新たな目標になった。

2026年1月11日。僕の日常は、今日もまた、平凡に過ぎていく。

しかし、僕の心の中には、小さな火が灯っている。

それは、ラーメンとハイブランドのロゴから生まれた、新たな希望の光だ。

そして、その光は、僕を、未来へと導いてくれるだろう。

まるで、ラーメンのスープのように、じんわりと、そして、確実に。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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