肉まんスタンプと、解像度の低い未来のこと

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📝 この記事のポイント

  • 満員電車の窓ガラスに押し付けられた自分の顔は、さながら発酵前のパン生地のようだ。
  • むくみと寝不足で輪郭が曖昧なそれは、まるで解像度の低い未来を映し出しているかのようで、見ていて少し気が滅入る。
  • スマートフォンに表示された情報に、心の中でそっと舌打ちをする。

朝8時17分。満員電車の窓ガラスに押し付けられた自分の顔は、さながら発酵前のパン生地のようだ。むくみと寝不足で輪郭が曖昧なそれは、まるで解像度の低い未来を映し出しているかのようで、見ていて少し気が滅入る。

今日の天気は晴れ。スマートフォンに表示された情報に、心の中でそっと舌打ちをする。晴れた日の満員電車ほど、最悪なものはない。他人との距離が物理的にゼロに近づくほど、精神的な距離は遠ざかる。誰もがスマートフォンを睨みつけ、イヤホンから漏れる音だけが微かに現実を主張する。

私は広告代理店で働く、今年で28歳になる女性だ。大学卒業後、憧れの広告業界に飛び込んだものの、現実は想像以上にシビアで、毎日が企画書の山とクライアントからの無理難題との戦いだ。

ふと、目の前の女性がスマートフォンを操作している画面が目に入った。LINEの画面だ。そして、その女性が送ったスタンプに見覚えがあった。「ときめきメモリアル」のスタンプだ。懐かしい。私も小学生の頃、兄の持っていたゲームをこっそりプレイしていた。

しかし、そのスタンプのデザインに、一瞬、目を疑った。主人公の女の子が、こちらに肉まんを差し出しているスタンプなのだが、その肉まんが異常に大きいのだ。まるで、私の顔よりも大きいのではないかと思えるほどだ。遠近法を考慮しているのだろうが、それにしても不自然すぎる。

そのアンバランスさに、思わず笑いがこみ上げてきそうになった。と同時に、小学生の頃の記憶が蘇ってきた。あの頃の私は、未来はもっと解像度の高い、鮮やかなものだと信じて疑わなかった。

「すみません、降ります」

目の前の女性がそう言い、現実世界へと引き戻された。私も慌ててドアの近くへと移動する。目的の駅まで、あと少しだ。

会社に着くと、デスクにはすでに山のような書類が積まれていた。朝礼を終え、すぐに企画書の作成に取り掛かる。今回のクライアントは、地方の老舗和菓子メーカーだ。ターゲットは20代の女性。伝統を守りながらも、新しい顧客層を獲得したいという、いつものパターンだ。

昼食は、会社の近くのカフェで済ませることにした。いつものように、テイクアウトのサンドイッチとコーヒーを注文する。窓際の席に座り、スマートフォンを開いた。

SNSを開くと、タイムラインには友人たちのキラキラした投稿が並んでいる。結婚報告、出産報告、海外旅行の写真。それらを見るたびに、心の中で小さなため息をつく。

私は、本当にこのままでいいのだろうか。毎日同じことの繰り返しで、将来への不安ばかりが募っていく。あの肉まんスタンプのように、どこか歪んだ、アンバランスな未来が待っているのではないだろうか。

「何か、面白いことないかな…」

呟いた言葉が、カフェの喧騒にかき消される。

その日の夕方、チームリーダーから呼び出された。新しいプロジェクトのメンバーに選ばれたという。内容は、地方の活性化を目的とした、新しい観光キャンペーンの企画だ。

「君の若い視点と、柔軟な発想に期待しているよ」

チームリーダーの言葉に、少しだけ心が躍った。もしかしたら、このプロジェクトで、何かを変えられるかもしれない。

プロジェクトチームのメンバーは、私を含めて5人。それぞれ個性的なメンバーが集まっていた。年配のベテラン社員、クリエイティブなデザイナー、SNSに強い若手社員。

最初の会議で、私たちはそれぞれのアイデアを出し合った。しかし、なかなか具体的な方向性が見えてこない。

「結局、何をアピールしたいのか、よく分からないんだよね」

デザイナーの言葉が、会議室に重く響く。

その時、ふと、朝の電車で見かけた肉まんスタンプのことを思い出した。あのアンバランスさ、違和感。もしかしたら、それこそが、私たちのヒントになるのではないか。

「あの…」

私は意を決して、自分の考えを話し始めた。

「あのスタンプ、すごくインパクトがあったんです。遠近法がめちゃくちゃで、肉まんが大きすぎるんですけど、それが逆に面白いというか…」

私の言葉に、メンバーたちは一斉に首を傾げた。

「つまり、何が言いたいの?」

ベテラン社員が、怪訝そうな顔で尋ねる。

「地方の魅力をアピールするにあたって、必ずしも完璧なものを見せる必要はないんじゃないかと思ったんです。むしろ、ちょっとズレていたり、アンバランスだったりする部分こそが、その土地の個性になるんじゃないかって」

私の言葉に、デザイナーが興味深そうな顔で頷いた。

「なるほど。完璧な観光地よりも、ちょっと変わった体験ができる場所の方が、今の若い世代には響くかもしれない」

そこから、議論は一気に加速した。私たちは、その地方ならではの、ちょっと変わった魅力を掘り起こすことに焦点を当てることにした。

例えば、その地方でしか食べられない、ちょっと変わったB級グルメ。地元の人しか知らない、秘密の絶景スポット。伝統的なお祭りの中で行われる、奇妙な儀式。

私たちは、それぞれの個性を活かし、企画を練り上げていった。SNSを活用し、若い世代に共感されるようなキャンペーンを展開することにした。

数週間後、私たちはクライアントに企画をプレゼンした。結果は、大成功だった。クライアントは私たちの企画に大いに賛同し、すぐに実行に移すことになった。

キャンペーンが始まると、予想以上の反響があった。SNSでは、私たちの企画したハッシュタグがトレンド入りし、多くの若い世代がその地方を訪れるようになった。

私は、自分の企画が、地方の活性化に貢献できたことを心から嬉しく思った。同時に、あの肉まんスタンプが、私に新しい視点を与えてくれたことに感謝した。

2026年1月11日。私は、その地方を訪れていた。キャンペーンの視察を兼ねて、少しだけ観光も楽しむことにした。

夕暮れ時、私は小さな展望台に立っていた。眼下には、美しい田園風景が広がっている。遠くの山々が夕日に照らされ、黄金色に輝いている。

その風景を見ていると、ふと、未来への不安が和らいでいくのを感じた。未来は、必ずしも解像度の高い、鮮やかなものである必要はないのかもしれない。

少しズレていたり、アンバランスだったりする部分こそが、人生の面白さなのかもしれない。そして、そのズレやアンバランスを受け入れることで、新しい可能性が開けるのかもしれない。

私は、深呼吸をした。冷たい空気が肺を満たす。

スマートフォンを取り出し、カメラを起動した。目の前の風景を写真に収める。そして、その写真をSNSに投稿した。

「#解像度の低い未来も悪くない」

ハッシュタグをつけて。

画面には、夕日に照らされた田園風景が映っている。少しピンぼけしているが、それが逆に、この風景の温かさを際立たせているような気がした。

私は、微笑んだ。

未来は、まだ分からない。

でも、それでいい。

解像度の低い未来を、私はゆっくりと歩んでいこう。

自分のペースで、自分の足で。

そして、いつか、あの肉まんスタンプのように、誰かを笑顔にできるような、そんな未来を創造していきたい。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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