📝 この記事のポイント
- 働き方改革とか、週休3日制とか、そんな言葉が飛び交う時代に、未だに週6勤務を強いられている自分の会社は、時代遅れも甚だしい。
- 満員電車に揺られ、吊り革につかまりながら、ぼんやりと窓の外を眺める。
- 車窓から見える風景は、いつもと変わらない。
2026年1月10日。珍しく土曜日に出勤することになった。働き方改革とか、週休3日制とか、そんな言葉が飛び交う時代に、未だに週6勤務を強いられている自分の会社は、時代遅れも甚だしい。満員電車に揺られ、吊り革につかまりながら、ぼんやりと窓の外を眺める。
車窓から見える風景は、いつもと変わらない。グレーの空の下、コンクリートジャングルが広がっている。人々は皆、無表情でスマホを睨みつけ、どこか遠い世界に意識を飛ばしているようだ。僕もその一人なのかもしれない。
今日の僕は、プレゼン資料の最終チェックという大役を担っている。上司からのプレッシャーは尋常ではなく、昨夜はほとんど眠れなかった。目の下にクマを作り、よれよれのスーツを着た自分が、鏡に映るゾンビと重なって見える。
駅に着き、改札を抜ける。コンビニでエナジードリンクを買い、一気に飲み干す。カフェインの刺激が、鈍った神経を叩き起こしてくれる。オフィスに向かう途中、横断歩道で信号待ちをしていた。
ふと、目の前の植え込みに目が留まる。冬枯れの枝が、寂しげに空に向かって伸びている。その陰から、二人の小学生が顔を覗かせているのが見えた。一人は男の子、もう一人は女の子だ。二人とも、ランドセルを背負っている。
信号が青に変わる直前、男の子が意を決したように僕に話しかけてきた。
「あの、すみません…」
僕は少し驚きながら、彼らに視線を合わせた。
「一緒に、横断歩道を渡ってもらえませんか?」
小学生に頼み事をされるなんて、一体何事だろうか。不審に思いながらも、僕は「いいよ」と答えた。
「ありがとうございます!」
二人は嬉しそうに笑い、僕の隣に並んだ。信号が青に変わる。僕たちは一緒に、横断歩道を渡り始めた。
「どうして、一緒に渡ってほしいの?」
僕は、彼らに理由を尋ねた。すると、女の子が少し恥ずかしそうに、でも真剣な表情で答えた。
「だって、影から出たら、死んじゃうもん…」
僕は、一瞬意味が分からなかった。しかし、すぐに合点がいった。ああ、なるほど。これは、子供の頃によくやった遊びだ。
子供の頃、僕も同じようなことをしていた。白線だけを踏んで歩いたり、マンホールの蓋を避けて歩いたり、影を踏まないようにジャンプしたり。子供の世界には、大人には理解できない、独自のルールが存在する。
「影から出たら死ぬ」というルールも、その一つなのだろう。子供たちは、遊びを通して、自分たちの世界を創造し、楽しんでいるのだ。
僕も、子供の頃は色々な遊びをしていた。友達と缶蹴りをしたり、秘密基地を作ったり、木登りをしたり。日が暮れるまで、泥だらけになって遊んでいた。あの頃は、時間がゆっくりと流れていたように感じる。
いつからだろうか、そんな遊びをしなくなったのは。いつからだろうか、時間に追われるようになったのは。いつからだろうか、心の余裕を失ってしまったのは。
横断歩道を渡り終え、僕は小学生の二人に別れを告げた。
「ありがとう、助かりました!」
二人は笑顔でそう言い、走り去っていった。その姿を見送りながら、僕は少しだけ、子供の頃の気持ちを思い出した。
オフィスに着き、パソコンを開く。プレゼン資料のチェックに取り掛かるが、どうしても集中できない。小学生の言葉が、頭の中でリフレインする。
「影から出たら、死んじゃうもん…」
その言葉は、まるで現代社会に対するメタファーのようにも聞こえた。
現代社会は、常に競争を強いられる社会だ。他人よりも優位に立ち、成功を収めなければ、生き残ることができない。まるで、影から出たら死んでしまうかのように。
SNSを開けば、キラキラした生活を送っている人たちの投稿が目に入る。高級レストランでの食事、海外旅行、ブランド物のバッグ。それらを見るたびに、焦燥感に駆られる。自分は、一体何をしているんだろうか。
僕たちは、いつの間にか、他人と自分を比較し、自分の価値を測るようになってしまった。そして、その結果に一喜一憂し、疲弊している。
僕たちは、まるで影の中で生きているようだ。太陽の下に出て、自分の足で歩くことを忘れてしまった。
カフェでランチを取りながら、ふと周りを見渡す。人々は皆、スマホを片手に、誰かとメッセージをやり取りしたり、SNSをチェックしたりしている。リアルなコミュニケーションを避け、バーチャルな世界に逃げ込んでいるようだ。
隣の席に座っている女性は、インスタ映えする料理の写真を何枚も撮っている。そして、満足そうにスマホを閉じ、料理を一口食べた。しかし、その表情はどこか寂しげに見える。
僕たちは、SNSを通して、理想の自分を演じているのかもしれない。本当の自分を隠し、他人からの評価を得るために、必死になっている。
しかし、それは本当に幸せなのだろうか。他人の目を気にしながら生きることは、まるで影の中に閉じ込められているのと同じではないだろうか。
午後になり、プレゼン資料の最終チェックを終えた。上司に提出すると、案の定、細かい修正点を指摘された。僕は、ため息をつきながら、修正作業に取り掛かる。
夕方になり、ようやく仕事が終わった。会社を出ると、空は茜色に染まっていた。僕は、駅に向かう途中、公園に立ち寄った。
公園には、子供たちが楽しそうに遊んでいる。ブランコに乗ったり、滑り台を滑ったり、鬼ごっこをしたり。彼らの笑顔は、太陽のように眩しい。
その中に、あの横断歩道で出会った小学生の二人の姿を見つけた。彼らは、地面にチョークで線を引き、何か遊んでいるようだ。
僕は、少しだけ彼らに近づいてみた。
「何してるの?」
僕が声をかけると、男の子が笑顔で答えた。
「これ、新しい遊びなんだ! 影オニ!」
影オニ? 聞いたことのない遊びだ。
「影オニっていうのはね、オニになった人が、他の人の影を踏むと、その人が次のオニになるんだよ!」
なるほど、面白い。子供の発想は、本当に豊かだ。
僕は、しばらくの間、彼らの遊びを眺めていた。彼らは、影を踏まれないように、必死に逃げ回っている。そして、誰かの影を踏むと、大声で笑い合っている。
その光景を見ていると、僕も子供の頃の気持ちを思い出した。あの頃は、何もかもが新鮮で、楽しくて、毎日が冒険だった。
僕は、ふと思った。大人になった僕たちは、いつの間にか、遊び心を忘れてしまったのではないだろうか。真面目に生きることは大切だが、時には、子供のように無邪気に遊ぶことも必要なのではないだろうか。
公園を後にし、駅に向かう。電車に乗り、窓の外を眺める。空はすっかり暗くなり、街の明かりが輝いている。
今日の出来事を振り返りながら、僕は、少しだけ心が軽くなった気がした。小学生の言葉は、僕に、大切なことを思い出させてくれた。
影から出ることを恐れず、自分の足で歩くこと。他人の目を気にせず、自分の心の声に従うこと。そして、何よりも、遊び心を忘れないこと。
僕は、明日から、少しだけ生き方を変えてみようと思う。もっと自由に、もっと自分らしく。
2026年、新しい年を迎えるにあたり、僕は、そう心に誓った。そして、ふと、来たる未来に想いを馳せた。テクノロジーはさらに進化し、社会のあり方も大きく変わっていくのだろう。そんな変化の波に乗りながらも、忘れずにいたいのは、人と人との繋がり、そして何よりも大切な、遊び心だ。子供たちが創り出す遊びは、時代と共にアップデートされていく。僕たち大人は、そんな彼らの創造性を尊重し、共に未来を創っていくべきなのだ。
電車は終点に着き、僕は駅を降りた。家までの帰り道、ふと、地面に伸びる自分の影を見つめた。そして、無意識のうちに、その影を踏まないように、少しだけジャンプしてみた。
その瞬間、僕は、子供の頃の自分に戻ったような気がした。そして、心の中で、小さく笑った。
僕は、まだ、遊び心を失っていない。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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