📝 この記事のポイント
- 都心に向かう満員電車の窓に、冷たい雨粒が遠慮なく叩きつけられていた。
- スマホのニュースアプリを開くと、トップ記事は案の定、新型ウイルスの変異種に関するものだ。
- しかし、習慣とは恐ろしいもので、無意識に感染者数や重症者数を確認してしまう。
2026年1月9日。都心に向かう満員電車の窓に、冷たい雨粒が遠慮なく叩きつけられていた。スマホのニュースアプリを開くと、トップ記事は案の定、新型ウイルスの変異種に関するものだ。もう、うんざりだ。しかし、習慣とは恐ろしいもので、無意識に感染者数や重症者数を確認してしまう。まるで、今日の運勢を占うように。
隣に立つサラリーマンは、明らかに寝不足そうな顔で、吊り革を握る手に力が入っている。その顔には、「今日も一日、頑張ります」というよりも、「今日も一日、耐え忍びます」という悲壮感が漂っていた。僕自身も、同じような顔をしているのかもしれない。
最近、特にそう感じる。社会全体が、何か重たいものを背負っているような、そんな閉塞感。それは、ウイルスだけが原因ではないだろう。経済格差、気候変動、終わりの見えない戦争…挙げればキリがない。僕たちは、まるで巨大な迷路の中に迷い込んだハリネズミのように、出口を探して右往左往しているのだ。
ふと、数日前にSNSで見かけた記事を思い出した。ハリネズミが、ケージの穴から器用にウンコを外に出すという動画だ。その賢さに感心すると同時に、なぜか心が温かくなった。小さな生き物でさえ、知恵を絞って、自分のテリトリーを清潔に保とうとしている。僕たちは、それに比べてどうだろうか?
最寄りの駅に着き、人波に押し出されるように電車を降りた。エスカレーターは、今日も長蛇の列だ。仕方なく、階段を上ることにした。一段一段、ゆっくりと足を運ぶ。一段上るごとに、息が切れる。運動不足を痛感する。
その時、目の前に立っていた女性が、突然立ち止まった。振り返ると、彼女は困ったような顔で、ベビーカーを押している若い母親に声をかけていた。「お手伝いしましょうか?」
母親は、少し戸惑いながらも、「すみません、お願いします」と答えた。二人は協力して、ベビーカーを階段の上まで運び上げた。その光景を見て、僕は胸が熱くなった。
見ず知らずの人同士が、助け合う。それは、まるで砂漠の中で見つけたオアシスのようだ。閉塞感でいっぱいの現代社会にも、まだ温かい光が残っている。
その日の午後、僕はオフィスで、企画書の作成に追われていた。締め切りが迫っているにも関わらず、アイデアが全く浮かんでこない。焦りとプレッシャーで、頭の中はパンク寸前だった。
休憩のために、近くのカフェに行った。窓際の席に座り、熱いコーヒーを一口飲む。目の前には、行き交う人々が見える。カップル、学生、ビジネスマン…それぞれが、それぞれの人生を歩んでいる。
その時、隣の席に座っていた女性の会話が耳に入ってきた。彼女は、電話で誰かに話しているようだ。「…だって、本当に大変だったんだよ。プロジェクトが頓挫しそうになったり、人間関係で悩んだり…でも、みんなで協力して、何とか乗り越えられたんだ。本当に、感謝しかないよ。」
彼女の声は、明るく、力強かった。まるで、困難を乗り越えた達成感に満ち溢れているようだった。その声を聞いて、僕はハッとした。
そうだ。僕たちは、一人じゃない。周りには、助け合える仲間がいる。困難を乗り越えるための知恵も、勇気も、僕たちは持っている。
カフェを出て、オフィスに戻る途中、僕はスマホを取り出し、SNSを開いた。そして、ハリネズミの動画をもう一度見た。今度は、違う感情が湧き上がってきた。
ハリネズミは、自分のテリトリーを清潔に保つために、知恵を絞った。僕たちは、もっと大きなテリトリー、つまり、この社会を、より良い場所に変えるために、知恵を絞るべきだ。
それは、簡単なことではないかもしれない。困難な道のりかもしれない。でも、諦めてはいけない。
僕たちは、ハリネズミのように、賢く、そして、粘り強く生きなければならない。
その夜、僕は、企画書のアイデアを思いついた。それは、これまでの常識を覆すような、斬新なアイデアだった。自信を持って、上司に提案したところ、予想以上に高い評価を得ることができた。
数日後、その企画は、正式に採用されることが決まった。僕は、喜びと安堵感でいっぱいになった。
2026年1月9日。あの雨の日の電車の中で感じた閉塞感は、もうない。
僕たちは、まだ迷路の中にいるかもしれない。でも、出口は必ずある。
そして、その出口は、僕たちの手で切り開くことができる。
駅の階段を上る時、誰かに手を差し伸べる。カフェでコーヒーを飲みながら、隣の人の会話に耳を傾ける。SNSで、誰かの投稿に「いいね」を押す。
そんな小さな行動が、社会を少しずつ、温かくしていく。
ハリネズミの知恵は、僕たちに、それを教えてくれている。
そして、駅の階段は、僕たちに、それを実践する機会を与えてくれている。
未来は、まだわからない。
でも、僕たちは、希望を捨てずに、前を向いて歩いていこう。
なぜなら、僕たちは、ハリネズミのように、賢く、そして、強く生きることができるのだから。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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