私の『国宝』は耳で聴くものだった!読書常識が覆された衝撃

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📝 この記事のポイント

  • 読書、してますか? 私は最近まで、正直に言って胸を張って「してます!」と言えない人間でした。
  • 積読は増える一方、買ってもいないのに「読みたいリスト」ばかりが肥大化していく。
  • その中でも、特に私を悩ませていたのが吉田修一さんの『国宝』です。

読書、してますか? 私は最近まで、正直に言って胸を張って「してます!」と言えない人間でした。積読は増える一方、買ってもいないのに「読みたいリスト」ばかりが肥大化していく。その中でも、特に私を悩ませていたのが吉田修一さんの『国宝』です。この作品、文庫本で上下巻合わせると軽く700ページを超える大作。映画は観て感動したものの、「あの世界観にもっと深く浸りたい」という欲求と、「この分厚さ、読み切れる自信がない…」という臆病さの間で、ずっと右往左往していました。もう何年も本棚の片隅で、私に圧をかけ続けていた気がします。

そんな私が、先日ついに『国宝』を「読了」しました。正確には、「読まない」読書、つまり耳で聴いて全編を味わい尽くしたのです。最初は半信半疑でしたが、この体験が私の読書観を、いや、日々の時間の使い方さえも劇的に変えることになるとは、夢にも思っていませんでした。

目次

最初の印象

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『国宝』をAudibleで聴き始めたのは、ある土曜の昼下がり、キッチンで皿洗いをしている時でした。正直、「ながら聴きなんて、集中できないだろうな」と、あまり期待はしていませんでした。ところが、イヤホンから流れてきた朗読に、私はあっという間に引き込まれてしまったのです。登場人物一人ひとりに息を吹き込む声優さんの表現力は、私の想像を遥かに超えていました。声色が変わるたびに、頭の中に登場人物の顔や表情が浮かび上がり、感情の機微が声のトーンに乗って、ダイレクトに心に響いてくる。文字で読むときには見過ごしがちな「間」までが、まるで舞台の演出のように物語に奥行きを与えていました。気づけば、私の手は皿を洗うのを忘れていました。いや、動いていたのかもしれませんが、私の意識は完全に、昭和の花街へと誘われていたのです。

実際に使ってみて

最初の驚きから、私はすっかりオーディオブックの魅力に取り憑かれました。「ながら聴き」の可能性は、私の想像を遥かに超えていたからです。通勤電車の中、ジムで汗を流しながら、散歩中の道すがら、そして寝る前のひとときまで。これまで何となく「無駄な時間」だと感じていた時間が、次々と「物語の時間」に変わっていきました。活字を追う必要がないため、目が疲れることもなく、集中力を切らすことなく物語の世界に浸れるのです。視覚情報から解放されることで、むしろ想像力は自由に羽ばたき、情景や登場人物の感情が、より鮮明に、より豊かに頭の中で描かれていくのを感じました。まるで、自分自身が物語の中に溶け込んだような、不思議な感覚です。

良かったところ

オーディオブックでの『国宝』体験は、私にとって多くの「良かったこと」をもたらしてくれました。

  • 「読めない」の壁が消えた

何年も手が出せなかった700ページ超えの大作を、まさか一文字も読まずに完聴できるとは思いませんでした。分厚い本や、なかなか集中力が続かない本でも、耳からならすんなり入ってきます。積読に悩まされていた私にとって、これは本当に大きな変化でした。

  • 物語への没入感が増した

声優さんの卓越した演技は、物語に命を吹き込みます。登場人物の感情の揺れ、緊迫した場面の呼吸、師弟の間の余韻。これらすべてが声色やトーン、そして「間」によって表現され、まるで目の前で舞台が繰り広げられているようでした。映画が凝縮の芸術なら、オーディオブックは膨張の芸術。時間をかけてじっくりと、物語の奥深さまで味わい尽くせる贅沢があります。

  • 心にゆとりが生まれた

活字を追う必要がないため、目が疲れる心配がありません。移動時間や家事の時間が、知的なインプットとリラックスのひとときに変わりました。これまで焦りや罪悪感を感じていた「読書時間の確保」というプレッシャーから解放され、心にゆとりが生まれたように感じます。読書は孤独な行為だと思っていましたが、語り手がいることで、一人ではない安心感も得られました。

気になったところ

もちろん、オーディオブックが万能というわけではありません。いくつか気になる点もありました。

  • 自分のペースで進められない

朗読の速度は調整できますが、基本的には語り手のペースで物語が進みます。気に入った表現をじっくり噛み締めたり、前のページに戻って確認したり、あるいは早く読み飛ばしたりといった、紙の本での自由な読書体験はできません。

  • メモが取りにくい

物語を聴いている最中に、気になったフレーズや引用、登場人物の相関図などをメモしたいと思っても、なかなか難しいです。あくまで物語を楽しむことに特化しており、学習や情報整理を目的とする読書にはあまり向いていないと感じました。

どんな人に向いてる?

私の体験から、『国宝』をオーディオブックで聴くこと、そしてオーディオブックという媒体自体は、こんな人に強くおすすめしたいです。

  • 読みたい本が山のように積まれているけれど、なかなか手が伸びない人
  • 通勤や家事、運動中の時間を有効活用したい人
  • 長時間活字を追うのが苦手で、目が疲れやすいと感じる人
  • 物語の世界に深く没入し、登場人物の感情を肌で感じたい人
  • 特に、『国宝』のように、人間ドラマが深く描かれ、情感豊かな物語を求めている人

そして、「いつか『国宝』を読みたい」と心の中で密かに願っているあなた。耳を澄ませてみてください。

使い続けて数週間の今

『国宝』を完聴してから数週間が経ちました。私の中では、読書が「目で行うもの」という固定観念はすっかり過去のものになっています。今では、月に数冊のペースで新しい物語を「聴いて」います。『国宝』の次に聴き始めた『傲慢と善良』も、もうすぐ終わりに近づいています。

通勤時間は、知的な教養を得る時間に。皿洗いや洗濯といった家事の時間は、壮大な冒険の舞台に。そして、寝る前の数十分は、目を休ませながら物語の世界に深く浸れる至福の時間になりました。もはやイヤホンは、私にとって様々な舞台へと誘ってくれる魔法の切符のような存在です。

まとめ

「それって本当に読書なの?」と聞かれることがあります。私にとって、それはどうでもいいことです。活字を追うか、耳で聴くか。それは手段の違いでしかありません。大切なのは、物語と出会い、その世界に心ゆくまで浸れたこと。吉田修一さんの描いた、歌舞伎役者たちの濃密な人生に触れられたことです。

700ページという「壁」に阻まれて、私は危うく、人生を変えるかもしれない物語に出会えないところでした。オーディオブックは、その壁を軽々と消し去ってくれたのです。『国宝』は映画で見るべきか、本で読むべきか。私の答えは、自信を持って「耳で聴くべき」です。

18時間かけて、一言も「読まず」に700ページを味わい尽くす。これは、読書の進化でも、退化でもありません。ただの、新しい扉。あなたも、開いてみませんか?

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