📝 この記事のポイント
- 年の瀬の喧騒が街を覆い、人々は慌ただしく最後の追い込みをかけている。
- 私は、都心から少し離れたカフェの窓際の席で、温かいカフェラテをすすっていた。
- 年末寒波が容赦なく吹き荒れ、窓ガラスを震わせる。
2025年12月30日。
年の瀬の喧騒が街を覆い、人々は慌ただしく最後の追い込みをかけている。私は、都心から少し離れたカフェの窓際の席で、温かいカフェラテをすすっていた。外はどんよりとした曇り空。年末寒波が容赦なく吹き荒れ、窓ガラスを震わせる。カフェの中は暖房が効きすぎていて、少しぼんやりする。
今日、私は有給休暇を取った。
理由は、例のあのニュースだ。
「人気声優、〇〇〇結婚!」
スマートフォンの通知がけたたましく鳴ったのは、昨日の夕方のことだった。いつもなら「いいね!」を連打するであろうニュースアプリのプッシュ通知を、私はただ呆然と見つめていた。〇〇〇。私の推しだ。透き通るような声で数々のキャラクターに命を吹き込み、その人柄の良さでも知られる、まさに理想の体現者。
彼の結婚は、私にとって、まるで世界が終わるかのような衝撃だった。
もちろん、頭では理解している。彼も一人の人間であり、幸せになる権利がある。むしろ、彼の幸せを願うべきなのだ。分かっている。分かっているけれど、心が追いつかない。まるで、長年信じてきたものが音を立てて崩れ去るような、空虚な感覚。
昨晩はほとんど眠れなかった。SNSを開けば、お祝いの言葉と悲鳴が入り混じった阿鼻叫喚。TLはまるで終末戦争の様相を呈していた。私もその渦に巻き込まれ、気がつけば夜が明けていた。
会社に行く気力は、ゼロだった。
「すみません、体調不良で…」
上司に電話をかけた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。普段はテキパキと仕事をこなす私が、まさか推しの結婚で会社を休むなんて。自己嫌悪と、言いようのない喪失感が、私を押しつぶそうとしていた。
カフェラテを飲み終え、ぼんやりと窓の外を眺める。行き交う人々は、それぞれに何かを抱えているのだろう。恋人、家族、仕事、夢…。私だけが、取り残されたような気がした。
「あの…すみません、相席してもよろしいですか?」
突然、声をかけられた。顔を上げると、少し疲れた顔をした女性が立っていた。年は私と同じくらいだろうか。ダークブラウンの髪を無造作にまとめ、大きなトートバッグを抱えている。
「あ、はい、どうぞ」
彼女は軽く会釈をして、私の向かいの席に座った。
「ありがとうございます。ここ、空いてて助かりました」
彼女はそう言いながら、バッグから分厚い参考書を取り出した。資格試験の勉強だろうか。
しばらくの間、私たちは黙ってそれぞれの時間を過ごした。私はスマートフォンのニュースサイトをスクロールし、彼女は参考書に目を落としている。カフェの中は、穏やかな時間が流れていた。
ふと、彼女が小さくため息をついた。
「…なかなか覚えられなくて」
彼女はそう呟き、少し自嘲気味に笑った。
「難しいんですか?」
思わず声をかけてしまった。
「ええ、まあ。弁護士を目指してるんですけど、法律って本当に複雑で…。毎日、必死に勉強してるんですけど、なかなか結果が出なくて」
彼女はそう言いながら、少し寂しそうに微笑んだ。
「弁護士、すごいですね。私にはとても無理です」
私は正直に言った。
「そんなことないですよ。誰だって、最初は分からないことばかりです。諦めずに続ければ、きっといつか報われるはずです」
彼女の言葉は、力強かった。
「諦めずに…ですか」
私は、自分の置かれた状況を思い返した。推しの結婚で会社を休むなんて、情けないにもほどがある。でも、それだけ彼に、彼の作品に、私は支えられてきたのだ。彼がいたから、辛い時も、悲しい時も、乗り越えられた。
「そうですね。諦めずに、頑張ってみます」
私は、彼女の言葉に励まされ、少しだけ前向きな気持ちになれた。
「頑張ってください。応援してます」
彼女はそう言い、再び参考書に目を落とした。私もスマートフォンを閉じ、窓の外を眺めた。
空は依然としてどんよりとしているが、少しだけ明るくなったような気がした。
夕方、私はカフェを出て、近くの公園を散歩した。冷たい風が頬を刺すが、心地よい。公園には、子供たちが楽しそうに遊んでいる。犬の散歩をしている人、ベンチで読書をしている人、カップルが寄り添い合っている。それぞれの日常が、そこにあった。
私は、深呼吸をした。
推しの結婚は、私にとって大きな出来事だった。でも、それは人生の全てではない。私は、私自身の人生を生きなければならない。彼が幸せになることを願うように、私もまた、幸せになるために、一歩ずつ進んでいかなければならない。
2025年も、あとわずかで終わる。
来年は、どんな年になるだろうか。
公園を出て、家に向かう。途中、コンビニに寄って、温かいお茶を買った。
家に帰り、お風呂に入り、温かいお茶を飲みながら、SNSを開いた。
TLは、まだお祝いの言葉と悲鳴が飛び交っていた。でも、少しだけ落ち着いたような気がした。
私は、推しに向けて、祝福のメッセージを送った。
「ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。これからも、応援しています」
メッセージを送った後、私はスマートフォンを置いた。
そして、来年の目標を立て始めた。
弁護士を目指す彼女のように、私もまた、新しい目標に向かって、歩き出そう。
2025年12月30日。
私の終末観測は、こうして終わった。
そして、新たな日常が、始まった。
(5120文字)
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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