📝 この記事のポイント
- 夕暮れの電車は、いつもより少しだけ空気が重い気がした。
- 恋人たちの熱気が街に満ち始めるのを前に、私は一人、窓の外を眺めていた。
- スマホには、友人グループのLINEがひっきりなしに届いている。
夕暮れの電車は、いつもより少しだけ空気が重い気がした。12月23日、クリスマスイブイブ。恋人たちの熱気が街に満ち始めるのを前に、私は一人、窓の外を眺めていた。
スマホには、友人グループのLINEがひっきりなしに届いている。「〇〇のイルミネーション、マジでヤバい!」「明日、どこか空いてるお店ないかな?」「プレゼント交換、何にしようか迷う~」そんなメッセージの洪水に、既読をつけることすら億劫になり、通知をオフにした。
今日の私は、少しばかり疲れていた。職場では年末進行で連日残業続き。街の喧騒とは裏腹に、私の心はどこか冷え切っているようだった。
ふと、数ヶ月前の会話を思い出した。きっかけは、職場のランチタイム。話題は2025年に開催される大阪万博だった。
「万博、行く人いる?」そう切り出したのは、入社三年目の後輩、ユウキだった。彼はいつも明るく、物事をポジティブに捉えるタイプだ。
「うーん、どうだろう。興味はあるけど、ちょっと迷うかな」そう答えたのは、私、サキ。28歳、都内で働く普通の会社員だ。
「私も、正直、微妙だよね」と、同じチームのミドリが続いた。ミドリは、私と同い年で、仕事もできるし、おしゃれにも気を使っている、いわゆる「リア充」だ。
「なんで? 夢の祭典じゃん! 行かない理由がわからん!」ユウキは目を輝かせながら言った。
「いやいや、夢の祭典って…」ミドリは苦笑いしながら、「確かに、昔は万博って一大イベントだったけど、今はちょっと違う気がするんだよね。それに、チケット高いし、混んでるし、暑いし…」
「予約も面倒だしね」私が付け加えた。
「えー、予約くらい、ちょちょいのちょいじゃん!」ユウキは軽く言った。
「それがね、サキちゃん。私もそう思ってたんだけど、色々と調べたら、想像以上にハードルが高いんだよね。アトラクションは抽選だし、レストランも予約必須だし。まるで、攻略本がないとクリアできないゲームみたい」ミドリは、少しうんざりした表情で言った。
その時の会話を思い出すと、私は思わず小さくため息をついた。万博。確かに、子供の頃は、テレビで見た万博の映像に胸をときめかせたものだ。未来都市のような風景、世界中の珍しい食べ物や文化に触れられる機会。それは、まさに「夢の祭典」だった。
しかし、大人になった今、万博に対するイメージは、少し違っていた。情報過多なSNS、複雑化する予約システム、高額なチケット代。夢を見るには、あまりにも多くのエネルギーと時間、そしてお金が必要になる。
電車が最寄りの駅に到着した。改札を抜け、家路につく。マンションのエントランスには、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
部屋に戻ると、私はソファに深く腰掛けた。静かな部屋の中で、スマホを開き、再びLINEのグループトークを覗いてみた。相変わらず、友人たちのメッセージが飛び交っている。
ふと、ミドリからのメッセージに目が留まった。「そういえば、サキちゃん。万博のチケット、当たったんだよね?」
そうだった。実は、数ヶ月前、会社の福利厚生で、万博のチケットが抽選で当たったのだ。しかし、当選した喜びも束の間、私はすぐに、そのチケットをどうするか悩んでいた。
誰かと一緒に行くのも気が引けるし、一人で行くのも少し寂しい。それに、あの混雑と暑さを考えると、どうしても足が向かなかった。結局、チケットは、会社の同僚にあげることにした。
私は、ミドリに返信した。「うん、当たったけど、結局、行かなかったよ」
すぐに、ミドリから返信が来た。「やっぱり? 私も、当たったんだけど、結局、誰かに譲っちゃったんだよね。なんか、行くだけで疲れそうだし…」
ミドリの言葉に、私は少しだけ安心した。彼女も、私と同じように、万博に対する期待と不安、そして、何よりも「面倒くさい」という気持ちを抱えていたのだ。
その夜、私は、久しぶりにゆっくりと湯船に浸かった。湯気が立ち込める浴室で、私は、改めて万博について考えてみた。
なぜ、私たちは、あんなにも楽しみにしていた万博に行かなかったのだろうか。それは、単に「面倒くさい」からだけではないような気がした。
私たちは、日々、膨大な情報にさらされ、常に何かに追われているような気がしている。SNSを開けば、キラキラしたライフスタイルが目に飛び込んでくるし、ニュースを見れば、暗い話題ばかりが流れてくる。
そんな中で、私たちは、少しずつ、夢を見ることを諦めてしまったのかもしれない。夢を見るには、エネルギーが必要だ。しかし、私たちは、日々の生活に疲れ果て、夢を見るためのエネルギーを使い果たしてしまっている。
万博は、夢を見るための場所だ。しかし、私たちは、夢を見ることを忘れてしまった。だから、万博に行くことを、どこか面倒に感じてしまうのだ。
湯船から上がり、私は、温かいミルクティーを飲んだ。窓の外は、静かに雪が降り始めていた。
明日は、クリスマスイブ。街は、ますます賑やかになるだろう。私は、明日は、どこにも行かずに、家でゆっくりと過ごすことに決めた。
そして、いつか、本当に心から「行きたい」と思える日が来たら、その時は、迷わず万博に行こう。そう思った。
2025年の万博は、まだ先のことだ。もしかしたら、その頃には、私たちの心境も変わっているかもしれない。
私たちは、まだ、夢を見ることを諦めたわけではない。ただ、今は、少しだけ休憩しているだけだ。
雪が降り続く夜空を見上げながら、私は、そんなことを考えていた。いつか、万博へ続く道が、私たちそれぞれの心に、再び開かれる日が来ることを願って。それは、単なるイベントへの参加ではなく、もっと深い、心の渇きを癒す旅になるのかもしれない。それぞれの平行線が交わる瞬間を、私たちはまだ知らない。
※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。
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