曖昧な輪郭のこと

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📝 この記事のポイント

  • 渋谷のスクランブル交差点は、案の定、人、人、人。
  • スマホのライトが星屑のように瞬き、けたたましい広告映像が、群衆を照らし出す。
  • 僕は、その光景を、駅前のカフェの窓からぼんやりと眺めていた。

2025年12月23日。クリスマス・イブイブ。渋谷のスクランブル交差点は、案の定、人、人、人。スマホのライトが星屑のように瞬き、けたたましい広告映像が、群衆を照らし出す。僕は、その光景を、駅前のカフェの窓からぼんやりと眺めていた。

「本当に、今日中に終わるんですか、その資料?」

目の前に座る後輩のユイが、不安げな顔で聞いてくる。ユイは、入社三年目のグラフィックデザイナー。可愛らしい顔立ちで、いつも一生懸命だけど、少しばかり要領が悪いのが玉に瑕だ。

「大丈夫だって。大体、目処はついてるし。終わらなかったら、クリスマスイブの奇跡ってことで、部長に許してもらおう」

僕は、そう言って、コーヒーを一口飲んだ。苦味が、疲れた体に染み渡る。ユイが担当している、来年春発売予定のコスメの広告デザイン。僕は、その監修という名の雑用を押し付けられている。

問題は、そのコスメのターゲット層だ。20代前半の女性、所謂Z世代と呼ばれる層を意識したデザインが求められている。しかし、僕自身も三十路手前。ジェネレーションギャップを感じずにはいられない。

「先輩、今回のデザイン、ちょっと悩んでることがあって…」

ユイが、申し訳なさそうに口を開いた。

「どうしたの?」

「あの、メインビジュアルの女性なんですけど…胸の表現って、どうするのが正解なんですかね…」

僕は、思わず吹き出しそうになった。よりによって、そんなデリケートな話題か。

「胸の表現…ねぇ」

僕は、言葉を選びながら答えた。

「それ、クライアントからの具体的な指示はあるの?」

「それが、曖昧で…。『Z世代に刺さるように』とか、『インフルエンサーに拡散されるように』とか、抽象的なことしか言われなくて…」

なるほど。丸投げか。

「例えば、どんな選択肢があるの?」

ユイは、タブレットを取り出し、いくつかデザインのサンプルを見せてくれた。

一つは、リアルな質感で、服の上からでも自然な丸みを帯びた胸。もう一つは、アニメや漫画によくある、いわゆる「乳袋」的な表現で、強調されたボリュームのある胸。そして、もう一つは、胸のラインをほとんど意識せず、フラットに近い表現のものだった。

「右側は、リアルでセクシーだけど、ちょっと古い感じもするかなって…。左側は、可愛らしいけど、ちょっとあざといかなって…。真ん中は、今っぽいけど、ちょっと地味かなって…」

ユイは、それぞれのデザインについて、懸念点を述べていく。

「結局、どれがいいのか、分からなくなっちゃって…」

僕は、ユイの言葉を聞きながら、ふと、数年前にSNSで話題になった、あるイラストレーターの投稿を思い出した。

そのイラストレーターは、自身のイラストにおける胸の表現について、葛藤を吐露していた。リアルな表現は、性的な対象化につながるのではないか。かといって、強調された表現は、非現実的で、不自然ではないか。

僕は、その投稿を読みながら、自分自身も、同じような葛藤を抱えていることに気づいた。

昔は、巨乳こそ正義、みたいな風潮があった。グラビアアイドル全盛期。雑誌を開けば、水着姿の女性たちが、こぞって自慢のバストをアピールしていた。

しかし、時代は変わった。多様性が叫ばれるようになり、女性の身体に対する価値観も、大きく変化した。

ありのままの自分を愛すること。体型や容姿にとらわれず、自分らしさを追求すること。

それが、今の時代のトレンドだ。

「ユイ、ちょっといいかな」

僕は、タブレットを指差し、提案した。

「この真ん中の、フラットに近い表現のものを、ベースにしてみるのはどうかな?ただ、完全にフラットにするんじゃなくて、ほんの少しだけ、胸のラインを意識する。そして、服の素材感や、光の当たり方で、自然な陰影をつける。そうすれば、リアルすぎず、あざとすぎず、今っぽいニュアンスが出せるんじゃないかな」

ユイは、僕の提案に、少し驚いたような表情を浮かべた。

「それって…、すごく、勇気がいることですよね…」

「そうだね。でも、勇気を出して、新しい表現に挑戦してみるのも、悪くないと思うよ」

僕は、そう言って、微笑んだ。

「それに、Z世代って、意外と、そういう曖昧な表現が好きなんじゃないかな。胸があるかないか、はっきりさせないことで、想像力を掻き立てる。見えないからこそ、ドキドキする。そういう感覚って、普遍的なものだと思うんだ」

ユイは、少し考え込むように、タブレットを見つめていた。

「…やってみます」

ユイは、決意したように、そう言った。

「ありがとうございます、先輩。なんだか、ちょっと、希望が見えてきました」

僕は、ユイの言葉を聞きながら、安堵した。

その日の夜、僕は、家に帰って、一人でビールを飲んだ。

テレビでは、クリスマスの特別番組が放送されていた。恋人たちが、イルミネーションの下で、幸せそうに微笑んでいる。

僕は、なんとなく、チャンネルを変えた。

たまたま映ったのは、ファッション雑誌の特集番組だった。モデルたちが、最新のトレンドを紹介している。

その中で、あるモデルが、こう言っていた。

「今の時代、大事なのは、自分らしさ。誰かの真似をするんじゃなくて、自分が本当に好きなものを、自信を持って身につけること。それが、一番おしゃれだと思う」

僕は、その言葉を聞きながら、ハッとした。

そうか。胸の表現も、結局は、同じことなのかもしれない。

リアルな表現も、強調された表現も、フラットな表現も、どれが正解というわけではない。

大事なのは、自分自身が、何を表現したいのか。どんなメッセージを伝えたいのか。

そして、それを、自信を持って表現すること。

それが、一番大切なのかもしれない。

僕は、グラスに残ったビールを飲み干し、窓の外を見上げた。

夜空には、満月が輝いていた。

その満月は、曖昧な輪郭を持ちながらも、確かに、そこに存在していた。

そして、その曖昧さこそが、美しさなのかもしれない、と僕は思った。

2025年のクリスマスイブイブ。渋谷の夜空に、僕は、新しい時代の息吹を感じたのだった。そして、その息吹は、僕の心にも、静かに、しかし確実に、吹き込んでいた。明日は、ユイと、さらに議論を重ねて、最高のデザインを作り上げよう。そう決意して、僕は眠りについた。


※このエッセイは、Togetterのまとめから着想を得て創作されたフィクションです。

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