📝 この記事のポイント
- 序章:冬の朝のラテ一杯の代償 2025年12月22日の朝、私はいつものようにスマホでニュースをチェックしていた。
- 正確には、ベッドの中で半分眠りながら、無限スクロールの沼にはまっていた。
- そこで目に飛び込んできたのが「ユニクロ、初任給37万円に引き上げ」という見出しだ。
序章:冬の朝のラテ一杯の代償
2025年12月22日の朝、私はいつものようにスマホでニュースをチェックしていた。正確には、ベッドの中で半分眠りながら、無限スクロールの沼にはまっていた。
そこで目に飛び込んできたのが「ユニクロ、初任給37万円に引き上げ」という見出しだ。
私の指が、一瞬止まった。
37万円。
さんじゅうななまんえん。
漢字で書くと「三十七万円」。
ローマ字で書くと「sanjyunanaman en」。何の意味もない情報だ。でも私の脳は明らかにパニックを起こしていた。数字の配列を何度も確認するという、小学生の算数テストのような行動に出た。
3、7、0、0、0、0。
ゼロが5個。いや待て、4個か。落ち着け私。朝からこんなことでつまずいていては、今日一日が思いやられる。
第一章:私の初任給という悲劇
ここで、私の初任給の話をしなければならない。
というか、したくない。でも、このエッセイの構造上、避けては通れない道なのだ。人生において避けたい道というのは、大抵避けられない。これは宇宙の法則である。
私が新卒で入社した会社の初任給は、21万円だった。
今となっては、化石のような数字である。
もしかすると、この数字を見た令和生まれの若者たちは「21万円って、お小遣いですか?」と純粋な疑問を投げかけてくるかもしれない。違う、違うんだ。あれは給料だったのだ。手取りではさらに減って、17万円くらいになった気がする。もはや記憶が定かではない。トラウマは人の記憶を曖昧にする。
当時の私は、それでも「大卒の初任給としては、まあこんなものだよね」と思っていた。周りの友人も似たような金額だったし、何より「社会人になった」という事実に浮かれていた私は、給料の額面よりも「名刺を持っている自分」に酔いしれていた。
今思えば、あの名刺、一枚も使わなかった。
第二章:6年で16万円という暴力
ニュース記事をさらに読み進めると、そこにはこう書いてあった。
「6年間で16万円アップ」
私の脳内で、エクセルが自動的に起動した。
2020年:21万円
2023年:30万円(9万円アップ)
2025年:33万円(3万円アップ)
2026年:37万円(4万円アップ)
この企業は、初任給を上げることに関して、もはやゲーム感覚なのではないか。毎年「よーし、今年は何万円上げちゃおっかな〜」という軽いノリで会議をしているのではないか。
想像してみてほしい。2020年に21万円で入社した人と、2026年に37万円で入社する人が、同じ会社の同じフロアで働く光景を。前者は「私たちの時代は21万円だった」と戦時中の配給制度の話をする老人のような口調で語り、後者は「へえ、そうなんですね」と表面上は同情しつつも内心では「それって、完全に負け組じゃん」と思っている。
この温度差、マリアナ海溝より深い。
第三章:ユニクロというブランドの裏切り
ここで告白しなければならないことがある。
私は、ユニクロのヘビーユーザーだ。
いや、「ヘビーユーザー」という言葉では生ぬるい。私の生活は、ユニクロによって支えられている。私のクローゼットを開ければ、そこは8割がユニクロで構成されたユニクロ王国だ。ヒートテックインナー、ウルトラライトダウン、エアリズム、感動パンツ。全て揃っている。
私がユニクロを愛する理由は、シンプルだ。
安いから。
いや、正確には「安いのに、ちゃんとしているから」だ。高級ブランドのように法外な値段ではないのに、品質は保証されている。コスパという言葉が擬人化するなら、きっとユニクロの店員の制服を着ているはずだ。
そんなユニクロが、初任給37万円を出す企業になっていた。
私は裏切られた気分になった。
いや、「裏切られた」というのは正確ではない。私は何も裏切られていない。ただ、勝手に「ユニクロ=庶民の味方」というイメージを抱いていただけだ。でも、初任給37万円を出す企業は、もはや庶民の味方ではない。エリート集団だ。私が着ているヒートテックは、年収590万円の新入社員が設計したのかもしれない。
急に、ヒートテックが暑く感じた。
第四章:年収590万円という異次元
記事にはさらに、こう書いてあった。
「年収の目安は約590万円」
私は、自分の目を疑った。
新入社員で、年収590万円。
私が30代半ばで到達した年収を、22歳で達成する計算になる。これはもう、人生の攻略本を最初から持っているようなものだ。私が必死にレベル上げをして、やっとのことで倒したボスキャラを、初期装備で一撃で倒すようなものだ。
「少数精鋭の組織への変革を推進する」という文言も目に入った。
少数精鋭。
つまり、選ばれし者たちだけが、この37万円を手にするわけだ。ユニクロの面接会場には、全国から優秀な学生たちが集まり、熾烈な争いを繰り広げる。その競争を勝ち抜いた者だけが、月給37万円の世界に足を踏み入れることができる。
私は想像した。就活中の学生が、親に電話で報告する場面を。
「お母さん、ユニクロから内定もらった!」
「よかったわね!」
「初任給37万円だって!」
「……え?」
この「……え?」の間に含まれる感情の複雑さよ。喜び、驚き、困惑、そして若干の嫉妬。全てがミックスされた、人間の感情の宝石箱や〜状態である。
第五章:地域限定社員という救済措置
しかし、記事をさらに読み進めると、一筋の光明が見えた。
「地域限定社員は初任給28万円」
28万円。
これなら、まだ理解できる範囲だ。37万円は完全に異世界の住人だが、28万円なら「まあ、今の時代だとこれくらいかな」と納得できる。
転居を伴う転勤を前提にしたグローバルリーダー候補が37万円で、地域限定が28万円。この差額9万円は、「全国どこにでも飛ばされる可能性」の対価なのだろう。
もし私が就活生だったら、迷わず地域限定を選ぶ。
いや、待て。今の私は、どちらも選ばれないかもしれない。選ぶ権利すらないかもしれない。この想像、悲しすぎる。やめよう。
でも考えてしまう。
37万円の人たちは、朝起きた時点でもう9万円分、私より人生を楽しんでいる。これは、コーヒー一杯の価格で測ると、一日に18杯分のコーヒーを余分に飲める計算になる。いや、カフェインの過剰摂取で倒れる。この計算、意味がない。
第六章:自分の初任給に対する再評価
私は改めて、自分の初任給21万円という数字を見つめ直した。
21万円。
この数字、今となっては完全に時代遅れだ。化石だ。博物館に展示すべきレベルだ。「平成時代の初任給の一例」として、ガラスケースの中に入れて保管すべきだ。
しかし、当時の私は、この21万円で何とか生きていた。
家賃6万円のアパートに住み、自炊をして、たまに友人と飲みに行き、休日は図書館で本を読んでいた。貯金はほとんどできなかったが、それでも「社会人って、こういうものだよね」と思っていた。
今の私は、あの頃の自分に言いたい。
「君の給料、安すぎるよ」
でも、あの頃の私は、こう返すだろう。
「でも、これが相場だったんだよ」
そう、それが相場だった。当時は。
しかし今、相場が変わった。いや、変わりすぎた。私の感覚がついていけないスピードで、世界は変化している。
第七章:ユニクロの服に対する複雑な感情
ニュースを読み終えた後、私はクローゼットを開けた。
そこには、ユニクロの服が整然と並んでいた。
ヒートテック、ウルトラライトダウン、フリース、デニム。全部ユニクロ。
私は一枚一枚を見つめた。
このヒートテックは、年収590万円の新入社員が企画したのかもしれない。このデニムは、月給37万円の社員が開発に関わったのかもしれない。
急に、服が眩しく見えた。
いや、眩しいというより、気後れした。私はこの服を着る資格があるのか。37万円を稼ぐ人たちが作った服を、私のような庶民が着ていいのか。
でも、よく考えたら、ユニクロは元々「誰でも着られる服」をコンセプトにしているはずだ。だから、私が着ても問題ないはずだ。
そう、問題ないはずだ。
でも、何か釈然としない。
この複雑な感情、どう表現すればいいのかわからない。強いて言えば、「高級食材で作られたコンビニ弁当を食べている気分」だ。いや、これも違う。
もういい。考えるのをやめよう。
第八章:年収という概念の崩壊
私は、ふと思った。
もし私が今、就活生だったら、どうなっていたのだろう。
37万円を稼ぐ新入社員になれたのだろうか。それとも、やはり21万円の世界に留まっていたのだろうか。
おそらく、後者だ。
なぜなら、私には「グローバル水準の仕事に挑む」という気概がないからだ。記事にはそう書いてあった。「グローバル水準の仕事に挑む新入社員」。
私の新入社員時代を振り返ると、「グローバル」とは程遠かった。私が挑んでいたのは、「上司に怒られずに一日を終える」という、極めてローカルな目標だった。
37万円を稼ぐ人たちは、きっと朝起きた瞬間から「さあ、今日もグローバルな仕事に挑むぞ!」と意気込んでいるのだろう。
私は朝起きた瞬間、「今日も一日、何事もなく終わりますように」と祈っている。
この温度差、南極と赤道より離れている。
第九章:給料という名の時代の流れ
考えてみれば、給料というのは、時代を映す鏡なのかもしれない。
2020年、ユニクロの初任給は21万円だった。私の初任給と同じだ。この数字を知った時、私は少し安心した。「ああ、ユニクロも21万円なんだ。じゃあ、私の給料も普通なんだ」と。
でも今、ユニクロは37万円を出している。
つまり、6年の間に、世界は大きく変わったのだ。
物価が上がり、人材の価値が見直され、企業は優秀な人材を確保するために高い給料を提示するようになった。これは、健全な変化なのかもしれない。
でも、その変化に取り残された私のような人間は、どうすればいいのか。
私の給料も、6年間で16万円上がっただろうか。
上がっていない。
むしろ、微増に留まっている。私の給料の成長曲線は、ユニクロの初任給の成長曲線と比べて、完全に負けている。グラフにしたら、悲しすぎて泣く自信がある。
第十章:ヒートテックに対する謝罪
私は、クローゼットの中のヒートテックに向かって、小さく謝った。
「ごめん」
何に対して謝っているのか、自分でもよくわからない。
でも、何か謝りたくなった。
このヒートテックは、37万円を稼ぐ人たちが作った商品だ。それを、私のような低所得者が着ている。申し訳ない気持ちになった。
いや、待て。
これはおかしい。
ユニクロは、そもそも「安くて良い服」をコンセプトにしている。だから、誰が着ても問題ないはずだ。37万円を稼ぐ人が作ったからといって、服の価格が上がるわけではない。
でも、何となく、気後れする。
このヒートテック、1,000円くらいで買った気がする。37万円を稼ぐ人が作った商品が、1,000円。これは、コスパが良すぎる。むしろ、安すぎる。
いや、もういい。考えるのをやめよう。
第十一章:私の市場価値という現実
ここで、私は自分の市場価値について考えてみた。
もし私が今、転職活動をしたら、いくらの給料を提示されるだろうか。
おそらく、37万円は出ない。
28万円も出ないかもしれない。
いや、もしかしたら21万円すら危ういかもしれない。
この考え、恐ろしすぎる。
私は、もはや市場価値が下がっているのかもしれない。新入社員の方が、私より価値がある時代になったのかもしれない。
これは、人生における大きな転換点だ。
私はこれまで、「年齢を重ねれば、自動的に価値が上がる」と思っていた。でも、それは幻想だったのかもしれない。実際には、「常にアップデートし続けなければ、価値は下がる」のだ。
私は、アップデートしていただろうか。
していない気がする。
私のスキルセットは、10年前とほとんど変わっていない。エクセルが使える、メールが書ける、会議に出席できる。これだけだ。
37万円を稼ぐ新入社員は、きっとこれ以上のスキルを持っているのだろう。プログラミングができる、英語が喋れる、プレゼンが上手い。全て兼ね備えているのだろう。
私は、完全に負けている。
第十二章:給料と幸福度の相関関係
でも、ふと思った。
給料が高ければ、本当に幸せなのだろうか。
37万円を稼ぐ新入社員は、確かに金銭的には余裕があるだろう。好きな服を買い、好きなレストランで食事をし、好きな趣味を楽しむことができるだろう。
でも、その分、仕事のプレッシャーも大きいはずだ。
「グローバル水準の仕事に挑む」というのは、言い換えれば「失敗が許されない」ということだ。37万円を貰っている以上、それに見合った成果を出さなければならない。
私の21万円は、ある意味で「失敗が許される金額」だったのかもしれない。「まあ、この給料だし、多少ミスしても仕方ないよね」という、暗黙の了解があった気がする。
37万円には、そんな余地はないだろう。
毎日が本番だ。毎日が勝負だ。毎日がプレッシャーだ。
私には、その覚悟がない。
だから私は、37万円を稼げないのかもしれない。
第十三章:21万円という時代への郷愁
不思議なことに、私は今、自分の初任給21万円に対して、ある種の郷愁を感じている。
あの頃は、周りも皆、同じような給料だった。「給料安いよね」と愚痴を言い合い、「でも仕方ないよね」と慰め合い、安い居酒屋で飲んでいた。
あれは、ある意味で平和な時代だった。
今は、給料の格差が激しい。
37万円を稼ぐ新入社員と、私のような低所得者が、同じ電車に乗っている。見た目ではわからないが、財布の中身は全く違う。
この格差、どう受け止めればいいのかわからない。
嫉妬すべきなのか、諦めるべきなのか、それとも奮起すべきなのか。
答えが出ない。
第十四章:ユニクロのエコバッグという最後の砦
私は、部屋の隅に置いてあったユニクロのエコバッグを見つめた。
これは、確か500円くらいで買ったはずだ。
このエコバッグを作った社員も、37万円を稼いでいるのだろうか。
もしそうだとしたら、このエコバッグ、もっと高価なはずだ。でも、500円で売っている。
ユニクロは、高い給料を払いながら、安い商品を提供している。
これは、企業努力の賜物なのだろう。
でも、どこかで歪みが生じないのだろうか。
37万円を稼ぐ社員が、500円のエコバッグを作る。この構図、何かおかしくないか。
いや、おかしくないのかもしれない。
これが、現代のビジネスモデルなのだ。高い給料を払い、優秀な人材を集め、効率的に商品を作り、安く提供する。
ユニクロは、それを完璧に実行している。
私は、ただ消費者として、その恩恵を受けているだけだ。
終章:37万円という数字との折り合い
結局、私は何が言いたかったのだろう。
ユニクロの初任給37万円というニュースを見て、私の心は大きく揺れた。
嫉妬、驚き、困惑、そして若干の絶望。
でも、冷静に考えれば、これは良いことなのだ。
給料が上がることは、働く人にとって良いことだ。企業が人材を大切にすることは、社会全体にとって良いことだ。
私の21万円という過去が否定されたわけではない。ただ、時代が変わっただけだ。
私はもう、新入社員ではない。中堅社員だ。いや、もしかしたらベテランに片足を突っ込んでいるかもしれない。
37万円を稼ぐ新入社員たちを、温かく見守ることが、私の役割なのかもしれない。
そして、私は私で、今の給料に見合った働きをすればいい。
もしくは、もっと高い給料を目指して、スキルアップをすればいい。
選択肢は、いくらでもある。
でも今日のところは、このヒートテックを着て、いつものように仕事に行こう。
37万円を稼ぐ人が作ったヒートテックを着て、私は私の人生を生きる。
それでいいじゃないか。
そう思いながら、私はベッドから起き上がった。
窓の外では、冬の朝日が眩しく輝いていた。
新しい一日が始まる。
37万円とは無縁の、私の一日が。
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