📝 この記事のポイント
- 十月も半ば、駅前のロータリーはどこか慌ただしい雰囲気に包まれていた。
- そんな午後、私はベンチに腰掛けて、たまたま目に入った光景に釘付けになったんだ。
- 一人の老人が、両手にそれぞれ三個ずつ、合計六個もの柿を抱えてバスを待っていたんだよね。
十月も半ば、駅前のロータリーはどこか慌ただしい雰囲気に包まれていた。そんな午後、私はベンチに腰掛けて、たまたま目に入った光景に釘付けになったんだ。一人の老人が、両手にそれぞれ三個ずつ、合計六個もの柿を抱えてバスを待っていたんだよね。それがもう、見ていてハラハラするくらい不安定でさ。時刻表と柿を交互に見つめて、どうやらバスの乗り換えか何かで困っている様子だった。その姿を見ているうちに、自分もなんだか焦燥感に駆られてくるような、不思議な気持ちになったんだ。
最初の印象
最初はその老人の、柿を落とさないように必死になっている姿が面白くもあり、どこか人間らしいな、と感じていたんだ。両手がふさがっているから、時刻表を見るのも一苦労。でも、それがどこか微笑ましくって。何度目かの瞬き、いや、老人の視線が時刻表に戻ったその時、右手の柿がコロンと一つ、アスファルトの上をするりと転がり出したんだ。その瞬間、老人が残りの柿を抱えたまま、転がる柿を追いかける姿が、まるで現代アートの演目のように見えてね。必死なんだけど、どこかユーモラスで、その場にいるみんなが、ちょっとクスッと笑いをこらえているのが分かったよ。
実際に使ってみて
やがて老人は転がった柿を無事回収して、バス停に戻ってきた。今度は膝に三個、両脇に一個ずつ、そして残りの一個を迷った末に頭の上に乗せたんだ。その持ち方、斬新すぎて思わず二度見しちゃったよ。そしてバスが到着して、老人が立ち上がった瞬間、案の定、頭の上の柿がコロンと落ちたんだよね。結局、老人は五個の柿だけを抱えてバスに乗り込んでいった。一人と五個の柿を見送って、ロータリーの植え込みの影に、残された一個の柿がひっそりと光っているのが見えたんだ。私はそれを拾い上げて、最初は反射的に近くのゴミ箱へ捨てようとしたんだ。でも、ふと手が止まった。この柿は、もしかしたら、ここにあるべき自由を選んだのかもしれない。そう思ったら、なんだか捨てるのが野暮ったく感じてしまってさ。結局、元の場所、植え込みの影に戻してあげたんだ。
良かったところ
- 日常の小さな出来事から、物事の「本質」みたいなものを考えるきっかけをもらえたことかな。あの柿が、まるで私に問いかけているようだったんだよね。「本当にそれ、必要?」って。
- 自分の中の「常識」や「当たり前」を一度疑ってみる視点を持てたこと。拾ったものを捨てるのが当然、という思い込みが、あの時、一瞬で覆されたんだ。
- 何かを「手放す」こと、あるいは「選択を委ねる」ことの清々しさを感じられたのは大きな収穫だった。老人の手から離れて、あの場所に留まることを選んだ柿に、どこか誇らしさを感じたのは、私自身の心境の変化かもしれない。
気になったところ
- 正直、あの柿を元の場所に戻した時、周囲から見たら「ゴミを放置した人」って思われたんじゃないかなって、一瞬気になったんだよね。でも、その気持ちよりも、柿の「自由」を尊重したい気持ちが勝ったんだけどさ。
- 老人が落とした柿だから、もしかしたら追いついて渡すべきだったのかな?とも後から考えたよ。でも、あの時の私の判断は、目の前の「出来事」から感じた直感を優先することだった。その「直感」が本当に最善だったのかどうか、って考えることもあるかな。
どんな人に向いてる?
この話は、きっと日常の中でふと立ち止まって、いつもと違う角度で物事を眺めてみたい人に向いていると思うな。あとは、何かを手放すことに躊躇している人や、自分の選択に自信が持てない時にも、もしかしたら少しだけヒントになるかもしれない。そして、何気ない出来事にも、深い意味や感情を見出したいって思っている人には、きっと響く話なんじゃないかな。
使い続けて数週間の今
あの駅前での出来事以来、私は日常のちょっとした瞬間に、以前よりも敏感になった気がするんだ。例えば、カフェで注文する時も、本当にそれが飲みたいものなのか、ただの習慣で選んでいないか、なんて考えたり。持ち物に関しても、これは本当に自分にとって「自由」な状態なのか、それとも私自身が縛られているだけなのか、なんて視点を持つようになったんだ。あの日の夕陽に照らされた柿の誇らしげな姿は、今でも私の心に深く刻まれていて、駅前のロータリーを通るたびに、あの柿を思い出しては、自分自身の「選択」や「自由」について考える、良いきっかけをもらっているよ。
あの十月半ばの午後、駅前で出会った一個の柿は、私にとってただの果物じゃなかった。それは、私自身の心の奥底にある「自由」や「選択」について考えさせる、大切な「対話」だったんだ。日常の中に隠された物語や、自分にとって本当に大切なものは何か、問い続けることって、意外と重要なのかもしれないね。
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秋の駅前、あるいは柿の決断
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