📝 この記事のポイント
- 満員電車の奥から微かに漂う、あのラーメンの匂い。
- それが僕の空腹を刺激し、頭の中は一気にラーメンモードへと切り替わった。
- もしかしたら隣に立つサラリーマンのコートからなのか、誰かの弁当の残り香なのかはわからないけれど、その匂いは確実に僕の意識を捕らえたんだ。
ああ、まただ。満員電車の奥から微かに漂う、あのラーメンの匂い。豚骨醤油の、少し焦げたような香ばしさ。それが僕の空腹を刺激し、頭の中は一気にラーメンモードへと切り替わった。もしかしたら隣に立つサラリーマンのコートからなのか、誰かの弁当の残り香なのかはわからないけれど、その匂いは確実に僕の意識を捕らえたんだ。
そんな電車の中で、僕は最近SNSで話題になっているアカウントを思い出していた。「60日後、熊本にできるラーメン屋」。若い店主が、開業までの奮闘を赤裸々に綴っている。資金繰りの苦労、試作を繰り返す日々、そして応援してくれる人々への感謝。彼の投稿は、まるで一つのドキュメンタリー映画を見ているようで、SNSにあまり熱心でない僕の心を掴んで離さない。
いつものカフェで、いつものカフェラテを頼み、ノートパソコンを開く。クライアントへの企画提案書作成が今日のタスクだけど、どうにも集中できない。頭の中は、さっきのラーメンの匂いと、彼のラーメン屋のことばかりだ。この漠然としたざわつきは何だろう。それは、僕が心の奥底に抱えている、ある感情と深く結びついていることに、この時はまだ気づいていなかったんだ。
最初の印象
満員電車で嗅いだラーメンの匂いは、単なる食欲を刺激するものではなかった。どこか遠い記憶や、漠然とした憧れのようなものを呼び起こした気がする。その直後に思い出した、SNSのラーメン屋さんの話。若い店主が妻子を抱え、全財産と借金を背負って挑戦する姿は、僕に強い衝撃を与えた。「すごいな」というシンプルな感動の裏には、「自分にはこんな大胆なことはできない」という、諦めにも似た複雑な感情が渦巻いていた。それは、安定した毎日を送る僕にとって、あまりにも対照的な、まぶしすぎるほどの情熱に映ったんだ。
実際に触れてみて
彼のSNSを追いかけることは、僕にとって単なる暇つぶしを超えた体験になった。彼の投稿の一つ一つから伝わってくる覚悟、そしてそれに対するSNSでの様々な反応。応援メッセージはもちろん、二郎系ラーメンというジャンルへの疑問や、SNS運用の危うさを指摘する声まで、あらゆる意見が飛び交っていた。それらが、僕自身の漠然とした「焦燥感」と奇妙に結びついていく感覚があった。自分の安定した現状と彼の大きな挑戦を比較することで、僕の内省は一層深まっていった。SNSは、僕の焦燥を加速させる可能性も秘めているけれど、同時に、自分自身と向き合うための貴重な気づきを与えてくれるツールにもなり得るんだと実感したよ。
良かったところ
この一連の体験を通じて、僕が得たポジティブな気づきはいくつかある。
- 今まで漠然としていた焦燥感の正体に、少しだけ近づけたこと。周りの友人たちの変化と比べて、自分だけが立ち止まっているような感覚は、誰かと自分を比較することから生まれていたと気づけた。
- 他人の挑戦から、自分の人生を見つめ直すきっかけを得られたこと。彼の情熱は、僕が失っていた、あるいは最初から持ち合わせていなかったかもしれない何かを、もう一度考えさせてくれた。
- SNSの多面性を再認識し、情報との向き合い方を考え直せたこと。ポジティブな情報もネガティブな情報も、全てがリアルな声としてそこにある。それをどう受け止め、どう活用するかが問われていると実感した。
気になったところ
一方で、この体験やSNS全般を通じて、心に引っかかったこともある。
- SNSが他者との比較を生み、焦燥感を増幅させる可能性があること。誰もが素晴らしい一面を切り取って見せるから、自分の足りない部分ばかりに目が行きがちになる。
- 承認欲求や注目されたい感情に、知らず知らずのうちに囚われがちな現代社会の課題。僕自身も、SNSで誰かの成功を見て「いいね」を押しつつも、心のどこかで自分の存在価値を測っているような錯覚に陥ることがある。
どんな人に向いてる?
この僕の体験談は、きっとこんな人たちに響くと思う。
- 今の生活に漠然とした物足りなさや焦燥感を抱いている人
- SNSの情報を鵜呑みにして、他人と比較し、自分を追い詰めてしまいがちな人
- 何か新しい一歩を踏み出したいけれど、なかなかきっかけが見つからずにいる人
きっと、誰かの挑戦が、自分自身の心の奥底にある感情を揺さぶることは、珍しいことじゃない。
あのラーメンの匂いと向き合って数週間の今
あの満員電車でのラーメンの匂い、そして若き店主のラーメン屋開業の物語に触れてから、僕の心には確かに小さな変化が生まれている。具体的な何かを大きく変えたわけではないけれど、心の持ちようが少しだけ、前向きになったような気がするんだ。
僕は、今年も特に何かを成し遂げたわけでもなく、平凡な一年を過ごした。でも、彼の物語に触れたことで、来年はもう少しだけ、自分自身の心の声に耳を傾けてみようと思えるようになった。何か新しいことを始めてみよう。小さなことからでいい。例えば、ずっと気になっていたギターを習ってみるとか、ボランティア活動に参加してみるとか、行ったことのない場所に旅行してみるとか。
その夜、近所のラーメン屋で食べた豚骨ラーメンの香ばしい匂いは、僕の焦燥感に温かい光を当ててくれたように感じた。ラーメンをすすりながら、僕は、SNSの多種多様な意見も、応援も批判も、全て彼にとって貴重な情報源になるだろうと改めて思ったんだ。それはまるで両刃の剣だけれど、使い方を間違えなければ、自分自身を成長させる糧になる。
本当に必要なのは、他人の評価じゃなくて、自分自身の心の声に耳を傾けることなのかもしれない。自分が何をしたいのか、何に価値を見出すのか、何に幸せを感じるのか。それを知ることこそが、SNSに振り回されずに、自分らしく生きるための第一歩になるんじゃないかな。僕の2025年は、あと半月で終わるけれど、この小さな気づきが、来年の僕にとって大きな一歩になることを願っている。
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