私が旅した、明日という名の異国で知った、ささやかな未来。

📝 この記事のポイント

  • ある日、私は「明日」を覗き見ることができるという、奇妙なガジェットを手に入れた。
  • 手のひらサイズのそれは、まるで未来を映し出す小さな窓のよう。
  • 箱から取り出した瞬間、心臓がトクンと鳴った。

ある日、私は「明日」を覗き見ることができるという、奇妙なガジェットを手に入れた。手のひらサイズのそれは、まるで未来を映し出す小さな窓のよう。箱から取り出した瞬間、心臓がトクンと鳴った。24時間先の未来へ、たったこれだけで時間旅行ができるというのだ。株価の暴騰、世界的な大発見、あるいは私自身の劇的な変化──どんな未来が待ち受けているのだろう?期待に胸を膨らませ、電源を入れた。ピッと小さな起動音がして、画面には薄っすらと今日の風景が映し出された。そこから24時間先へ、スライドするように滑らかに時間が進んでいく。ああ、これが「明日」という名の異国なのか。

目次

最初の印象

初めて「明日」の景色をそのガジェットで見た時、正直なところ拍子抜けした。もっとSFチックな、あるいは劇的に変化した世界を想像していたからだ。だが、画面に映し出されたのは、あまりにも見慣れた私の部屋の風景だった。朝の光がカーテンの隙間から差し込み、昨日(つまり今日)と全く同じ位置に、あのコーヒーメーカーが鎮座している。その光景に、私は妙な安堵感を覚えた。未来を知る第一歩が、家電の無事の確認だなんて、我ながら笑ってしまう。でも、これがリアルな未来への第一印象だった。

実際に使ってみて

ガジェットは、私に明日の様々な出来事を教えてくれた。キッチンでコーヒー豆を挽く音が聞こえる。昨日と同じ音……かと思いきや、よく聞くと、かすかに軸がきしむ音が混じっている。なるほど、24時間という時間が、確実に世界を摩耗させていることを、コーヒーミルが教えてくれたのだ。

テレビをつけると、明日のニュースが流れる。昨日心配していた台風は、予想より東にそれたらしい。株価はわずか14円上昇。近所のパン屋が新商品を出したという。芸能人の誰かが結婚を発表した。私は少しがっかりしたような、安心したような、複雑な気持ちになった。明日の世界も、どうやら平常運転らしい。

明日の私の手帳を見ると、「朝:ジョギング(雨で中止)」「10時:企画書作成(未完)」「昼:サラダ(また)」「夜:読書(3ページで寝落ち)」と書いてある。苦笑いが漏れた。明日の私も、今日の私と全く同じ。ジョギングは天気を言い訳にサボり、企画書は先延ばしにし、サラダには飽き飽きし、読書は睡眠導入剤と化している。成長していない私に、少しだけ親近感が湧いた。

洗面所の鏡を覗き込むと、シミが一つ、今日よりも0.1ミリだけ大きくなったように見えた。気のせいであってほしい。24時間という時間は、確かに人を老いさせる。けれど、それを実感するには短すぎ、実感しないには長すぎる。なんとも中途半端な時間だ。

携帯が鳴り、画面に「母」の文字。明日の母の声は、今日のそれと全く変わらない。「昨日言い忘れたけど、冷蔵庫の賞味期限、確認してる?」ああ、明日になっても母は母だ。私の食生活と結婚と老後の貯金。この普遍性が、なんだか愛おしい。

夕方、散歩の風景もガジェットは映し出す。角の空き地に「売り地」の看板が立っていた。昨日はなかったはずだ。24時間で、誰かの人生に大きな節目が訪れたことを知る。私にとっては「ただの空き地」でも、誰かにとっては「人生の転換点」。明日の世界は、無数のそんな個人的な革命で満ちている。

スマホの天気予報を見ると、明後日の降水確率は60%。昨日、私がガジェットで見た明日の予報は40%だった。実際の明日(つまり今日)は雨が降らなかったのに。明日のことさえ正確に予測できないなんて、人間とはなんて矛盾に満ちた生き物だろう。

寝る前に、明日の私が書いた日記を読む。「今日も特に何もない一日だった。でも、夕食の味噌汁が妙に美味しく感じた。昆布だしが効いていたのかな。あと、猫が窓の外を通った。白黒のぶち。可愛かった。明日はもう少し早く寝よう」。涙が出そうになった。「特に何もない」と書かれた日常の中に、ささやかな感動が散りばめられている。

良かったところ

  • 日常の小さな変化に気づける: ガジェットを通して、普段なら見過ごしてしまうようなコーヒーミルの微かなきしみや、肌の小さな変化、街角の看板といった、24時間で起こるごくわずかな変化を意識的に捉えられるようになった。
  • 心の準備ができる: 劇的な未来ではないけれど、台風の進路やちょっとした出来事に対して、心のゆとりを持って向き合えるようになった。ほんの少し先の情報があるだけで、焦りが軽減されるのは意外な発見だった。
  • 「当たり前」の尊さを再認識: 明日もコーヒーが飲めること、母が元気であること、世界が平常運転であること。そんな「当たり前」が、実はかけがえのないものだと、深く実感させてくれた。

気になったところ

  • 劇的な変化がないことへの物足りなさ: 正直なところ、もう少しドラマチックな未来を期待していた。株価の暴騰も、世界的な大事件もなく、常に日常の延長線上に過ぎない未来ばかりで、最初は少し物足りなさを感じた。
  • 情報の不確実性: 明後日の天気予報が変わるように、ガジェットが映し出す未来もあくまで「予測」であること。未来は流動的で、固定されたものではないと改めて痛感した。それはガジェットの限界であると同時に、未来の面白さでもあるのかもしれない。

どんな人に向いてる?

このガジェットは、ドラマチックな変化を期待する人よりも、むしろ平凡な日常の中に幸せや発見を見出したい人に向いていると思う。

  • 毎日を丁寧に生きたい人
  • 小さな変化にも心を動かされる感受性を持った人
  • 現状維持に感謝し、当たり前を大切にしたい人
  • 未来への漠然とした不安を、少しだけ和らげたい人

そんな人にこそ、このガジェットは真価を発揮するはずだ。

使い続けて数週間の今

最初は物珍しさから毎日覗いていた未来のガジェットも、使い続けるうちに私の日常の一部になった。劇的な変化がないことに物足りなさを感じた日もあったけれど、今ではそれがこのガジェットの魅力だと感じている。

未来を知ることは、結局のところ、今日の私をどう生きるか、ということと強く結びついている。明日もまた、平凡な一日が訪れるだろう。けれど、その平凡な中に隠されたささやかな輝きや、かけがえのない「当たり前」に気づかせてくれる。ガジェットが教えてくれる未来は、私にとっての「今日」をより深く味わうためのガイドブックのようなものだ。

このガジェットが教えてくれたのは、明日は今日の続きであり、その「当たり前」が何よりも貴重だということ。劇的でなくとも、退屈でもなく、ただ静かに続いていく日常こそが、本当の人生なのだ。

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